第八十五話
「ふふっ、興味を持っていただけたようですね」
「まあな、それで何を教えてくれるんだ?」
思っていた以上の食いつきを見せた彼らの反応に微笑んでいるミランに続きを話すようアタルは急かすように催促する。
「わ、わかりましたよう……こちらをご覧下さい」
その視線にたじろぎながらミランはいくつかの書類をテーブルの上に並べた。
「これは……」
その内容にアタルとキャロが目をみはる。
「はい、ここ数カ月の間に報告された変わった魔物などの報告です」
依頼掲示板を見ただけではわからないようなこれらの情報はアタルたちにとって有益なものだった。しかし、そうであるがゆえに二人は疑問に思う。
「……なぜ?」
表情を崩さぬままアタルはそれだけを問う。
「それは……なぜ、あなたたちに情報を提供するのか? でしょうか」
すっと表情を正したミランの言葉にアタルとキャロは頷く。
「そう思われるのは当然でしょう。あなたたちに少々興味を持ったので……なんていうと白々しいですね。もちろん、なんの思惑もなく二人に声をかけたわけではありません。私は人の実力がなんとなくわかってしまうのです。それもかなりの精度で」
最後の言葉と共に彼女の眼鏡がキラリと光る。その奥にあるはずの瞳は陰になって見えないが、ミランが嘘を言っているようには感じなかった。
「ふーん……ということは俺たちに何かをやってもらいたいということか。冒険者ギルドに所属はしているが、面倒なことは勘弁だぞ?」
なんとなくこの情報の裏にある事情を察したアタルは嫌そうに顔を逸らす。しかし彼女はこの答えを予想していたらしく、ぱっと笑顔になる。
「もちろんです! お二人にはお二人が興味があることを調べてもらいたいのです。そして、調べた内容について私に報告してほしいのです。もし、調査対象が危険なものであればその先は冒険者ギルドで動きます。また、問題がないのであれば、その情報を流すか、むやみに情報が広がらないようにしようと思っています」
そう言ったミランはすっかりギルドマスターとしての顔になっていた。
「なるほど、まあ……とりあえずは情報をじっくり見させてもらうかな。本当に俺たちが目的としているものかどうか、じっくり吟味しないとな。キャロはそっちの半分を見てくれ。俺はこっちから見る」
書類を半分にわけ、手分けして確認していく。書類の隅から隅まで見逃さないようにアタルとキャロは真剣なまなざしでそれらを吟味し始めた。
その間にミランは運ばれて来た飲み物を受け取って、そっと二人が飲みやすい位置へとおいていく。
時折アタルとキャロはそれを書類を確認しながら飲んでいく。
「これは、気になるな……こっちは普通の魔物っぽいな」
「うーん、こっちのは違うかなあ。……これはそうかも!」
独り言のようにつぶやきながら二人ともこれは、と思えるような書類をいくつか見つけていた。
それから一時間と経たない頃に二人は全ての書類を確認し終えていた。
「ふう……これはなかなか有用な情報だったよ」
「ですです、これかもっていうのがいくつかありましたっ!」
しばらく書類とにらめっこしていたせいで疲労感はあったものの、アタルもキャロもミランがもたらした情報に満足していた。
「それはよかったです、さてお二人とも飲み物のお代わりはいかがですか?」
二人の笑顔に気をよくしたミランは新しくピッチャーで注文した飲み物を見せる。
「ん、頼む」
「私も喉がカラカラです」
書類を読み漁るうちにいつしか二人は水分をとるのを忘れるほど集中していたため、落ち着いた今、喉の渇きを感じていた。
「どうぞどうぞ……それで目的の情報はありましたか?」
ミランはピッチャーを傾けてジュースを空いたグラスに注ぎながら彼らに質問する。
「そうだな、いくつか興味深い情報があったよ。俺たちが探してるのがもしかしたらこれなのかもってやつがな」
注がれた飲み物を一気に飲み干すとアタルは一枚の紙を前に出す。
「私も同じです。こちらを」
キャロも持っていた一枚の紙を前に出した。そして両手でコップをもち、自身ののどを潤していく。
「ふむふむ、なるほどです。お二人が求めているのは極々レアな魔物のようですね」
二枚の紙を見比べたミランは納得がいった様子で頷いている。それはそれぞれが選んだ書類から見て明らかだったからだ。
「俺のほうは、翼の生えた巨大な魔物ってやつだな。だいぶ曖昧な情報だが、見たことがある魔物だったらこんな目撃情報にはならないだろ」
アタルが選んだ一つ目は少し離れた山に薬草採集に向かった冒険者の目撃談だった。
「私のほうはこちらです。森の中で見つけたという巨大な狼のような魔物ということです、のような、という部分にひっかかりを覚えました。通常のウルフ系の魔物であればこんな表現はしないでしょうし、遭遇したものの、その魔物から攻撃を仕掛けてくることはなく、冒険者たちは見逃されたとあります」
キャロが選んだ情報からそのことは知識のあるものの仕業であることがうかがえる。
「お二人が選択した二つの目撃情報、このどちらも我々の調査対象となっています。つまり……」
「その調査を俺たちにやってもらいたいということか」
話を引き継ぐように答えたアタルに笑顔でミランは頷く。
「互いに利はあるかと思いますが、いかがでしょうか?」
「情報を提供してもらって断るわけにはいかないか。俺たちとしては受けても構わないが、二つ質問がある」
指を二本立ててアタルは質問する。
「なんでしょうか」
さらりと許可を出したミランはここまで来たらなんの質問で答えようと腹を括っている様子だった。
「一つは本当に俺たちに頼むでいいのかということだ。この目撃情報からするとどちらも強力な魔物である可能性が高い。それをあんたの目が確かだといっても流れの冒険者に頼んでも大丈夫なのかということだ」
それを受けてミランがふわりとほほ笑んで答える。
「それは大丈夫です。もし情報だけ持って旅立ってしまったとしても、それは私に見る目がなかったということです。まあ、旅立たれる分には特に問題はないですしね。情報を吹聴されるのは少し困りますが……おそらくあなたたちならばしないとふんでいます」
「俺たちがそれだけ信用に足るのか、それともただただあんたが信用しやすいだけなのか……まあわかったよ。逃げたり、吹聴もしない、だから安心してくれ」
きっと目の前の彼ならばその言葉を言うだろうとミランは予想していたようで、自信たっぷりの笑顔を見せて頷く。
「それじゃ次の質問だ。その依頼というのはギルドから正式に出されるものなのか? それともあんた個人から俺たちに出す依頼なのか?」
どちらも大した違いはないように思えるが、ギルドから出せば正式な報酬が出る上に実績として登録される。冒険者であるならばそちらの方がありがたいものだった。
「これは私個人からのものです。ギルドを通すのはお二人も望まれないでしょう?」
笑顔をひっこめて真剣な眼差しになったミランのそれは当たっていた。アタルは冒険者として実績を残すのは構わなかったが、報告後に色々と詮索されることを良しとしなかったからだ。
今回のアタルたちの目的が契約であるため、それをされれば面倒なことになることは容易に想像できる。
「ふう、敵わないな。あんたは思った以上にやり手のようだ……わかった、今回の依頼受けよう。調査ということだが、場合によっては倒してしまうかもしれない。それだけは覚悟していてくれよ」
アタルは自分たちで勝手に処理をしても良いのか? と問いかけている。
「承知しました。我々の目的は危険度の確認、または危険の排除ですのでもちろん倒して頂いて問題ありません」
これでアタルたちとミランの互いの利益は一致し、その証としてがっしりと握手を交わした。
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