第九十五話
そこからの山登りはバルキアスを鍛えるための訓練と化していた。本当に危ないという場面以外は一人で魔物と戦っている。
「うんうん、バルも戦い方がだんだんわかって来たな」
アタルは前方で戦っているキャロとバルの様子を見て嬉しそうに頷いていた。今のところアタルの出番はほとんどといっていいほどなかったのだ。
「バル君、右頼みますっ!」
『了解だよ、キャロ様!』
それというのもここまでくると二人の連携が徐々にかみ合ってきており、最初に比べてかなりスムーズに戦えているためだった。
実際のところはバルが戦い慣れしていないだけではなく、キャロも誰かと合わせて戦うことに慣れていなかったため、その辺も戦いを続けていくことで、徐々に合わせられてきていたという形だった。
「キャロも適応力が高いな……」
襲いかかる魔物を次々に倒していく姿を見て、二人の連携がうまくいっていることにアタルは満足していた。
「さて、そろそろ俺も力を入れていくか」
確かに二人は連携がうまくいっていたが、不慣れな状態から始めていたため余分に体力を使ってしまい、疲労の色が濃くなっていた。
「キャロ、バル、交代だ!」
そう二人に声をかけた時には既にアタルは彼らに襲いかかって来た魔物の頭を撃ち抜いていた。
「アタル様! まだやれますっ!」
不満げながらもちゃんと戻ってきたキャロがアタルに進言する。
『僕も!』
少し遅れて戻って来たバルキアスは興奮状態で息を荒くしている。だが二人とも汗をかき、魔物の返り血などで汚れていた。
「いいから少しゆっくりしていろ。あいつらは俺が倒すから、お前たちは水魔法で少し身体を綺麗にしておくといい」
ぴしゃりと反論を認めない口調でアタルは二人にそう命じると、魔物に照準を合わせてすぐさま撃ち抜いていく。
『す、すごい……』
バルキアスは改めてアタルの戦いぶりを見ることで、その戦い方に驚いていた。見たこともない武器を駆使して魔物を次々と倒していく姿はつい見入ってしまうものだった。
「あれがアタル様の戦い方ですっ。あれは魔法ではなく銃というものらしいですよ」
キャロは水魔法で浴びた返り血などを洗い流しながら答える。その表情はまるで自分が褒められたかのように誇らしげだった。
「結構数が多いが、威力の高い弾を使ってるから楽だな」
アタルは選べる弾の種類が増えたため、威力の高い弾をチョイスしていた。会話できるほどの余裕をもって目に見える範囲の魔物を弾丸で次々に撃ち抜いていく。全ての弾が吸い込まれるように魔物の頭を貫いて絶命させている。
「この弾は単純な威力が高いな。次はこれだ」
試すように次に選んだのは魔法の弾だったが、これまでのものよりランクの高い魔法が込められていた。
「……っし!」
新しい弾を使うのは楽しいものであったため、自然と気分が高揚してきていた。
それでももちろん放たれた弾は狙い通りに魔物と魔物の間に着弾する。そして、そこを中心に弾に込められていた炎が巻き起こっていく。
「あ、やべ」
それはアタルの呟きだった。思っていた以上にその炎は強力で、狙った魔物二体だけでなく、その周囲の魔物を全て巻き込み、更には先ほどアタルが倒した魔物の遺体も焼き尽くしていた。遺体を黒焦げにして鎮火したものの、炎が周囲の木々に燃え移らなかったのは運が良かった。
「思ったより強力だったな……」
やってしまったな、というようにアタルは頭を掻きながら、キャロたちのもとに戻ってくる。
「アタル様、すごいですねっ!」
『アタル様かっこいい!』
きゃっきゃと興奮交じりにキャロとバルキアスはアタルの魔法弾を褒めてくるが、当人は弱ったなという表情だった。
「いや、あれほどの威力だとは思ってなかった。初めて使う弾だったんだが……使う場所を考えないと、こっちにまで被害がでそうだ」
もしあの弾を洞窟の狭いところで使っていたら、草木に燃え広がっていたら……そう考えると今回試せたことはよかったと言える。
「で、でも、一撃で魔物たちが片付きましたよ!」
食い下がるようにキャロはなんとかフォローしようとする。
「想定外すぎるな」
しかし、アタルは納得してないようだった。以前にもゴーレム戦で自分のミスが招いた失敗があったことを思い出し、改めて気を引き締め直しているようだ。
「まあいいさ。強力だから今後強い魔物が出て来ても戦えるってことがわかったのは収穫だ」
そしてそれをなんとか自分の中で折り合いをつけていた。
『アタル様の攻撃はすごかったね。あんなに離れていたのに魔物たちがどんどん倒されていったよ!』
バルキアスは興奮気味に尻尾をぶんぶん振りながらアタルをキラキラした瞳で見ていた。
「あぁ、あれが俺の武器だ。俺以外には使えないようになってるがな。俺が住んでいた場所にあった銃という武器だ。まあ、色々と手が加えられているけどな」
これがそうだと、バルキアスに自分の銃を見せた。せっかく仲間になったのだから知っておいた方がいいと思ったからだ。
『さ、触っても平気かな?』
初めて間近で見たアタルの銃に興味津々の様子でバルキアスがそっと手を伸ばしている。
「まあ、壊れるものでもないし少しくらいならな。ほれ」
特に問題ないだろうとアタルは銃をバルキアスへと渡す。器用に後ろ足でバランスをとってそれを右前足で受け取ろうとするが、それが足にのった瞬間、ドゴンという音とともに銃と足は地面に触れていた。
『ぎゃああああああ!』
バルキアスは銃を持つどころの話ではなく、その重さに耐えられず右前足はどんどん地面に埋まっていく。普通の硬さを持つ地面であるがゆえに、バルキアスを中心に地面が割れている。
『ア、アタル様っ! 早く、早くとって!!』
元々の頑丈さでダメージは負っていないようだが、あまりに必死な様子でバルキアスが言うのでアタルは急いで銃を手に取った。アタルからすればひょいと片手で持てるほどの重さしか感じられなかったからだ。
「おかしいな。ここまでバルが重く感じるとは思わなかった……キャロは前に持った時はどうだった?」
「うーん……確かにずっしりとした重さは感じましたけど、持てないというほどではなかったように思いますっ」
以前にも持ったことがあるキャロはあの時のずっしりとした重みを思い出しつつ、バルキアスをなだめるように優しく撫でた。
「あー、もしかしたらそのへんもあいつが手を加えた効果なのかもな。俺と近しい者だと重さが軽減されるような」
そう言いながらアタルは神と共に作り上げた愛銃を軽々と持ち上げたり下ろしたりしている。アタルにとってバルキアスはキャロの契約で一緒にいるため、自分と近しいとはいえなかったのだろうと推測した。
『うぅ、酷い……右手がもげると思ったよ!』
キャロに撫でられて少しは気が落ち着いたようだったが、それでも余程ショックを受けたのか、ふんふんと強く息を吐きながらバルキアスは頬を膨らませて怒っている。
だがその時アタルとキャロは心の中で思っていた。バルのそれは前足ではなく右手だったのか、と。
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