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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』の初陣  作者: 橋本 直
第六章 『特殊な部隊』のお姉さん達と飲み会

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第20話 月島屋の夜、残った者・去った者

 店内は夜の煙と古びた木の匂いで満ちていた。アメリアとかなめの策謀で店を占拠した『特殊な部隊』の若い隊員達の笑い声が波のように押し寄せては引き、カウンターの木目は使い込まれて滑らかに光っている。春子の店『月島屋』は、この町のささやかな灯であり、『特殊な部隊』の溜まり場でもある。明かりはわずかに暗く、そこにいる者たちの顔を優しく包む。誠はグラスの縁に指を添えながら、整備班員や先輩たちの喋りをぼんやりと聞いていた。外では工場の騒音が遠くに退き、ここだけ時間の流れがゆっくりだ。


「次が『バケツ君』……『君』なんていらないわよ!あんな奴。いっそのこと剣山(けんざん)を落とせばよかったんだわ!ああ、腹が立つ!」


 珍しく感情的になったアメリアの叫び声が店内に大きく響いた。怒りを尾ひれにして飛ばすような口調だが、その端にはどこかコミカルな残骸も見えて、周囲の人間は慣れたように笑った。誠はその勢いに一瞬たじろぐが、すぐに肩の力を抜く。ここでは感情の爆発も宴の一部なのだ。


「アメリアよ。そんなこと言うけどよう、アイツはオメエと同じ『ゲルパルト連邦共和国』出身だろ?前の大戦に負けてネオナチが一掃されてすっかり穏やかになったあの国らしくアイツも穏やかだったじゃないか。同郷の人間として多少は肩を持ってやっても良いんじゃないのか?」


 苦笑いを浮かべながら感情的になって拳を振り上げて演説でも始めかねないアメリアに向けてかなめはそうなだめた。感情優先の人間に見えたかなめがどちらかと冷静に相手を笑いものにするタイプに見えるアメリアを弄る光景は会ったばかりの誠からしても奇妙な光景だった。


「それにだ、アイツは他の4人の連中とは違って上の変な指示も受けずに、ただ国でもすでにモテてるのに『東和共和国の遼州人は自分がモテないと信じ込んで自信を失っているオリエンタル美女風の素敵な女性が沢山年齢=彼氏無しの人生を送っている』と言う、都市伝説……というか神前を見ればわかるけど事実なんだよな。そんなゲルパルトのモテ男の間の伝説を信じて東和共和国に本部があるという理由でうちを志願した奇特な人間だって聞いてるぜ」


 かなめの誠や東和共和国の事を褒めているのか貶しているのか分からない発言に誠はどう反応すればいいのか分からずにいた。


「神前や……あの『駄目人間』の叔父貴の娘を見て居ればわかるけど確かにイケメンや美女が自分をモテないと信じ込んで彼女彼氏もできずに一生を終える東和共和国のこの状況は甲武国出身のアタシとしては異常としか言えねえ。地球の特権階級はそれ目当てに観光ツアーまで組んで『超富裕層』向けナンパ・逆ナンパツアーとかくんでるみてえだぞ。その点、甲武じゃ神前レベルの男が23歳で女と寝たことどころか手もつないだことが無いなんて有り得ねえ話だ。アタシも半分は遼州人の血を引いてはいるがそもそも甲武じゃアタシは美女だから男は嫌でも寄って来るし、なんで遼州人が自分を『モテない』と思い込むのか理解できねえ」


 かなめは肩をすくめながらラムのグラスを傾ける。彼女の説明はいつも饒舌で、事実と皮肉が混じる。その調子は店の空気を軽くし、アメリアの激昂をやわらげるための潤滑油のようだ。誠は二人のやりとりをながめて、ここが単なる飲み屋ではなく『人間関係の訓練場』だと感じる。笑いの下に、互いを守るルールがあるのだ。


