第八十四話
翌朝、二人の姿は冒険者ギルドにあった。
ほどよく冒険者たちでにぎわうギルド内で、二人は掲示板に貼られた依頼を見ていく。
「うーん、それっぽいのはさすがにないか」
「ですね……」
ひとしきり眺めたアタルが難しい顔をして、耳をくたりと垂らしたキャロも彼に同意する。
二人は聖獣や霊獣関連の依頼がないものかとダメ元で見に来たが、そうそう易々と見つかるようなものではなかったようだ。
「それじゃあ、次に移るか」
色々と見て回ろうと思っていたアタルは一番可能性が低い冒険者ギルドから確認していた。しかし、駄目だとわかって諦める目的ではないため、すぐに次に移ることを考えていた。
「あ、あの……すいませんっ」
しかし、ギルドから出ようとする二人に控えめながら声をかける者がいた。
「ん? なにか用か?」
振り返った先にいたのは気の弱そうな眼鏡をかけたギルドの職員の女性だった。
「あの、私は当ギルドの職員のミランと言います。先ほどからずっと依頼を見て考え込んでいるようでしたが、何か問題でもあったのでしょうか……?」
真剣に依頼掲示板を見る二人の様子はギルド職員からは気になるものであり、その確認のために彼女は声をかけていた。何か粗相をしてしまったのかと心配そうな雰囲気がにじみ出ている。
「ん? あぁ、そういうことか。……いや、特に問題はないさ。ただ、俺たちが求めてるような依頼がないかなと隅から隅まで見てたらちょっとばかし時間がかかったもんでね」
通常ならランクや報酬などでラインを引いて依頼を確認するが、二人の場合は目的の情報に少しでもかかりそうなものを探していたため、じっくりと全ての依頼を見る必要があった。それが他から見るとちょっと変わって見えたのだと分かった。
「なるほど、そうでしたか。いえね、あそこのカウンターにいるのが先輩なんですけど、あっ、見ないで下さい! ……私が教えてるというのがばれてしまいます」
話に出て来た先輩とやらの顔を見てみようとアタルとキャロが視線を移そうとするが、必死な様子のミランに止められた。
「もう、気をつけて下さい! 気づかれてないみたいだからいいですけど……それで、お二人はどんな依頼を探していたんですか?」
ちらりと見たが先輩とやらに気付かれていないのを確認してほっと息をついた彼女はまだこの話を続けるつもりでいるらしかった。
「珍しい魔物とか動物とかそういうのに関する依頼があればと思ったんだが……」
直接聖獣や霊獣というとまずいかと思ったアタルは言葉を濁しながら答えるが、彼女の目がキラリと光ったことで対応を間違えたか? と内心ドキリとしながら息を飲んだ。
「いや、別になかったからいいんだが……」
「わかりました! ちょっと調べてきますね!」
これは早く切り上げた方がいいかとアタルは適当に濁してこの場をあとにしようとしたが、それを遮るようにミランはそう宣言すると、駆け足ですぐにカウンターの中に入って行った。
「あー、行っちゃったか。どうしたものか……」
「うーん、善意でやってくれているみたいなので少し待ってみましょうか?」
一度決めたら真っすぐな彼女の態度にアタルは困ったなという表情になるが、どうやらキャロは何かしら感じ入るものがあるらしく、ミランのことを待つつもりだった。
「キャロがそういうなら待ってみるか」
「はいっ!」
そんなキャロに気付いたアタルはあっさりと待つことを決めた。こんなふうに自分の意見を尊重してくれることをキャロは改めて嬉しく思った。
手持ち無沙汰となった二人は再度依頼を眺めていく。先ほどは情報集めのためだけに見ていたが、今度は自分たちにあった依頼がないか? という別の視点で見ている。
しばらくそれを続けていると、慌てたようにミランが書類を乱雑に抱えて戻って来た。
「はあはあ……お、お待たせしました! 私のほうで思い当たる情報を全て集めてきましたよ、ここでは少し騒がしいので外にでましょう。安心して下さい、これは持ち出し許可はおりてるものですので!」
一人でどんどん話を進めていくミランに圧倒されっぱななしのアタルとキャロだったが、放っておくわけにもいかないため、一度見合ったのち、その背中を追いかけることにした。
先に出たミランに追いつくとそれを見た彼女が話を続ける。
「少し特殊な情報も持ってきましたので、個室のあるお店に入りましょうか」
「……わかった、とりあえず話は聞かせてもらう」
最初のおどおどとした雰囲気を一変させた真剣な表情だったため、アタルは彼女の言うとおりにすることにした。
どんどんと進んで行くミランの足取りに迷いはなく、やがて辿りついた一軒の店に入って行く。
「個室をお願いします」
「承知しました、こちらへどうぞ」
彼女も店員も慣れた様子で、すぐに奥にある個室へと案内されていく。
そのことにアタルもキャロも首を傾げていた。ギルドで見た感じではミランは自信のない下っ端の新人職員という様子だったが、今は堂々としており、どこか立ち振る舞いに自信があるように見えた。
「……キャロ」
「はいっ」
二人はそれだけでその違和感を共有していた。きっとこの先何かあると二人は少し警戒を抱いた。
「こちらの部屋へどうぞ」
「ありがとう、みんなの飲み物……そうですね、お茶とフルーツジュースをよろしくお願いします」
その指示を受けた店員は静かに頷いて下がっていった。
「さて、お二人ともかけて下さい」
促されるままにアタルとキャロはそれぞれ椅子に腰かける。
「それで、どういうことなんだ?」
開口一番アタルが口にしたのは疑問だった。ここまでくるともう違和感が確信に変わっていたからだ。
「どういうこと、というのは私がお二人になんの話があるのか? ということでしょうか。それとも……」
「いや、まずはあんたが何者なのかを聞かせてもらえるか?」
アタルの最大の疑問がこれだった。目の前に座る彼女はゆったりと落ち着いた雰囲気を纏い、アタルたちを見ている眼差しは穏やかながらも隙が無い。
「やはり、わかってしまいましたか。……先ほども言いましたが私はギルドの職員のミランです」
それは先ほど聞いた、そう言おうとアタルが口を開こうとするが、それはすっと差し出されたミランの手に制止される。
「続きがあります。ギルドの職員ですが、ただの……ではありません。一応ですが、ギルドマスターをやっているミランです」
改めて自己紹介をした彼女の正体、それを聞いてアタルは納得し、隣にいたキャロはぽかんと口を開けて驚いていた。キャロはまさか彼女がギルドマスターだとは思わなかったのだろう。
「それで、そのギルドマスターのミランさんが一体俺たちになんの用事なんだ?」
ギルドマスターと聞いてからのアタルの態度は警戒するように硬化しており、言葉尻も強いものだった。正体を隠して、わざわざギルドを出てまで自分たちに話をするとなると何かあると勘繰ってしまうのは自然なことだった。
「そ、そんなに構えないで下さい。私はお二人が欲しがっているであろう情報をお持ちしたんです。ギルドマスターとはいえ、一応、ですのでこれでも苦労して持ってきたんですからね!」
アタルの態度に怯えたようにうろたえた彼女は、なんとかこの空気を変えようと必死に書類をアピールする。
欲しがっている情報を持ってきた。その言葉はアタルとキャロの興味を引くに十分なものだった。
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