第九十一話
食事を終えたアタルとキャロの二人は馬車と共に、とある一軒の家の前にいた。だが二人は同じようにそれを見上げ、少し困惑していた。
「……なあキャロ」
「……はい、恐らく私も同じことを思っているかと」
二人がやってきたのは冒険者ギルドのマスター、ミランの家……のはずだった。
あらかじめ渡されていた地図に書かれた場所にやってきた二人は、何度も地図があっているかを確認し、ここであっているという結論に至っている。だからこそここで間違いないと言えるのだが、想像とかけ離れた現実に驚いていた。
「なんか、思ってたより……ぼろいな」
「そ、そんなにストレートに言ってはさすがに失礼ですよ!」
アタルがぼそりと呟くと、慌てたようにキャロがそれを窘める。バルキアスはキャロの腕の中で大人しく抱かれていた。
焦ったようなキャロの声が大きかったため、何事かと扉をあけてミランが飛び出してきた。
「な、なんの用ですか! ……あれ? アタルさんにキャロさん?」
「あ、あぁ、すまない。少し騒いでしまった」
「ごめんなさいですっ!」
突然現れたミランにやはりここで間違いないのだと確信したアタルは戸惑いながら、そしてキャロは素直に頭を下げて謝罪をする。
「いえいえ、構いませんよ。狭いところですが入って下さい。お茶くらいは出せますので」
柔らかく微笑む彼女の誘導に従って二人とバルキアスは家の中へと入って行く。
「ありがとう」
「失礼しますっ」
外見はあれだったが、入ってみたら中は豪華な家具などがある……ということもなく、一般的な家庭にあるような家具をワンランクダウンさせたものが必要なだけ置かれていた。
「それではそちらにかけて少々お待ち下さい」
リビングらしき部屋に二人を案内するとミランは踵を返してお茶の準備に向かった。近くにあったソファに腰かけたアタルとキャロは訝しげな表情で見合う。バルキアスはすでにキャロの腕の中ではなく、キャロの足元で静かに伏せをしながらも初めて見る民家を興味深げに見ている。
「……なあ、どう思う?」
「うーん、本当にギルドマスターさんなのでしょうか?」
この生活レベルから考えて、彼女がギルドマスターであるということに二人は懐疑的になっていた。よく思い出してみれば一応、という前置きがあったような気もする。
「いや、でも持ってきた書類は本物だったぞ。あれだけのものを持ち出しできるのはギルマスだって証拠なんじゃないか?」
「でもでも、ギルドマスターと言えばギルドの長ですよね? それなのに、このような場所に住んでいるというのはどうなんでしょうか? 質素を好むとしても度が過ぎるような気がします……」
あれこれと二人でミランについて話していると、きょとんとした顔の彼女がお茶を持って戻って来た。
「どうかされましたか?」
どこかおかしな空気のアタルとキャロのことが気になったのか、ミランは首を傾げている。
彼女のことを話していただけに、アタルとキャロはなんと答えたものかと顔を見合わせるが、アタルが意を決したようで一度頷いて口を開いた。
「なあ、一つ聞きたいんだがいいか?」
「はい? どうぞ、答えられることであればなんなりと」
お茶を並べながらアタルたちの前に座ったミランは素直に質問を受け入れる。
「ミランはギルドマスターなんだろ? それなのに、こんな、なんというか……」
どう言えば失礼にならないかと言葉を濁しながらなんとか言おうとして、うまく言えずに言葉に詰まるアタル。それを見てミランはくすりと笑った。
「ふふっ、どうしてこんな小さいボロい家に住んでいるのか? ですかね」
言いにくいことをさらっと言うミランに対して、アタルは気まずい表情で頷いた。
「私は確かにギルドマスターなんですが、後ろに仮がつきます。今の私のお給料は一般の職員と同じ……いえ、むしろ少ないくらいですね。今は母が代行としてギルドマスター業務を取り仕切っていて、私はまだ研修期間なんですよ」
苦笑交じりにそう言った彼女は年相応の少女の表情をしていた。きっとそれなりに苦労しているのだろうが、それをギルドマスターになるための必要な修行とすら捉えているようでもあった。
「なるほどな、だからこの家なのか。これで合点がいったよ」
「ですです、謎が解けましたっ」
最初は咎めていたキャロもミランが気にしていない様子であるため、既に隠すつもりがないようで、アタルの言葉に同意していた。
「地図を描いて、お二人を見送って、家に帰ってから気づきました。この家に来たらもしかして怪しく思われるかもしれないなあって。でも、来てくれてよかったです」
嬉しそうな笑顔で言うミランに対して、アタルとキャロは入るかどうか迷っていたということは心に秘めておくことにする。
「それで、調査のほうはいかがでしたか?」
やっとここで本題に入った。
「あぁ、調査だったな……その前にいくつか言っておきたいことや聞きたいことがあるんだが構わないか?」
「なんでしょうか? いいですよ」
アタルの再度の質問にミランは嫌な顔せずに頷いた。彼女の器の大きさがうかがえた。
「今回の調査の結果はおいそれと外には出せない内容だった。そして、調査結果と調査の流れを話すには俺たちの現状も少し話さなければならない。情報を先にもらっておいて、勝手な言い分だが、いくつかの情報は秘密にしておいてほしい」
ダメもとではっきりと言うアタル。ぐっと固唾をのんでミランの反応を見守るキャロ。
しかし、そんな二人の意気込みをかわすかのようにミランの答えはあっさりとしたものだった。
「はい、いいですよ」
「えっ?」
アタルは自分から言い出したことでありながら、さらりと了承を示した彼女の答えを聞いて驚いていた。
「なんでアタルさんが驚いているんですか? 今回の依頼に関しては私が勝手に一人で依頼したことです。ギルドとしてはというより、母の考えでは不確定な情報でギルドが動くわけにはいかないというものでした。ですが、私はそのまま放置しておいて、いつか誰かが事故や事件に巻き込まれるのを避けたかったのです」
あくまでこれはミラン個人で出した依頼であり、ギルドマスターとしての自分が出したものではない。そう暗に言っていた。だからミランとしては最悪の事態が避けられるならばそれでいいと思っているのだ。
「そういうことか……心配して損したな。それだったら今回の調査結果は話せそうだ」
緊張から解放されたようにアタルは安堵の息をつきながら背もたれに体重を預ける。
「ふふっ、よほど心配されていたんですね。安心して下さい。こう見えて結構口は堅いので」
そう言うとミランは人差し指を口元にあてて秘密だとポーズをとった。
「じゃあ、キャロ」
そこでアタルは説明をキャロにゆだねる。
「はい、それではこちらをご覧下さい」
キャロが指し示したのは、彼女の足元にいるバルキアスだった。自分の話になったと思ったバルキアスは体を起こすと、お座りの姿勢で行儀良くしている。
「わんちゃん……いえ、ウルフの子どもでしょうか?」
「この子の名前はバルキアスと言います。私がテイムしました」
じっとバルキアスを見ていたミランはそれを聞いて少し驚いていた。
「キャロさんはテイマーの能力を持っているのですか?」
この世界では、テイマーになるにはテイマーギルドに入り、専用の教育を受ける必要があった。そして、そのギルドに入るのは獣人では難しいと言われていた。だからこそキャロがその能力を持っていることを信じられない様子だった。
「うーん、そのへんはなんとなくそういうことができるのだと思って下さい。主題はそこではないので……この子、バル君は……その、フェンリルなんです」
その言葉は余程衝撃的だったのか、雷に打たれたかのように固まったミランは口をあけて呆然としていた。
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