第25話 絶望的命中率と22口径
休み明けの月曜日。
朝の空気は夏らしく朝からギラギラとした朝日に蒸し上げられ、基地のコンクリートはもうすでにムッとする熱気を孕んでいる。週末の静けさが引きずる中、誠は休日中に中古のバイク屋で買った原付スクーターのエンジン音を心地よいリズムだと感じながら司法局実働部隊の本部に向かった。原付は小柄で、誠の体格には少し窮屈だったが、東和宇宙軍の寮暮らしでは無かった『自分で移動する』という選択が彼には心地よかった。
「おはようございます!」
誠は元気よくそう言って機動部隊の詰め所に入った。
声の余韻が木製の机とメタルのロッカーに跳ね返る。朝の詰め所は準備と雑談の交差点だ。誠は深呼吸し、今朝の自分の体調を確かめるように肩を回した。
今日もまた、ランとカウラは出勤済みだったが、かなめはまだ席に着いていなかった。
ランは将棋盤を大きな機動部隊の部隊長の机の中央に置き、その横に置いてある将棋専門誌のページをめくりながら盤上の駒を指で転がしていた。そして誠の声を聞くとむっくりと顔を上げた。彼女の動作はいつだって無駄のないものだ。軍務の合間に遊ぶ将棋の一手にも、訓練者としての眼差しが混じる。
「おー、神前来たのか」
ランはそう言うと机に置いた将棋盤から目を離して誠を見上げた。
誠はそのまっすぐな視線に、『今日もやられるな』と内心で苦笑した。ランの『鍛えることは最善』信条は、彼女の小柄な体躯と相まって不思議な威圧感を作る。
「また今日もランニングですか?さすがにそれは無いですよね?お願いです、無いって言ってください!」
明らかに嫌そうな誠を見ると、ランの表情が曇る。
ランの曇りは短かった。むしろ誠の『甘え』を見透かして楽しんでいるようにも見える。部隊内では、嫌がる新人にいかにして『やる気』を植え付けるかが先輩の腕の見せ所なのだ。
「なんだよ、その弱気な態度は。そんなんじゃ世の中やっていけねーぞ。いつまで学生気分を引きずってんだ。以前言ってたように社会人のあるべき死に方は過労死。そんな事も分からねーよ―じゃ世の中見えてねーってことだ。オメーは徹底的に鍛えるって言っただろ?新人は走ってなんぼだぞ。それが世の中だ。そんな後ろ向きの姿勢でどーする?とりあえずオメーは走ることだけ考えていればいーんだ」
はっきりとそう言い切るランに誠は苦笑いを浮かべた。
「まあ、走るほかにもうちにはすることがある。今日は何か西園寺が何か考えているらしい。私にも声をかけてきた」
キーボードをたたきながら、カウラはそう言った。
カウラはいつも冷静だが、目の奥に小さな好奇心が宿る。実務の論理だけでなく、人を見る目がある。今日は何を持ってくるのか、という期待がその一言に含まれる。
「西園寺さんが?銃ですか?あの人のすることで任務に関係することは他に思いつかないんですが……」
誠の頭に浮かぶのは『かなめと言えば銃』である。
かなめの銃への執着は、彼女の性格と職能が重なった象徴だ。銃は単なる道具ではなく、かなめにとっては手入れと練習を通して自我を表現する媒介でもある。
「それも仕事的のうちだ。うちは『特殊部隊』だからな。当然、銃器の扱いも一般の部隊のそれ以上のものを要求される。当然の話じゃないのか?」
顔もむけずにカウラはそう言った。
「『特殊部隊』ですか?」
誠はカウラがいつもの『特殊な部隊』ではなく、『特殊部隊』と言う所がなぜか気になった。
言葉の違いに引っかかるのは好奇心の表れだ。カウラが『特殊部隊』と平然と言うとき、それは職分としての重みを持つ。誠はその語感に、自分がただの体力自慢の『雑用係』ではないことを感じた。
