第八十二話
ほどなくして街についた一行は手頃な宿に部屋をとり、その後闇商人を衛兵に引き渡して一度街から出ると、人があまり来ない場所へと移動する。
「このあたりでいいでしょう」
そこは街の近くの平原であり、大きな岩の陰に隠れた場所だった。ここならば多少魔法を行使しても問題ないと判断したのだろう。アンザムは専門外だからと少し離れたところでごろりとしながら三人を見ていることに決めたようだった。
「それでは早速。私が教えられるのは闇商人に施したのと同じ、というと語弊がありますが、契約魔法についてです」
契約魔法、それはアイグも時間をかけて闇商人にかけていた魔法であり、難しいのではないか? と話を聞いていたアタルとキャロの顔にはそう書いてあった。あれだけの戦いをする彼らのかわいらしい反応にアイグが柔らかく微笑む。
「お気持ちはわかりますが大丈夫です。本来、契約魔法は精霊や魔物、聖獣や霊獣などと互いの合意のもと主従契約を結ぶものです。あの時のような人と人の奴隷契約では他の魔法を組み合わせないといけないので、難しくなってしまったのですよ」
その説明を聞いて、よくわからないがそういうものなんだろうとアタルとキャロは納得する。
「私も風の精霊と契約をしてるんですよ。ほら」
そう言うとアイグは風の精霊を呼び出した。ふわりと風が吹いたかと思うとアイグの近くに淡い光が集結してくる。
「わあ、可愛い!」
そうして現れたアイグが契約した精霊は鳥の形をした精霊であり、小鳥のようにも見え、愛らしい姿をしていた。
「ふふっ、この子とは私が冒険者を始めた頃からの付き合いなんですよ。里で契約の魔法を教えてもらった日にさっそく契約してそれからずっと一緒にいます」
そっと指先で精霊を撫でるアイグは長年の相棒を見るような優しい目で精霊を見ていた。
「アタル様っ! 私たちも精霊と契約しましょう!」
食いつくように迫るキャロは精霊の可愛さにやられてしまったらしく、自分も精霊と契約したいと強く思っていた。
「あぁ。だが俺は精霊よりもその聖獣とか霊獣ってのが気になるな。そんなすごそうなものと契約できるもんなのか?」
その魔法でできるのか? そしてそんなものと出会うことができるのかと二つの意味での質問だった。
「そうですね……私も例としてはあげてみましたが、それらと契約したという話は伝説や言い伝えでしか聞いたことはありませんね。実際に契約できたら黙っておくかもしれませんけどね」
「確かにそれだけのやつと契約できたのが世の中に知られたら、狙われたりもするだろうし、どこにいたのかと質問責めにあいそうだ」
それが理由なのかはわからないが、この世界では契約できる相手としては名前があがっている聖獣や霊獣。だが実際にそれらを見た者は少なかった。
「じゃあ、俺はそれを目標にするか。こう言っちゃ失礼かもしれないが、精霊じゃなく聖獣とか霊獣なんていうすごいやつと契約してみたい」
アタルはこれまで目標がなかったが、ここにきてこれがしたいという思いが出てきたため、自然と笑顔になっていた。
「……だ、だったら、私もそうしますっ!」
それはキャロの言葉だった。彼女は先ほどまで精霊と契約したいと口にしていたが、急にアタルと同じように聖獣や霊獣と契約すると言い出した。
「いいのか? さっきまで可愛い精霊と契約したいと言っていたが……」
「いいんですっ!」
それを改めて言われるのが嫌だったため、キャロは大きな声でアタルの言葉にかぶせていく。むっと頬を膨らましているキャロにアタルは苦笑していた。
「そ、そうか。……わかった、それじゃあ二人で聖獣とか霊獣と契約するのを目標にしよう。まあ、道中で他に契約したい魔物とかそういうのがいたら、そっちを選べばいいさ」
「そのためにはまずお二人に契約魔法を覚えて頂かないとですね」
二人の決意を聞いたアイグは魔法を教える準備を始める。
「まずですが、こちらを見て下さい」
そう言ってアイグは取り出した一枚の用紙を見せる。一見するとなんの変哲もない普通の紙だったが、そこには魔法陣が描かれていた。
「これは契約を行う際に必要な魔法陣が記されています。もちろんなくてもできるのですが、あったほうが確実なのでお二人にはこれを作成できるようになってもらいます」
そこに描かれている複雑な文様の魔法陣を見て、アタルもキャロも唖然とする。
「これを」
「私たちが?」
「もちろんです」
呆然とする二人の質問にアイグはにっこりと笑顔で答えた。
「……キャロ」
「……アタル様っ」
「「がんばろう(りましょう)!」
だが一度学ぶと決めた二人の気持ちはこれくらいではゆるがないようで、魔法陣を書けるようになろうと決意していた。
「これを書けるようになるのは前提として、まずは魔法の説明をしていきましょう。先ほど言ったように魔法を使う側、使われる側がともに契約に了承していることが必要です。魔物なのであれば懐かれること、聖獣や霊獣などの知識の高いものであれば、言葉で同意を得ることが契約魔法を成立させる条件になるでしょうね」
アタルとキャロはいつの間にか用意していたメモ帳を持っており、アイグが説明したことをそれぞれ書きとっていた。
「次に魔力の流し方が普通の魔法とは異なります。普通の魔法は、言葉と共にその言葉に合った魔法を強くイメージして、例えば掌などに魔力を集めて放ちます」
アイグの言葉を聞きながら、自分たちが魔法を使う時を二人は思い出していた。
「ですが、契約魔法は自分の体内に魔力を循環させます。この感覚を感じ取れることが大事です。次にその魔力を相手にも流して、お互いの身体を循環させていきます。ここからがなかなか難しいのですが、相手の身体を巡る魔力を感じ取らねばなりません」
自分の魔力を感じ取るだけでなく、相手の魔力の流れをも感じ取る。それはかなり難しいものだというのは二人には容易に想像できた。
「私もこれができるようになるまで、数か月かかってしまいましたよ」
そう言ってアイグは苦笑するが、アタルとキャロにしてみれば笑えない言葉だった。彼の器用さは闇商人との契約で思い知らされたからだ。
「はっはっは、こいつは魔法の天才だ。そのこいつがそれだけかかったんだから、お前たちは年単位で時間がかかるかもしれないな!」
専門外のせいでアンザムはここまでよくわからない話を聞いていたため、その鬱憤を晴らすかのように二人のことをガハハッと笑っていた。
「自分の魔力の流れは簡単だが、相手のってのは難しいかもしれないな」
「そうですねぇ……」
だが二人の会話を聞いてアイグは目を見開いて驚いていた。
「えっ? お二人は身体を巡る魔力の流れを感じ取れるのですか?」
彼の質問に、何を当たり前のことをと思った二人はきょとんとしながら揃って頷いた。
二人はフランフィリアの家での修行でこれらをできるようになっていたが、実のところ、それは通常ではかなりの修行が必要になるものだったのだ。
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