終了の鐘
黄金王タルキウスと人類最古の魔女パンドラの戦いは、文字通り三日三晩続いても決着が着かなかった。
戦争とも言うべき戦いが三日間も続いたというのに、その凄まじさは未だに衰えない。
次第に、カプリ島の住民である人魚族も続々と集まって空を見上げ、戦いの行方を固唾を飲んで見守っている。
無論、タルキウスと共にこの島へやって来たリウィアもフェルディアスもタルキウスの戦いを見守り続けていた。
今はネモスの仲介もあって人魚族の集落に身を寄せ、彼等から食料を分けてもらい、いつタルキウスが地上に降りてきてもすぐに食事をとれるように準備をしていた。
しかし、流石に三日もこのような状況が続けば、見ているだけとはいえ疲労の色を隠し切れるはずもない。
「リウィアさん、少し休んだ方が良いですよ。あなたに何かあったらタルキウスが悲しみます」
フェルディアスは心配そうな顔で彼女に語り掛ける。
「私は大丈夫です。タルキウス様がいつ降りてきても良い様にしておかなければ。きっとお腹を空かせているでしょうから」
二人の中では、タルキウスが凱旋して最初に言う事は分かり切っていた。
“腹減った~”
絶対にこれだという確信があった。
だからこそいつ戻ってきても、タルキウスがお腹いっぱい食べられるようにしておこうと思ったのだ。
タルキウスとパンドラの凄まじい空中戦は、いつの間にか島中の見世物ような状態になっており、リウィアの調理をなぜか人魚族の女性陣まで手伝い始め、気付けばお祭り会場の調理場のような状態になっている。
◆◇◆◇◆
地上から見ると、今も激しい戦いを繰り広げるタルキウスとパンドラだが、流石に両者ともに疲労の色が隠せなくなりつつあった。
「はぁ、はぁ、はぁ。さ、流石に疲れたんじゃない? 音を上げるなら止めないわよ、タルキウス」
「そ、それは、はぁ、はぁ、こっちの台詞だ。お前こそ変な痩せ我慢は止めて降参しても良いんだぜ」
もはや子供の意地の張り合いと成り果て、息が絶え絶えになりながらも根性だけで戦いを継続している。
国をも滅ぼしかねない巨大な力の応酬を三日にも渡って続けているのだ。本来ならとっくに魔力はおろか命すら燃やし尽くしているはずだが、どちらもまだ止める様子は無い。
しかし、この戦いは唐突に終わりを迎える事になる。
グウウ~ギュルルル~
タルキウスのお腹が豪快な音を立てて空腹を訴える。
「腹減った~。なあ、ちょっと休憩にして飯にしないか?」
タルキウスの意地と根気は、空腹の前に脆くも崩れ去った。
いや。正確に言えば、三日間もよく耐えたというべきだろう。
「はぁ!? 何を言ってるのよ!! そんな理由で、……」
タルキウスの間の抜けた提案に張り詰めていた糸が切れたのかパンドラは目眩を感じて、身体をふらつかせる。
赤の毒蛇の背から崩れ落ちるように転げ落ち、パンドラの身体は重力に従って地表に向かって落下した。
◆◇◆◇◆
それは昔。もういつの事だったかも分からなくなるような気の遠くなるほど昔の事。
神々は人間に災厄という贈り物として、泥から一人の女性を作り出した。
神々の叡智を結集して生まれてきた彼女は、生まれた時点で完璧だった。
しかし、それは人間としてではなく、神々の道具としてという意味である。
彼女は人間そのものを呪うための贈り物。神々にとってそれ以上でもそれ以下でもない。
神代が終わり、人代が始まっても神々は彼女を人間への贈り物として利用し続けた。
奈落に幽閉し、永劫の地獄を味合わせる事で。
彼女が存在する限り、人間は災厄という名の呪いに苛まれる。
人間が呪いによって苛まれれば、それは激しい憎悪という呪いになって彼女に帰ってきた。
疫病が流行るのは彼女のせい。
嵐で家が無くなってしまったのは彼女のせい。
天災で食べるものがなく飢えるのは彼女のせい。
何百年、何千年と彼女はその一身で人間の憎悪全てを受け止めてきた。
それは彼女にとってとても辛く、寂しく、冷たいものだった。
「ん……?」
パンドラはゆっくりと目を開ける。
身体を動かそうとするが、全身が思うように動かない。それは拘束衣で全身を雁字搦めにされているからではない。全身がまるで鉛のように重く感じられたからだ。