「よう!おはよう!」
詰め所の扉が開くと相変わらず実働部隊の半そでの夏の司法局の制服の袖を肩までまくり上げた姿のかなめが部屋に闖入してきた。
入ってきた瞬間のかなめにはいつも刃物のようなエッジがある。だが、その刃は危険というよりも生き物のエネルギーに近い。
「西園寺さん。やたら元気そうですね?銃の訓練をするんですか?そんなに銃が好きなんですか?」
誠は厭味ったらしくそう言いながら笑顔のまぶしいかなめを見つめていた。
かなめの仕草は軽口だが、次第に来る訓練を楽しみにしている様もある。誠はそんな空気の中で、今日の自分の立ち位置を再確認する。
「え?ああ、そうだな。アタシにとって銃は精神安定剤みたいなもんだからな。ちゃんとオメエの銃は選んどいたから。カウラ、アメリアを連れてこい。アイツは今月まだ火器訓練してねえだろ?アイツのサボり癖は銃器の訓練を担当しているアタシとしても面倒なんだ。連れて来い」
誠の前で腕組みをしながらかなめはそう言うとそのまま自分の席に着いた。
かなめの席についても脇のホルスターの中の銃に時々手をやっていた。訓練用具の管理と銃の選定……これらは彼女にとって儀式であり、安心を作る仕事だ。銃を選ぶときのかなめの表情は少し柔らかくなる。
「それじゃあ呼んでくる。アメリアの奴。成人向けゲームばかり作っていて、本来するべき仕事には全く興味が無い困った奴だからな。あのような女が少佐で部長で運用艦の艦長であるという事実は隊としては恥じるべきことなのかもしれない」
そう言うとカウラは立ち上がって機動部隊詰め所を出て行った。
カウラの言い方には瞬時の隙も無い。アメリアの多趣味ぶりも、この部隊の色を作るエッセンスだ。誠は「人間の多様さ」がここでは武器になることを知っている。
「それじゃあ、行くか!神前!気合い入れて行けよ!」
かなめは机の引き出しから銃の弾の箱をいくつか手に持つとそのままバッグに入れて立ち上がった。
弾の箱は金属的な重みを持ち、手に取るだけで気持ちが引き締まる。かなめはその重みを尊重する人だ。銃と弾薬は彼女の『儀式』の一部でもある。
「神前。先に行ってろ。アタシは準備してから行くから。銃は準備が大切なんだ。ちゃんと動かねえと銃はただの錘以下の存在だ。テメエの銃には錘にはなって欲しくねえからな」
銃について語るかなめは笑顔だった。
笑顔の裏にある厳しさ。かなめは銃を尊重する者に対してのみ優しくなる。誠はその優しさを信頼の印として受け取ろうとする。
「分かりました。ちゃんと準備します。僕は射撃が下手なんでその点はお察しください」
誠はそう答えるとそのまま射場に向けて歩き出した。
「射撃か……苦手なんだよな……」
誠は諦めたように自分自身に向けてそうつぶやくのをかなめは聞き逃さなかった。
言葉は小石のように場に落ち、かなめはその波紋を敏感に拾う。射撃に苦手意識を持つ者に対して、彼女は鍛えるだけでなく、原因を見つけて手を差し伸べるタイプだ。
「まったく軍人が射撃下手なんて……オメエにあんな『力』が無ければ即お払い箱なんだがな」
かなめはぽつりとつぶやく。事実、誠には射撃の才能が欠如していた。
誠は利き目が右だったり左だったりするため、右目で狙いをつけようとして左目に焦点を当てたり、逆にしてみたりとともかく狙いをつけるのが苦手だった。
視線と矢印のような関係が整わない。両眼の協調が取りにくいという生理的な原因は、誠にとって不本意な壁だ。だが彼は諦めない。遼州人の忍耐がここで生きてくる。