「私は同じゲルパルトでも『モテ男』が女をとっかえひっかえしてるのフランス系住民の住む地域の出身じゃありませんー。アイツ等フランス系は遼州人とは逆に見た目が最悪で金が無くても妙に自信があって『自分はモテる!』と信じ込んでいる私から見ても奇妙な存在だもの。私はあの国の主流派のドイツ系だから。実際、フランス系の連中は前の戦争以前は冷や飯を食わされてドイツ系の人間に相手にされなかったから、戦争で負けて自分達の立場が強くなるとドイツ系の地方にナンパ・逆ナンパ旅行に行くのがサマーバケーションの定番らしいわよ。まあ、私はそんなことを知る前にあの国を捨てたからよく知らないけど」


 聞いた話では『白人至上主義』を掲げる国だった『ゲルパルト第四帝国』ではそんな民族差別が普通に行われていたことは知っていた。そもそも『差別』というのはせいぜいお金があるかどうかくらいの意識しかない遼州人である誠にはアメリアのフランス系住民の中の『モテ男』への憎しみは誠の理解を超えていた。


「そんなフランス系の連中みたいに服飾デザイナーにしかなりたくないし、戦争をするのはヒーローになってモテたいからと言う不純な理由で戦争するあの連中とはまるで考え方が違うの!重工業でしっかりとしたモノづくりで国を支えて、戦場にあってはジャガイモと黒パンさえあればいくらでも戦える無敵の軍隊を誇るのが本来のドイツ系のゲルパルトなの!」


 その言葉で誠はアメリアは明らかに地球人なんだと理解した。そもそも遼州人は戦場に行こうなどと考えない。


 『ゲルパルト第四帝国』、『甲武国』と並び第二次遼州大戦で同盟を組んでいた『遼帝国』は誠の住む東和共和国と同じ遼州人の国だが、遼州人が戦場に送り込まれるとどういう反応を取るかを示す伝説を数多く残していた。


 目の前に敵が来たら逃げるのが普通。艦船での待機中に遼帝国の主食であるうどんを茹ですぎて水が無くなり戦闘不能になって一個艦隊が近くを通った地球の非武装の輸送艦に水が欲しいという理由で降伏する。戦況が不利になると突然同盟国の方に向けて銃口を向けてこの戦争はゲルパルトと甲武の先制核攻撃が悪いと言い出して寝返る。そう言う『遼帝国最弱伝説』は同じ遼州人の国である東和共和国でも当たり前のように笑い話として語られていた。


 だだ、誠は400年間戦争をしたことが無い自分達には同じ遼州人の珍行動を嗤う資格は無いのではと常々思っていた。


 そのギャグとも真実ともわからない遼帝国軍とそれを構成する遼州人がいかに戦争には向いていないかのエピソードは数知れず出回っていた。


 そんな戦争には向かない遼州人である自覚のある誠にはジャガイモと黒パンで戦えると宣言するアメリアの言葉はとても信じられない。だが、アメリアの話題は別方向に脱線した。


「しかも、私のギャグのセンスは『純和風』だから共通点なんて無いの!全然違うの!しかもアタシ達運航部の女子達がが丹精込めて作った同人エロゲを『モテない男の妄想で俺には関係ない』の一言で切り捨てるのよ!誠ちゃん!同じ同人エロゲのファンとして(いきどお)りを感じるでしょ?」


 アメリアにとってはドイツ系の重厚さや戦争向きの民族性よりも『自分の丹精込めて作ったエロゲを馬鹿にされた』ことが重要だというのはその振り上げられた拳の力の入り具合から理解できた。そのエロゲへの熱意と『モテる人間』への侮蔑が混じり合った台詞は、彼女の行動原理をそのまま表しているように見えた。誠は苦笑いしつつ、仲間の好みやプライドが喧嘩の発端になるのを見慣れてきた自分を感じる。誠は、アメリアが『祖国』よりもエロゲと後輩と同僚たちに怒っていることに、妙な安心感を覚えた。


