最古の魔女神話
「ふぁ~。何だか退屈だな~」
作戦会議も無事に終わり、後は到着を待つだけという状況になると、タルキウスは大きな欠伸をしながらリウィアの膝に頭を乗せて横になる。
「まったく。これから敵地に乗り込む事になるかもしれないのに、タルキウスは余裕だよね」
タルキウスのリウィアへの溺愛ぶりはよく知るフェルディアスだが、こんな状況でよく膝枕なんてしていられるな、と流石に呆れたという視線をタルキウスに向ける。
「ふふ。そりゃ。いざとなったら、フェルが守ってくれるだろ?」
「え? そ、それは勿論。何たって僕はタルキウスの警士なんだからね! 敵が襲ってきたら、僕がこの命に代えてもタルキウスとリウィアさんを守ってみせるよ!」
「だったら一安心だな」
「当然!」
「じゃあ、俺は少し休んでても大丈夫って事だな」
「勿論さ! ……あれ? 何かおかしいような?」
タルキウスにまんまと丸め込まれたフェルディアスは釈然としない様子ではあったが、タルキウスは風魔法の維持で今も多量の魔力を費やしている。
少しでも休んでもらって体力を温存してもらうべきかと納得した。
「じゃあ僕は外の様子を見てるから」
「え? わざわざ外に出なくても、感知魔法で何かあれば分かるだろ。外はすごい嵐だし、中にいろよ」
「僕はタルキウスほど感知魔法が得意じゃないから。それに何があるか分からないから、直接目でも見張っておきたいんだ」
「……分かった。じゃあ宜しく頼むよ」
「了解! じゃあ行ってくるね!」
そう笑顔で言うと、フェルディアスはかまくらの外へと出て行った。
リウィアと二人っきりになると、タルキウスは口を開いて甘えるような口調で話し始める。
「ねえ、リウィア。退屈だし。何か昔話か何か聞かせてよ。前はよくこうしながら色んな話を聞かせてくれたでしょ」
「え? で、ですが、あれはタルキウス様を寝かしつけるためにしていたんですよ。今ここでタルキウス様に眠られては困ります」
「大丈夫。ただの暇潰しに聞くだけだから。ねえ、たまには良いでしょう」
母親におねだりをする子供の様に懇願するタルキウス。
そんな風に言われると、リウィアは断る事はできなかった。
「……分かりました。では一つだけお話をします」
「やったー! 今日はどんな話をしてくれるの?」
「そうですねぇ。では、最古の魔女、パンドラのお話をしましょうか」
─────────────
神話の時代。
エルトリウス王家の祖神にして神々の王ユピテルを含む男女六柱ずつの神々コンセンテス神族による世界の創造が完了した頃。
この地上は、神々が治める神代から人類が治める人代へと移り変わろうとした時代の節目を迎えようとしていた。
現代の人類の祖先達は、神々の血を受け継ぎながらも、その力は神々には遠く及ばず、人類文明は中々栄えずに荒廃の一途を辿っていた。
しかし、それはユピテルにとって都合が良かった。
なぜなら、人類が不幸であれば、それだけ幸福を求めて神々への信仰心を心に抱くからだ。
だが、未来を見通す力を持つ魔導神プロメテウスは、このままでは人類が滅亡してしまうという未来を目にしてしまう。
そこでプロメテウスは、ユピテルを欺いて神々の力の一端である『魔法』を人類に与えた。
人類はその魔法の力を基盤とする新たな文明と技術を発展させるが、それは人類に神々への崇拝の念を失わせる契機となってしまった。
この事態に危機感と怒りを覚えた神々の王ユピテルは、その元凶であるプロメテウスを処罰する一方で、人類に対して災いをもたらすために『女性』というものを作るように鍛冶神ウルカヌスに命じた。
ユピテルの命令を受けたウルカヌスは、泥から女性の身体を作り出し、神々は彼女を完璧な生命とするために様々な物を与えた。
知恵の女神ミネルヴァからは知恵と女性に必要な技能、愛と美の女神ウェヌスからは男を虜にする魅惑の美貌、神々の伝令使メルクリウスからは恥知らずで狡猾な心と男を欺く詐術を与えられた。
それは正に、数多の神々が作り上げた生きた神器と言える。
こうして完成した女性は、ユピテルより“全ての贈り物”を意味する「パンドラ」の名を付けられた。
そして最後に、ユピテルは決して開けてはいけないと言い含めて箱を贈る。
しかし、パンドラはある日、好奇心に負けてその箱を開けてしまう。
すると、中から様々な災厄が飛び出した。
驚いたパンドラは慌てて箱を閉じるが、その時にはもう縁の下に残っていた“希望”を残すのみとなっていた。
こうして飛び出した災厄を一身に浴びたパンドラは、存在するだけで世界に災厄をもたらし、人類は疫病や犯罪、争いなどの苦しみに見舞われる事となる。
そんなパンドラは、災厄の元凶として全人類から悪意と敵意に晒されるようになるが、神々の作り上げた美貌の前に多くの男が虜となり、最後にはある男と結婚して多くの子を儲ける。
その子供達は、やがて現代に生きる人類の祖となった。
そこから更に時が流れ、ユピテルはこれ以上人類への過剰な災厄は与える必要は無いと判断して、パンドラを地上から引き離す事を決断。
ただし、人類が神々の恩恵を忘れないように一定の災厄は必要とも考えるユピテルは、パンドラを奈落に幽閉され、【権力の封鎖】と【暴力の痛鎖】という二つの鎖で拘束して封印した。
奈落でパンドラは永劫の苦痛に苛まれ続け、彼女が苦痛を感じれば感じるほど人類には疫病、戦争といった災厄が降りかかるという。
─────────────
「しかしパンドラは、人類が過剰に力を付け過ぎて再び神々への信仰が失われるようになると、封印が解かれて奈落から蘇ると言われて、あら?」
ふとリウィアは、タルキウスの口からスースーと規則正しい寝息がするのを耳にして話を止める。
「もう!タルキウス様ったら、何が大丈夫ですか?まだお話の途中でしたのに、寝ちゃってるじゃないですか。まったく。海の上で漂流中だというのに、よく呑気に寝ていられますね」
そうは言いつつも、リウィアはタルキウスの頭を優しく撫でる。
タルキウスは眠っているので、リウィアの声は聞こえていないが、もし聞こえているのだとしたら、彼は無邪気な笑みでこう答えたであろう。
“俺が呑気に寝られるのは、リウィアの膝枕があるからなんだよ”