「両目で狙える照準器って……無いのかな……まあ、有っても僕には使いこなせそうに無いけど……それにしても僕の『力』って……いい加減教えてくれても良いと思うんだけど……」
腕組みをして誠は機動部隊詰め所から廊下に歩み出た。
自分の身体のこと、内に秘められたこの『特殊な部隊』に来て初めて知った『法術』の素養についての疑問が、彼の歩みを静かに速める。答えはすぐには出ない。
「待たせたな。二人とも、銃は……」
土嚢の積まれた射場に、かなめは台車を押して現れた。
土嚢の匂い、鉄の匂い、乾いた風景。射場は訓練の場だ。ここでの緊張は実務的でありながら、どこか儀礼的でもある。かなめはその場を自分の舞台のように扱う。
イヤレシーバーをつけて待っていた誠、カウラ、アメリアはなんとも複雑な表情で彼女を迎える。
カウラは無言で装備を点検し、アメリアは笑うだけで何をするわけでもない。一方で誠は射撃へのコンプレックスに押されて緊張と期待が混じる表情を浮かべていた。銃を前にすると、彼の身体は少年の頃のワクワクを思い出すが、同時に恐れも湧く。
「本当にかなめちゃんは本当に銃が好きね……肌身離さず持ち歩くくらい……一種の『依存症』だわね。カウラちゃんのパチンコ依存症じゃないけど定期的にカウンセラーとかに行ってみた方がいいんじゃないの?かなめちゃんは銃依存症……まあ、戦場と言う銃をいつでも使って良い環境が用意されている地球ならどうだか知らないけど」
アメリアは厭味ったらしくそう言うと自分の腰についているホルスターを叩いた。
アメリアの言葉は冗談交じりだが、かなめの情熱は確かに本物だ。銃のメンテナンスノートや弾薬の種類を見れば、その執着心は一目瞭然だ。
「うちじゃあ普段から銃を持ち歩いているのは貴様くらいだ。任務規定にそんな一文はどこにもないぞ。貴様が時々起こす無益な発砲事件でクバルカ中佐が関係各所に何度頭を下げに行ったかを考えたことは無いのか?貴様の事だ。銃は弾が出て初めて銃と呼べると言うだろうがそれは街中で試すようなことではない。こういう銃を撃っても許される場所以外で銃を撃つのはいい加減止めてくれ。小隊長の私の指導能力が疑問視される事象になり得る」
そうかなめの暴発ぶりを非難するカウラの左脇にもいつもには無いホルスターがぶら下がっていた。
カウラがホルスターを着けるとき、小さな矛盾が現れる。彼女は規則を尊重する人間だが、ここでは実効性を優先する。必要なら服装の規約を一時的に曲げる柔軟さがある。
「アタシが無駄弾を撃ってる?事故りそうな車のタイヤを撃ったり、ひったくりの犯人に警告射撃をしたり……てちゃんとした業務の一環じゃねえか。確かに県警のマニュアルじゃそんな射撃は禁止されてるらしいがアタシ等は県警とは別組織だ。県警の銃器の取扱規則に従う義務はアタシにはねえ。じゃあ、やろうかね……神前、楽しみだろ?」
そう言うとかなめは二人を無視して誠を見つめながら台車を射場のカウンターにつける。
かなめの目は子供のように輝いている。訓練には技術だけでなく、その場に立つ者の情熱が影響する。誠はその情熱が怖くもあり、励みにもなる。
「西園寺さんは……イヤレシーバーは?」
誠は一人銃声から鼓膜を守るイヤレシーバーを付けていないかなめに声をかけた。
「アタシは機械の身体でね。鼓膜が傷つく程度の大音量になると自動的に耳がそれに反応して音量を制御してくれるように出来てるんだ。便利だろ?それに戦場じゃそんなの邪魔になるだけだ。戦場では耳が命だ。少しの音をきっかけに敵の位置が特定できるのが戦場だ。いらねえよ」