「しかし、そのどう考えても間違っているとしか思えない志願理由はともかく『バケツ』は元々パイロット志望で軍に入ってパイロット教育を適切に受けた叩き上げの優秀なパイロットだったぞ。これまでの神前を加えた六人の中では素質は格段に高かった。それに『高卒』の『下士官』だからな。人件費の観点から言っても一番適任ではあったと思うが」


 カウラは烏龍茶を啜りながら冷静に分析する。冷静に事態を分析しておきながらその二人目のパイロット『バケツ』と呼ばれる先輩男性パイロットの名前も覚えていないカウラに誠はただ苦笑した。彼女の視線は常に戦場を想定しているように冷たいが、今夜の穏やかな灯りに溶け込んで柔らかい。誠はカウラの論理性に頼る。彼女が淡々と語ることで、場の感情が整理されていく。


「私はね、『俺はいい男だろ?モテてるだろ?』って感じの上から目線のおフランス下ネタが大嫌いなの!それに初対面のイメージも最悪!リーゼントをバリバリに決めて香水の匂いまでプンプンさせちゃって……そんなのでゲルパルトじゃモテるなんてゲルパルト出身の私としては東和共和国出身の整備班のモテない野郎共に対して顔が立たないわ!ああ、思い出しただけで腹が立つ!初日から運航部の私のエロゲと乙女ゲーム命に洗脳した女の子にちょっかい出しまくって、帰りにこういう風に呑みに誘っても気障なセリフややけに女が見ているんだというのを意識したあのしぐさ!そのいい男ぶりが鼻についちゃってかなめちゃんやカウラちゃんを私の目の前で堂々と口説こうとするの!しかも……アタシはまるで『こんなオバサンなんか眼中に無い!』って感じで、私が何を話しかけても一切無視!キー!頭にくる!私は確かにデカいわよ!『東都タワーネタ』の宝庫よ!そうよ!三十路よ!行き遅れよ!年上よ!」


 アメリアの感情は火山の噴火のように噴き出す。彼女の自己認識はユーモアの対象になり、誠はつい笑ってしまう。だがその笑顔の裏には、アメリアが本気で不快感を覚える対象に寸止めを食らわせる決意があるのだ。誠はそれを見て、いつか彼女が激しく守るものを理解するだろうと感じる。


「その軟派な態度が、『硬派』が売りの技術部の野郎共を刺激しちゃってな……遼州人は絶対に他人の愛には嫉妬しか感じねえ。意地でもいい雰囲気になると破壊するのが遼州人の習性だ。おかげでアタシもこれは甲武系の地球人の血が入っているなあと分かるナンパ男に声をかけられても周りのおばちゃん達がそいつに難癖付けてくれるんで楽が出来る。遼州人の美点だな」


 かなめはやや冷めた視線でグラスを置く。店の空気は一瞬だけ静まり、過去の一戦の光景が誰の脳裏にもよみがえる。誠は肩をすくめるしかない。ここは強者の場だ。強さはしばしば暴力と結びつき、その結果が人を去らせることもある。


「その中心人物は島田先輩ですね?ヤンキーは『硬派』が売りだって聞いてますから。そんな島田先輩を刺激するような暴挙に出たら……あの人、決闘とかしそうですね……特にあの人、後輩が自分よりモテるなんて言う状況を絶対に許すなんて想像がつきませんよ」


 誠の言葉に、一瞬だけ笑いが洩れる。島田の名はこの部隊では一種の伝説であり、暴力的な一面が人を引き付けもする。誠はあまり争いを好まないが、仲間のために立ち上がる者を尊敬する気持ちも持っている。


「ああ、しっかりやったぞ……アイツが整備班でデカい面が出来るのはアイツの自慢の腕力もあるが、他の野郎共が全員彼女いない歴=年齢なのに対してこれまで何人も彼女がいたことがある『モテ男』だということだからだ。その数少ない部下を従えている理由が無くなったらアイツに存在価値がなくなる」


