第八十三話
「そ、その通常……自分自身の魔力の流れを感じ取るのは数か月、もしくは数年かかると言われています。わからない人は一生わからないというのもざらなんです」
うろたえているアイグの説明をうけても、当たり前のこと過ぎて実感のないアタルとキャロは困ったように首を傾げるだけだった。
「て、天才というのはいるものなんですね。まあそれはそれでよかったです、説明がはぶけますからね……ごほん。では気を取り直して、次は相手の身体に流れる魔力の把握になります。これは順番にやっていきましょう」
そう言うとアイグはアタルの前に立つ。
「まずは私がアタルさんに魔力を流します。手を出して下さい」
すっとアタルが差し出した手をアイグは軽く握って魔力を流していく。ひんやりとした彼の手から流れ込む魔力の感覚にアタルは今までに感じたことのない違和感を覚えた。
「お、おぉ、これはすごい。魔力をただ流されるっていうのは変な感じがするもんだな」
「ふう……私が流した魔力との違いをすぐ感じとれたのはやはり感覚が鋭いですね」
「そうか? すぐわかると思うんだが……さあキャロ、やってみよう」
アタルがキャロを呼び、彼女の手を軽く握った。柔らかく小さな手はアイグと違って温かい。
「いくぞ」
「はいっ」
アタルは自分の魔力量が多いことを自覚しているため、彼女に負担がかからないようにと少しずつキャロに魔力を渡すイメージを持つ。じっとキャロの様子をうかがうように流していく。
「あっ、来ました! アタル様の魔力、温かい感じがしますっ!」
魔力を流した瞬間、ぴくんと反応したキャロもすぐに自分とは違うアタルの魔力が流れ込んでくるのを感じることができていた。
「そうか? じゃあ、俺が抑えるから今度はキャロが流してみてくれ」
「わかりましたっ……ん、こうかな?」
今度は立場を逆転して、キャロが魔力を流し始める。探り探りといった様子ながらもアタルの方に自分の魔力を流し込んでいく。
「お、きたきた。アイグの時より柔らかい感じがするな」
ひとりだけ二人の魔力を受けたアタルが、それぞれの感覚の違いを口にする。なんとなくというものではあったが、違いがあるのを感じ取ったのだ。
「お二人とも生徒として優秀すぎますね。次は、相手に流した魔力がどう流れているかを感じとって下さい。コツとしては、魔力をただ流し込むのではなく自分から糸のようなものが繋がっていると意識するといいと私は教わりました」
飲み込みの良い二人を見て微笑むアイグは自分が過去に教えてもらった知識を口にしているというのをあえて強調する。それは彼が謙虚な人物であることをうかがわせた。
「なるほど、やってみるか。キャロ、俺からやるぞ」
「はい、お願いしますっ!」
キャロは受ける側だったが、気合が入っていた。心から信頼しているアタルならばなにも心配することはないと思っているからこそだった。
「……うーん、難しいな。相手に流れている魔力はよくわからないもんだな……」
ぐっと待ち構えているキャロを前にアタルはしばらく魔力を流していたが、その流れを感じとるのは難しかった。
「それじゃあ、今度は私の番ですねっ」
今度は自分も試したいと思っていたキャロが意気込んで魔力を流していく。
それを受けるアタルは自分の中にあるキャロの魔力を感じていたが、目の前で唸るキャロはどんどん難しい表情になっている。
「むー、やっぱりわからないですね……」
悲しげにしょんぼりと耳を垂らしたキャロも諦めずにしばらく魔力を流し続けたが、いまいちわからない様子だった。
「ふう……少し安心しました。さすがにそこまですぐにできたら自信喪失するところでしたよ」
アイグは二人のどちらもが相手に流れている魔力を感じとれないことにどこか安心していた。師としてできることがあるのは、悩む二人には申し訳なかったが嬉しいことであった。
「まあ、その感覚は練習あるのみだな。それで、他に必要な手順は何があるんだ?」
以前も練習すればできるようになったのだからと気を持ち直したアタルはそれをできるようになったあとの話を質問する。
「そうですね。先ほどの魔法陣を書くことができて魔力の流れを感じとることができたら、次はいよいよ実践になります。術者が先ほどの魔法陣を手に乗せて、自分と相手の魔力を魔法陣に流し込んでいきます。次に、“我と汝の誓いにより、ここに主従契約を成すことを宣言する”と詠唱して頂ければ完了です。ここまでの手順に問題がなければ成功するはずです」
流れるように説明するアイグの言葉を今回もアタルとキャロはメモをとっていた。
「うーん、実際に見せることができないのが心苦しいです……まあ、お二人ならすぐにできるようになりそうですが」
魔法は実践して見せるのが感覚としてとらえやすいので、それができないことをアイグは申し訳なさそうにしていた。だが内心で彼が抱いた気持ちは予想ではなく、確信だった。
「まあ、やってみるよ。まずは魔力を感じ取れるようになること、そしてその魔法陣を自分自身で用意できるようになることだな」
二つ目に関してはアタルには一つの案が浮かんでいた。
「こんなに早く説明や修行が終わると思っていなかったのですが、私からできるお礼は以上になります」
深い感謝の気持ちを込めて、アイグは恭しく頭を下げた。
「いや、助かるよ。あとは自分たちでなんとかしてみよう。まあ、契約できなかったとしても会話ができるんだから、普通に旅の仲間にいれることにしよう」
まだ見ぬ聖獣、霊獣に思いをはせながらも、アタルは前向きにさらりとそう言った。
「それじゃあ、私とアンザムはこれで失礼します。どこかで再び会うことがあれば、またよろしくお願いします。そうだ、こちらに魔法陣が書いてありますので参考にして下さい」
アイグは十を超える数の魔法陣をアタルに渡すと改めて一礼して、街へと向かう。
「俺は何も返せるものはないが、困った時は呼んでくれ! 俺なんかでよければ喜んであんたたちのために力を貸そう。……それじゃあな!」
いつのまにか起き上がって近寄ってきたアンザムは笑顔で大きく右手をあげると、アイグの背中を追いかけて街へと戻って行った。
「キャロ、楽しみだな!」
「はいっ!」
アイグとアンザムを見送った二人は既に聖獣、霊獣と契約することに思いを馳せていた。
それから日が落ちるまでの間、二人は互いの魔力を交互に流して魔力の流れを感じ取る訓練をしていた。二人の能力はこれまでの戦闘で高まっているため、完全に暗くなるころにはわずかではあるものの、互いに魔力の流れを感じ取れるまでになっていた。
「なあ……なんか俺たちってすごいんだな」
ふかふかと柔らかく生えた草の上にごろんと転がり、一面に広がる綺麗な星空を眺めながら、アタルは隣に寝転んでいるキャロに向かって言った。
「ですね……年単位って言われた時にはドキッとしましたけど、なんか……できちゃいましたね」
とろんと瞼が落ちかけているキャロも心地よい疲労で眠気を覚えながらゆったりと返事を返した。
「明日もこの練習を続けて、それが形になったら獣人の国のことや聖獣や霊獣について調べてみるか」
「はいっ!」
アタルの提案にワクワクを抑えきれないといったような笑顔を見せたキャロは元気よく返事をする。
このあとしばらく話していたが、アタルはいつしか眠ってしまったキャロを背負って宿に戻ることとなった。
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