かなめはそう言うと台車に置かれた段ボールをカウンターに置いた。
彼女の言葉は実務的であり、同時に象徴的だ。戦場は五感すべてを使う場所だ。補助は時に裏目に出る。
誠も久しぶりの実弾訓練に興奮しながら彼女を見守っていた。
実弾の匂い、金属の冷たさ、銃身の直線。誠の胸に小さな緊張が走り、彼の脳は過去の安全な日常から訓練の緊張へとスイッチした。
「じゃあ、これ」
かなめはそう言って誠に拳銃を手渡した。
誠の想像する銃のイメージを具現化したような銃がそこにあった。
銃は疑似的に重厚さをたたえ、しかし持ち運びに配慮したスマートさもある。誠は丁寧に受け取り、手に馴染む感覚を確かめた。
「見たことがあるような……無いような……なんです?この銃」
誠が受け取った銃は角ばった印象のスライド目に付く黒い銃だった。
美しさではなく、機能美を追求した形だ。誠はその直線と面取りされた角を見て、ものづくりの誠実さを感じた。
「『グロック』……銃の所持が自由な国のディスカウントストアで大特価とかで売ってるそうだ。まあ今はどこの国も銃規制が厳しいからそんなことは20世紀末のアメリカだけの話だろうがな」
カウラの言葉に誠はこけそうになった。
カウラの説明は簡潔で歴史的な背景を含む。銃器の流通や規制の変遷をさらりと語る彼女の口調は、いつも冷静で信頼できる。
「ディスカウントストアって……安物なんですね、この銃。『グロック』……なんか聞いたことがありますけど……地球の銃ですか?」
手渡された銃を誠は握りしめた。そして、そのグリップが誠の大きな手に握られるとかなめの満足そうな顔を見た。
誠の手に収まるグロックは、不思議と安心感を与える。銃とは『人』が使って初めて意味を持つ道具だ。かなめがそれを選んだのは、誠に必要な道具を与えたいという配慮だ。
「うちでは二十世紀末前後の地球の銃を使うんだわ。実際、その時期にもう銃の可能性は出尽くしてんの。それから600年経つわけだけど、製造工程が進化したんでコストが下がったり、ちょっとした使いやすさのマメ改造が施されたくらいのもんなんだ、利点は。そんなら中古の銃を買った方が安いからな。うちは予算無いし」
そう言って誠が軽く握っている銃にかなめが手をやる。最新鋭のシュツルム・パンツァーと言う画期的な人型兵器を操る部隊が、銃だけは中古品というのが、なんだかこの『特殊な部隊』らしい……と誠は思った。
かなめの説明は合理的だ。軍隊の予算は冷徹に現実を決める。古い技術が『扱いやすさ』と『入手の容易さ』で今も現役であることは軍務の現実だ。
「グロックの利点は『動作部分が少ないから馬鹿でも撃てる』し『左利きでも撃ちやすい』ってところかな?神前は左利きだからな。その点を考えて選んだわけだ。まあ、撃ってみな」
誠を馬鹿にするような調子でそう言うとかなめはそう言うと射場の向こう側に目をやった。かなめが自分の利き手まで考えて銃を選んでくれていた……その事実が、下手くそな自分には少しだけ心強かった。
かなめの軽口には優しさが含まれている。訓練は笑いがあるほど場が和む。誠は緊張をほぐすために笑いを探す。
25メートルくらい先に鉄板の的が置いてあった。
標的は使い古され、ペンキが剥がれた地肌が露出している。それはこの射場の歴史を物語る。的の表面の凹みや弾痕は数え切れない訓練の跡だ。
「あのー、あれじゃあ当たったかどうかわからないと思うんですけど……」
それとなく尋ねる誠を見てかなめ達三人は大きくため息をついた。