 かなめはにやりと笑って、店の天井の古びた扇風機に視線を向ける。彼女の笑い方には不敵さが混じっている。


「本当に決闘したんですか!まあ……するでしょうね、あの人なら……それにしても島田先輩のあの余裕は彼女がいたことがあるからなんだ……羨ましいなあ……」


 誠はあまりにもヤンキーらしい島田の行動パターンに納得すると同時に、高校時代からの都市伝説として『ヤンキーはモテる』と言うのが事実だったことを思い知らされて驚愕した。まあ、大学をサボって『ナンパ』をしていたと言っていたことから考えても島田に彼女が何人かいたことがあっても不思議なことではない。酒場の話題は深夜の演目のように変わる。誠は目の前に出された串をつまみ、話に耳を傾ける。まるで一場の芝居を見ているようだ。


「まあな。配属三日目で医務室のひよこの手を握ったの握らないのがきっかけで……整備班みんなの天使であるひよこの良い兄貴分を自称する島田がそんな『バケツ』の暴挙を見逃すと思うか?裏の駐車場に島田の馬鹿がそいつを呼び出してな」


 かなめは指で串をつまみ、こなれた仕草で焼き鳥を口に運ぶ。場内の空気はその一言でさらに熱くなった。誠は顔を少ししかめるが、すぐに笑いを返す。人間関係には奇妙な線が引かれていて、越えると火花が散る。


「もしかして銃は使ってないですよね?西園寺さんを見ているとここでの決闘には銃を使っていいというようなルールがありそうなんで……それは無いですよね?ないって言ってくださいね?」


 誠は口ごもりつつも、場の空気に肝を冷やす。かなめが普段から携行している銃の存在は、冗談と現実の境を揺さぶる。ここではジョークも時に本気を孕む。


「銃を使う?そりゃあアタシの専売特許だ。島田は普段は銃は持たないし、そもそも銃より殴り合った方が早いって主義だからな。ただの殴り合い……まあ、やる前から結果なんざ見えてたんだけどな。『バケツ野郎』は島田の『無限のタフさ』を知らねえから」


 かなめは肩をすくめ、煙草の火を強める。言葉の端々には軽い嫌悪と満足が混じる。誠はその不穏な満足感に、先輩の守り方を垣間見た。


「なんです?その『無限のタフさ』って。確かにあの人の上半身は見ましたけど……僕も筋肉だけならあれぐらいは付いてますよ。でも別にそんな『タフ』ってわけじゃないですけど」


 誠は首をかしげる。若い眼には伝説が現実にどう作用するのかはまだ不透明だ。だが、ここで語られることの多くが後の自分の教訓になることは間違いない。


 そんな誠の反応を見て今度はアメリアが身を乗り出して話をしたそうな顔をしているのでそちらに目を向けた。


「まあ、島田君は元々中学高校と暴走族の『ヘッド』をしてて喧嘩ばかりの生活をしていた人で喧嘩慣れしている上にいくら殴られても平気なのよ。そもそも相手が殴り疲れても平気で向かってくるし……どんなに威力があるパンチでも口から血を流す程度で痛がる様子も見せずにひたすら相手を観察している。まあ、これは島田君が言う喧嘩必勝法らしいんだけど五発も相手の撃ちやすい格好でのパンチを食らえば、そのパンチの軌道を覚えて避けたりカウンターを打ち込んでくるから。相手がどうパンチやケリを繰り出すか分かればこっちのもんだというのが島田君の主張なのよ」


 アメリアの解説する島田の喧嘩必勝法に誠は唖然とした。喧嘩をしたことがない誠には、『最初に殴り合いを制する』のではなく『最初に殴られ続ける』という発想自体が、もう別種の生き物の戦い方に思えた。喧嘩は最初に一撃食らわせた方が有利というのが喧嘩をしない誠の考えだが最初に相手に殴らせるだけ殴らせてその間にカウンターの手段を考えるという島田の考えられない喧嘩必勝法に誠は唖然とした。