しかし、不思議とパンドラは不快感は覚えなかった。むしろ心地良い何かに包まれているかのような感覚がして、それが揺りかごのように眠気を誘う。
目を開けて視界がはっきりしてくると、真っ先に目に飛び込んだのはタルキウスの笑顔だった。
「ったく。無理しやがってよ」
「ッ!!」
ここでようやくパンドラは、自分がタルキウスに抱きかかえられている事に気付いた。
「た、タルキウス、あなた一体、何をしてるのよ?」
「え? 何ってパンドラが地面に落ちそうになってたから助けてやったんじゃないか」
「いや。そうじゃなくて、何で殺し合った相手を助けたりなんてしたのよ?」
パンドラは頬を膨らませて、まるで拗ねた子供の様に問う。
「え? ……昔、ある人から困ってる女の子がいたら助けてあげるのが真の男の子だって言われた事があったから、その、咄嗟に」
タルキウスはやや恥ずかしそうにしつつ、パンドラから視線を逸らしながら言う。ただし、その声は次第に小さくなっていった。
「……馬鹿ね、あなた」
そう言うパンドラの表情は、とても晴れやかなものだった。
それは彼女が数千年ぶりにした表情だったかもしれない。
「あはは。そう、かも、……」
力無く笑うタルキウスは、言葉を言い終える前に力尽きて意識を失ってしまう。
「ちょ!」
タルキウスは足場にしていた盾から転げ落ちて、パンドラと共に地上へ激突した。
「いたた、もう! 助けるならちゃんと助けてよね!」
地面に衝突した時に巻き上げられた泥を浴びて、全身が泥まみれになったパンドラは抗議する。
パンドラのすぐ横で、彼女と同じく泥まみれになっているタルキウスは、地面にぶつかった衝撃で意識を取り戻したようだが、既に体力は限界のようで身動き一つ取ろうとしない。
「ごめんごめん。何か急に気が抜けちゃってよ」
「……ふふ。まあ、それは私も同じね。こんな感覚は生まれ初めてだわ」
パンドラももはや動く事すらままならない様子で、その場から一歩も動こうとはしない。
戦いの結末は、どちらの勝利で幕を閉じたのか。或いは引き分けなのか。二人にとってはもはやどうでも良かった。
「なあパンドラ、お前、俺を殺すためにこんな事をしたんだろ?」
雨に打たれて徐々に身体の泥が洗い流されていく中、タルキウスは不意にそんな事を聞いた。
「ええ。そうね」
「何で俺を殺そうとしたんだ? 俺に何か恨みでもあるのか?」
「私をこの地上に呼んだ奴等がそれを望んだからよ。私はしょせん贈り物よ。人を呪うためだけの。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「だから俺を呪うために、俺への贈り物になったとでも言いたいのか?」
「まあ、そんなところねえ」
「ふ~ん。……なあ、パンドラ」
「何よ?」
「パンドラは俺への贈り物、なんだよな?」
「そうよ。何度言わせるの?」
「だったらよ。俺の、俺の友達になってくれないか?」
「え?」
パンドラは目を見開き、空を見上げていた視線を逸らしてタルキウスを見る。
「だってよ。パンドラは俺への贈り物なんだろ。だったら友達になってくれよ」
「と、友達? 自分を、殺そうとした私を?」
パンドラはタルキウスが何を言っているのか理解が追い付かなかった。
「でも、俺は死んでないぞ。それにこんな楽しい戦いは生まれて初めてだ。一回切りで終わらせちまうなんて勿体ない。パンドラが俺の友達として、俺の傍にいてくれれば、これからはいつでも今回みたいな戦いができるだろ!」
「私は、またタルキウスを殺そうとするかもしれないわよ」
「だったら俺は殺されないように、もっともっと強くならないとな」
「まだ強くなりたいの?」
パンドラはやや呆れたという風な口調で問う。
「勿論さ。俺は最強なんだからな!」
この短時間で体力が少し戻ったのか、タルキウスの声には徐々に力強さが戻ってきた。
タルキウスの言葉を聞いたパンドラの眼からは涙が溢れていた。
「って、何で泣いてるんだよ?」
「……しょうがないでしょ! 私、友達ができたの、生まれて初めてなんだから!!」