的の情景に誠の疑問はもっともだが、ここでは『当たるかどうか』よりも『手順を覚える』ことが優先される。軍では基礎の徹底が最も重要だ。
「あのなあ。オメエに精密射撃なんて期待してねえの。それにだ。拳銃で25メートル確実に当てれば立派なもんだよ……文句を言う前に当てられるもんなら当ててみろよ」
あきらめたようなかなめの言葉を聞いてカチンときた誠は仕方なく銃口を的に向けた。
誠の内に湧く反骨心は小さな炎だ。下手でも、努力する器がある。遼州人の静かな頑固さがここで生きる。
「じゃあ撃て」
かなめの合図で誠は引き金を引いた。
何も起きなかった。
銃は機械だ。操作の順序を間違えれば、無為に終わる。誠は自分のミスに顔を赤らめる。
「誠ちゃん……弾が入ってないんじゃない?」
アメリアが呆れたようにそう言った。
誠は慌ててマガジンを抜くがそこには銀の弾頭と金色の細い薬莢が入っていた。
弾の光が朝の射場の明かりを反射し、小さな金属の存在感が際立つ。誠は一瞬、自分の無知を認めることになる。
「貴様……素人か?薬室に弾を装填しなければ弾は出ない!まず初弾を装填するためにスライドを引け!リボルバーじゃないんだからな!」
今度はカウラがそう言って誠の頭をはたいた。
カウラの叩きは厳しいが愛情のある教育だ。体罰ではなく『迅速な学び』を促す一撃だ。誠は顔をしかめながらも、次の手順を実行する。
「はー……慣れないもので……東和宇宙軍でもこの手の間違いはよくやるんですよ僕。射撃にコンプレックスがあるせいかな?」
誠は苦笑しながら、銃を握りしめた。
言い訳の余地を作らずに、行動に移すしかない。誠はため息を一つつき、スライドを引いて薬室に弾を送り込む。
「でも本当に撃つんですか?僕、絶望的に下手ですよ?」
薬室に弾を装填しても誠は撃つことにためらいを感じていた。
恐怖は身体の反応を曇らせる。誠はそれを抑え、呼吸を整える。遼州人の冷静さが求められる場面だ。
「だから撃てって言ってんだよ。撃てばこれまでの銃とは違うってわかるから」
そう言ってかなめがニヤリと笑った。
かなめの笑いは鼓舞であり、試練である。誠は覚悟を決めて引き金に指をかける。
「まあ、当たるかどうかは別問題だがな」
カウラはそう言ってまるでおもちゃの銃を構えるような姿勢の誠を見つめていた。
カウラの視線は的確だ。期待と懸念が混じる。その視線に応えたい気持ちが誠の胸に芽生える。
「ひどい言い方ですね、それ」
誠は標的を睨みながら、静かに構えた。
射撃は『呼吸とアイコンタクト』だ。誠は自分の呼吸を数え、視線を一点に集中する。
『右目で狙うと……ボヤける。左目で……今度は標的がズレる?これはいつもの事だよな……』
焦点が定まらず誠は中々引き金を引くことが出来ないでいた。
両眼の協調の問題は、練習でカバーするしかない。誠は小さな工夫を試みる。片目をつぶる、左右の顔の向きを微調整する、呼吸を止める時間を短くする……小さな改善の積み重ねが射撃の精度につながる。
カウラが小さくため息をついた。
「……神前、時間かけすぎだ」
「わかってます!」
誠はカウラの声に急かされるようにして引き金を引いた。
緊張の一瞬。
『パン!』
銃の反動が予想より小さかった。しかし結果は……。これまで聞いたことの無いような軽い発射音の後、弾は標的の遥か左を通り過ぎた。
標的の左側から地面に小さな砂煙が上がる。命中は遠い。
「……な?オメエの射撃の腕は、やっぱ絶望的だわ。初弾であそこまで外すなんて……素人以下だぞ」
かなめの声に、誠は肩を落とした。
かなめの物言いは辛辣だが、言葉の裏には再チャレンジを期待する目がある。誠は自分の失敗を分析する気力を振り絞った。