「結果、最初の10秒くらいは互角だったけどそれから先はまさに『ワンサイドゲーム』まったくいい気味だわ……しばらくは次々とカウンターを繰り出して来る島田君に運航部の女子の前で恥はかけないとばかりに『バケツ』もムキになって反撃してたけど殴り疲れて手が止まったところからは島田君が倒れた『バケツ』に馬乗りになっての一方的にタコ殴り。まあ、『バケツ』じゃなくても喧嘩で島田君に勝てる人がいるなら見てみたいわね」


 アメリアの言葉に誠は驚愕した。


 典型的なヤンキーの島田に喧嘩を売る度胸は誠には無いが、それが殴り疲れるまで平気で向かってくる化け物と聞くとさすがにゾッとしてくる。それがギブアップするまで馬乗り殴打で殴り続けると聞かされれば今後島田に逆らう器など気の弱い誠に起きるわけがない。


「で、辞めたんですか?」


 誠は恐る恐るそう尋ねた。


「まあ、30分間一方的に島田君のパンチを受けまくった結果、自慢の二枚目フェイスが台無しにされて……ああ、あの時ほど島田君が頼りになると思った時は無いわ。それにどうせあの地球人の地しか引いていない『バケツ』が『乙型』に乗ってもただの装甲が厚いだけのどこにでもある普通の機体だもの。誠ちゃんみたいに『乙型』の能力を引き出せるわけじゃ無いし。あんな気に食わないのが隊から消えてくれてせいせいしたわ」


 いかにも島田の鉄拳制裁に満足したようにアメリアはそう言ってシシトウに手を伸ばした。


「しかも『バケツ』はこの『月島屋』でもっととんでもない敵を作ってたんだ。それがこの変なTシャツの女であるアメリアだ」


 そんな満足げにビールのジョッキを掲げるアメリアを横目にかなめは面白おかしく話を転がそうとそう言って来る。


「女に年齢を聞くな、身長を聞くなと言うのはそもそも『モテることは夢』としか考えねえ遼州人のオメエには関係ねえかも知れねえけど元地球人の甲武国やゲルパルトでは常識なんだぜ?その島田よりさらに厄介な敵であるアメリアが徹底的に『バケツ』のこれまでの女遍歴とかをネットにあることないこと書き込んでこれまで何股してたか知らないけどとにかくアイツの国の人間関係ぶっ壊したりしたからな……しかし、アメリア。よくあそこまで『バケツ』の個人情報を調べたな。それだけ『バケツ』がアタシとカウラや運航部のオメエの部下の女芸人達をちやほやしたのが頭に来たのか?」


 涼しい顔でアメリアはジョッキのビールを飲み干してかなめによる自分の『バケツ』に行った『武勇伝』を静かに聞いていた。その姿に誠はこの人だけは敵にしたくないとつばを飲み込み恐怖に震えた。


「まあ、『モテたい』なんて理由で東和に来たいなんて言う発想自体うち向きじゃ無かったんだろ?ゲルパルトに残って一人で頑張るってさ……まあ空港で待ってるのは浮気を知られた女達のビンタの嵐だろうがな……ああ、ゲルパルトは銃の所持は許可制だけど許されてるからもうすでにこの世の人ではない可能性もある。そんなこれまでひっかけた女の嫉妬の雨を生き抜いて、まあ、あの島田に台無しにされた顔が元に戻ればまたモテるようになるんじゃねえの?アタシもアイツと話してて悪い気はしなかったし」


 ラムを片手に語るかなめの言葉を聞いて、誠は自分が『英雄志願のエース気質』でない上に、地球人の国の腕自慢たちのように『モテる』と言うことを経験したことが無いことをひたすら感謝するしかなかった。


