第八十六話
「さて、それじゃどちらから向かうか決めないとだな。森と山か……どっちがいいと思う?」
手を離したアタルはミランに質問する。彼女に聞いたのは、この辺りの地理に詳しくないアタルたちよりも正確な判断が下せると考えたためだった。
「そうですねえ、危険度は森のほうが少ないと思います。あの森の魔物はさほど強くないようですし、件の巨大な狼のような魔物というのも攻撃をしてこなかったという点を考えると、こちらから向かうのが無難なのではないかと思われます」
顎に手をやり、少し悩んだ様子を見せたミランはこれまでの情報から考えた結論を口にする。
「なるほどな、それなら森から向かうことにしよう。キャロもそれでいいよな?」
「はい、了解ですっ。どんな魔物なのか楽しみですね!」
アタルの決めたことに特に異論のないキャロは今からその魔物に会うのを楽しみにしていた。
「そんな簡単に……いえ、お二人ならどちらから行ったとしても大丈夫なのでしょうね。一応どちらも信憑性は高いと思います。目撃情報を持ってきた者たちはそれなりに信頼に足る者たちですので」
仮に情報が誤っていたとしてもかまわないとアタルは思っていたが、太鼓判とまではいえないものの、情報の信憑性が高いという話は喜ばしいことだった。
「森から行って調査が終わったら一旦ここに戻ってくる。その時はミランを呼べばいいのか?」
どうやら彼女はギルド内では正体を隠しているようであるため、アタルは戻った際の流れを確認する。
「うーん、それはちょっと困るかもしれないです。私はギルドではあくまで下っ端の一職員、ミランなので冒険者が名指しで用があるというのは……そうだ、私の家までの地図をお渡ししますのでそこへ来てください。夜であれば毎日いますので」
苦笑を浮かべたミランは思い出したかのような表情になったかと思うと、どこからか取り出した白紙にさらさらと地図を描いていく。
「ほう、うまいもんだな」
その様子を見ていたアタルが思わず褒めてしまう程度にはミランの地図はわかりやすかった。
「昔、少し絵を嗜んでいたもので……」
照れ交じりにミランは意外な一面をカミングアウトしながら地図を仕上げる。
「できた! ではこちらをお持ち下さい。ギルドから我が家までの道のりになっています。大丈夫でしょうか
?」
満足げに頷いてミランが差し出したそれをアタルとキャロは受け取って確認する。
「すごい! これなら、迷わずに辿りつけそうですっ」
以前、同じように地図をもらってフランフィリアの家に向かう際は大雑把すぎて迷ったため、それぞれの地図の精度の違いが与える影響を感じていた。
「それじゃあ、そろそろ俺たちはでかけるよ。少しでも早いほうが件の魔物を目撃する人間が少ないだろうからな」
時間が経てば経つほど、今回あがった魔物たちが人の目に触れる機会が増えてしまうことを考えて早い出発を決断する。
「はい、決して無理をなさらないようにして下さい。冒険者は無茶や無謀なことをする方も多いです。ですが、命があっての冒険者ですから」
ミランは自分から依頼した立場ではあったが、それでも二人が無事に戻ってくることを望んでいた。
「もちろんだ、俺は今まで無謀な戦いをしたことはない」
これはある意味では真実だった。アタルはこれまでに強力な魔物たちや、大量の魔物との戦いを何度か経験しているが、その全てで自分たちが負けるとは一ミリも思ったことがなかった。
「そ、そうですね。確かに強力な敵はいましたが、アタル様は全てなんとかしてきましたから……」
隣でキャロはあれは? これは? と今までのことを思い浮かべるが、結局その全てでアタルは活躍し、結果を残していたため、苦笑交じりに同意せざるを得なかった。
「す、すごいですね。ですが、今回も同じようにいくかはわからないので、くれぐれもお気を付けを」
自信に満ちているアタル、それを肯定するキャロ。
ミランはきっとこの二人なら大丈夫だろうと思ったが、それでもと念のために一言付け加えた。
「忠告はありがたく頂こう。ミランは俺たちの報告を待っていてくれ」
そう言うとアタルはさっと立ち上がり、キャロもミランも続いて店をあとにする。
「再度言いますが二人ともご無事で戻ってきて下さい」
「はい、お気遣いありがとうございますっ! それではアタル様、行きましょう!」
だがすでにキャロの意識は既に森の魔物へと向いており、早く行こうとアタルの背中を押していた。
「お、おい、キャロわかった、わかったから押すなって!」
意外と力のあるキャロに押されるまま、アタルはミランにろくな返事もできずに森へ向かうことになった。
「アタル様、楽しみですねっ!」
しばらく歩くうちにアタルを解放したキャロはこんなにも早く珍しい魔物に出会えることを心から喜んでいた。
「そうだな、その魔物ってやつが聖獣とかだといいんだけどな。そうじゃなかったとしても、面白い魔物だったら契約するのも悪くないかもな」
隣で彼女の頭を撫でながらアタルもキャロ同様未知の魔物に興味深々だった。貰った情報から姿形を想像しては期待に胸を膨らませている。
そうして二人は馬車に乗り込んで森へと出発した。
森は街からさほど離れておらず、すぐに数時間で到着する。
「この森ですか……」
じっと森の入り口でその先を見ている二人。森からは特に変わった気配は感じられず、普通の森となんら変わらないものだった。
「ここにそいつがいるのか。それにしては雰囲気は他の森と同じだな。別段変わっていないように思える」
アタルは森から異様な気配を感じられなかったことに拍子抜けしたと思っていた。霊獣や幻獣がいる森となれば特別な雰囲気があると思っていたからだった。
「とにかく目撃情報があったという場所に向かってみましょうっ」
そこはミランに見せてもらった書類に書いてあり、それを見る限りどうやら目的地は森の最深部だった。
「中で何かあった時のことを考えると、馬車はここに置いていったほうがいいだろうな。徒歩でいくぞ」
「はいっ!」
二人は馬車を端のほうの木に繋いで馬を一撫ですると、森に足を踏み入れていく。
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