そう言うのを聞きながら今度こそなんとか当てようと銃を突き出すようにして構えて誠は引き金を続けて2回引いた。
『パン!パン!』
二発目は右へ、三発目はさらに左へ。弾道は安定しない。
反動はパイロット養成課程で撃った東和宇宙軍制式拳銃のそれよりもはるかに軽かった。
しかし初弾は的の右に30センチほど離れたところを、次弾は逆方向にさらに遠くを通過していった。
場を誠の射撃のセンスに対する絶望的な雰囲気に包まれた。
一人、誠は反動で銃を顔面を強打するというこれまでよくやった失敗をしなかったことに歓喜していた。
しかし技術はまだ先だ。誠はそのことを受け止めながら次の一手を考える。
「撃ちやすいですね、この銃。こんなに反動の少ない銃は東和宇宙軍には無かったですよ……何か特殊なカスタムでもしてるんですか?」
二発とも的を外したものの誠はとりあえず誠にしては大外れでは無かったので笑顔で三人に向き直った。
誠の笑顔は自分を励ますためのものだ。失敗を笑い飛ばす力は、大きなリカバリーの一部である。
「神前。貴様はあれだけ外しておいてなんでそんなにうれしそうなんだ?やはり、22口径で正解だな」
カウラは厳しい口調で誠に向けてそう言った。
「これじゃあ9パラなんて撃った日にはカウラちゃん達の後頭部が吹き飛ぶわね……それに弾代がもったいないし」
アメリアまでも完全に軽蔑の視線で誠を見つめていた。
アメリアの毒舌は愛嬌だが、経済観念も間に合う。弾代の話は現実的な側面を示す。軍隊は弾薬も消耗品であり、浪費は許されない。
「22口径?なんですそれ?その弾のせいで反動が少ないんですか?」
誠はそう言って銃に詳しそうなかなめに目をやった。
かなめは誇らしげに頷く。道具の裏にある設計思想を知る者の悦びが見える。
「こいつは『グロックG44』って言う22口径ロングライフル弾用の拳銃なんだよ……弾代が安いから。まあ、22口径なんて弾頭はマメみたいなもんでさらに炸薬も少ない弾だからヘルメットを被ってない頭にでも当たらないと死なないから安全だってことで選んだんだが……正解だったな」
かなめは満足げにうなずいた。
「それじゃあ意味ないじゃないですか!僕に一撃でヘッドショットを決めろっていうんですか!そんなことができるなら射撃が下手だなんて自分から言い出したりしませんよ!」
かなめの投げやりな言葉に誠はツッコミを入れていた。
冗談を返すことで場の緊張がほぐれる。誠は自分の不器用さをネタに変える術を身につけつつある。
「だって……こんな距離、普通、おもちゃのエアガンだって当たるぞ?これは一応実銃だ。これメイドイン・オーストリアだぞ。地球人のみんながこれ見たら涙目だぞ……いくら地球人に恨みのある遼州人のオメエだってやっていいことと悪いことがある。反省しろ」
かなめは事実と冗談を混ぜて笑う。道具へのリスペクトが彼女の語り口に滲む。
「でも……僕、利き目が右だったり左だったりするんで……狙いをつけるのが苦手なんで」
誠はこの場を切り抜けようと何とか言い訳をした。
「狙いをつけるのが苦手って……そもそも利き目が右になったり左になったりするなんて聞いたことがねえぞ。便利な身体なんだな。つまりテメエは根本的に射撃に向いてねえと言いたいわけだ。『武装警察』の隊員が射撃が大の苦手ですって……何考えてんだよ」
呆れたようにそう言うとかなめは大きくため息をついた。
そんな彼女に苦笑いを浮かべつつ確かにかなめの言うことが事実だと再確認して肩を落とす誠だった。