「あとなんだっけ?それだけじゃなかったはずだぞ……他にも色々面倒な野郎共が神前の席には座ってたはずだ」


 かなめはそう言って首をひねる。


「『パイ』がいたじゃない……次かどうかは忘れたけど」


 そう言ってアメリアは細い目をさらに細めた。


 その表情は歓喜に満ち溢れていた。アメリアは『バケツ』とは違って『パイ』にはそれほど嫌悪感を抱いていないようだったが、関心も持っていないというような投げやりさだった。


「『パイ』ですか……もしかして……バラエティー番組のお約束みたいに投げたんですか?パイ。僕の時じゃなくて良かったですよ……制服が汚れるし……その人怒ったでしょ?普通怒りますよね?」


 顔をしかめつつそう言った誠にカウラは静かにうなずいた。


「やはりアメリアが言うには歓迎の為のお約束と言うことで運航部の馬鹿とアメリアが準備をした。顔面に叩きつけたのは……運航部で水色の髪をした常識人。運航艦の副長のパーラ・ラビロフってのがいるんだが……嫌な顔をしていた。うちではアメリアの珍妙嗜好に染まっていない数少ない人物で『特殊な部隊』でも一番の常識人だ。その後、私もアメリアの非常識ぶりをそのパーラに何度も愚痴られて大変だった」


 カウラは相変わらずの無表情で鶏もも串を頬張りながらそう言った。


「それは誰だって嫌ですよ!初対面の人に挨拶もせずにパイをぶつけるなんて!常識とか以前の問題です!」


 アメリアの悪ふざけの過激さに誠はそう言うことしかできなかった。


「別に、神前がキレる話じゃねえだろうが。それにそいつは食いしん坊だったから顔面にパイを食らっても『食い物を並ばずにもらえた』という感じでそれほど怒らなかったぞ。この遼州圏のアステロイドベルト以遠を領有する社会主義国家である『外惑星社会主義共和国連邦』出身で……結構デブだったから、キャラ的にはちょうどよかったんじゃねえの?あそこはヘリウム以外に資源が無いから所得も低いし、太陽から離れてるから食品の値段は高いし……計画経済だから何を買うにも行列しないと買えない辺鄙なところだし……しかしあんな環境でよくあそこまで太れたな」


 そう言って笑うかなめの姿に、誠は自分がいかに『特殊な部隊』に配属になったかがよくわかった。


「パイを顔面に受けた時も、驚いたというよりおいしいものを貰えたという感じの反応で本人はあくまで冷静だったわよ。東和では歓迎はとはこうするものなんだなあとか言ってたくらいだし。まあね……一番年長だったからそいう理解の仕方もあるのよね……」


 ギャグを挨拶と受け取られたことが少し不満だったようでアメリアはつまらなそうにそうつぶやいた。


「確かに二十六歳とか言ってたな。アイツは東和の国庫の金の貯蔵量を調べたらしい。アイツも母国の1000倍の貯蔵量があるってことを知った時点でその調査は止めたらしいが……別に東和の資産は金と言う現物だけとは限らないんだが……それが社会主義国らしい考え方なんだろうな」


 アメリアとカウラが話し合うが、この部隊の異常さは年齢と関係ないとツッコミたい誠はそのタイミングが図れずにいた。


「そう言えばここでもとんでもねえ量を食ったな……『外惑星共和国連邦』は社会主義の国だから食い物買うのも行列だろ?それが次々と出てくるんだ。『ここは地上の天国だ!』とか言って喜んで食ってやがった。今でもそのカロリーで生きてるんじゃねえのか?国に戻ったらまた配給と行列での買い物の生活に逆戻りだろうし」


 ラム酒を飲みながらかなめは店のメニューの書かれた壁に目をやった。誠からすると、ニュースの中の『遠い国』でしかなかったはずの外惑星の暮らしが、串の先の男の胃袋の話で急に現実味を帯びてきていた。


「カシラ、キンカン、テバ、やげん……全部2つは食ったよな」


「大変だったのよ。一応、ここの勘定はランちゃんに回るんだけど……本当に嫌な顔してたわよね」


「軍の食べる人の食べ方って半端ないですからね……でもこのメニュー表を2つづつ……その人いっそのこと相撲取りにでもなった方がいいんじゃないですか?たしか東和大相撲にも外惑星出身の大関がいたような……ああ、僕相撲には詳しくないんでよくは知らないですけどそんなニュースを見たことがあります」


 ずらりと並んだ鶏肉の部位の書かれたメニュー表を見ながら誠はその『パイ』と呼ばれる先輩の胃袋の中を想像して若干引いていた。そして誠の脳内では、焼き鳥の串を三本ずつ両手に持って土俵入りする『パイ関』が完成しつつあった。


「まあな。でも、食う以外は常識人だったな。なんやかんやで一週間後には部隊にいなかったんだから『特殊な部隊』である司法局実働部隊とは水が合わなかったんだろ」


 カウラは冷静にそう言うと烏龍茶を啜った。


「カウラ。オメエが虐めたんじゃねえのか?オメエの趣味のことで軽蔑するようなこと言ってたからな。『ギャンブルは毒です』って」


「……戦いとは常に『ギャンブル』だ。運のある方が勝つ。その常識を理解していない時点で戦士として失格だな」


 カウラとかなめが罪の擦り付け合いをしているのを横目にアメリアが誠に向けて身を乗り出した。


「なんでも、『パイ』から辞めたいと相談された一番『特殊な部隊』で話が通じそうだと思われてたらしいパーラが言うにはかなめちゃんがいつも銃を持ち歩いてるのが恐かったらしいわよ……外惑星連邦は社会主義の国で国家の締め付けが厳しくて軍や警察がデカい顔してるから。特に銃を持ち歩いている警察官にはろくなのがいないらしいわよあそこは……あそこは警察の汚職とかすごいし」


 そう言うと同じ警察官として腐敗した同業者に圧迫されて育った三人目の『パイ』に同情するようにアメリアは大きくため息をついた。


「うるせえな!銃が恐くて兵隊や警官が務まるか!それにアタシは袖の下を取る役人が大っ嫌いなんだ!そんなこと甲武でやってみろ!『切腹』だ!『切腹』!甲武の警官はみんな士族で『サムライ』だからな!『サムライ』は不正をしたら腹を切る!これがアタシが生まれた甲武の常識だ!まあ、アタシは公家だから関係ねえけどな」


 かなめの叫びが店に響く。


 もうかなり出来上がっている『特殊な部隊』の隊員達はもうかなめに目をやることもなかった。


「結局この人も……残らなかったんですね」


 誠はそう言って呆れながら三人の顔を眺めるだけだった。


「まあ、あの体形じゃあ貴様が明日から受けることになるクバルカ中佐のしごきにはついていけなかっただろうからな。当然の帰結だ。貴様も明日辺りから始まるクバルカ中佐の新人教育訓練を受ければその意味が理解できるだろう」


 まとめるようにカウラは淡々とそう言った。


「クバルカ中佐のしごきって……」


 誠はカウラの言葉に気になることがあって一番話の通じそうなアメリアの顔を見つめた。


「そんなのはその時なれば分かる事!今日は楽しく飲んでるの!気にしないの!」


 そんなアメリアの能天気な言葉が誠の不安をさらに増幅させた。気づけば、テーブルの上には空になったグラスと焼き鳥の串だけでなく、ここにいない五人分の『椅子』まで並んでいる気がした。


 誠は串を置いて深く息をついた。話は笑い話に戻り、瓶のコルクやグラスが触れ合う音がリズムを取り戻す。外の夜風が店の引き戸を揺らし、遠くの信号の光が揺らめく。誠は自分が何者かを改めて考える時間を少しだけ許した。


 ただ、自分がこの席に座り続けるかどうかも、もしかしたら彼等と同じくらい些細な理由で決まるのかもしれない……と、誠はふと思った。

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