第七十九話
「来たか」
平然としたアタルの呟きはその気配の正体が明らかになったことを表していた。
「意外と大きくないですねっ」
感じていた気配の大きさに比べて、そのもののサイズは小さかった。意外だというようにキャロが呟く。
彼らの前に姿を現したのは、巨大なトカゲの形の魔物だった。大きさは人間の大人より少し大きい程度。しかし、色は漆黒ともいえるくらいに深い、暗い黒だった。そして異様な雰囲気を身に纏っている。
「こ、こいつは一体なんだ!?」
あり得ないものを見るかのようにアンザムは驚愕する。彼も冒険者として色々な魔物と戦っていたが、目の前にいる魔物は見たことも聞いたこともない姿だった。
「これは恐らく瘴気にあてられて変化した魔物だと思われます。私も見たのは初めてですが……」
冷静なそれはアイグによる説明だった。だが彼の手に自然と力が入ってしまうのは恐怖の表れだろう。
「そうか、なんにせよ……手ごわそうだ」
敵を目の前にしてアタルとキャロは武器を構える。
森を突き進む魔物はゆっくりとした動きでアタルたちへと向かってくる。
「こいつは……意識があるのか?」
うなだれたような様子の魔物に対して訝しげな表情で見ていたアンザムが呟く。
そして次の瞬間、魔物はぐわっと顔をあげた。
「来るぞ!」
瞬時にアタルとキャロはそれぞれ横に飛ぶ。
だが後ろにいたアンザムは咄嗟に反応できずに魔物の攻撃をそのまま受けることになった。
「ぐはあああ!」
そして、勢いそのままに吹き飛ばされていく。
「アンザム!」
アイグが焦ったように彼の名前を呼んで吹き飛ばされた方向に視線を向ける。だがそれは大きな隙になってしまった。
「アイグ!」
今度は攻撃しようと構えていた魔物に気付いたアタルが彼の名前を叫び、攻撃を阻止すべく弾丸を魔物に撃ち込む。
アイグを攻撃しようとした魔物だが、弾丸を頭に受けたため、何事かとそちらに視線を向けた。アタルの銃弾は直撃したはずだったが、身体を揺らしただけで目にみえたダメージはないようだった。
「くそっ、あれでノーダメージか!」
苛立ち交じりにアタルはそう吐き捨てながらも既に移動を開始していた。
遠距離戦闘を主にしているアタルは自分の居場所を知られてしまうと、弾丸の軌道を読まれてしまうため、それを防ぐために場所を変えていた。
だがキャロは近接戦闘が主体であるため、魔物に向かってすばやく走り出していた。
「くら、ええええええええっ!」
アタルの攻撃が通用していない様子だったことを目に捉えていたキャロはいつになく雄たけびをあげながら、全力でショートソードを構えて魔物に斬りつける。
頭部はアタルの弾丸でもダメージを与えることができなかった。それならばと、恐らくここが関節だと思われる場所へを狙っていた。
そしてそれは効果をあげる。
「ぐぎゃあ!」
突き刺さった痛みからか、短い叫び声をあげて魔物がのけ反った。
しかし、すぐに勢いよく身体を起こした魔物はキャロへと小さな黒い玉のようなものを何発も口から吐き飛ばしていく。
「きゃあっ!」
瞬発力の高いキャロでも降りかかるその全てを避けることは難しく、いくつかの玉がキャロの身体に突き刺さる。痛みにぎゅっとキャロの顔が歪む。
「キャロさん! くそっ、貫け“風の槍”!」
少しでも攻撃を止められればとアイグが魔法を魔物に向かって放つ。鋭く放たれた風の槍が勢いよく魔物に飛んでいく。
それは魔物の身体を横に数センチほど動かすことに成功するが、やはりダメージ量は少ないように見える。
「あ、ありがとうございます!」
キャロはアイグの攻撃に魔物が動きを止めた隙に逃げることに成功する。
「しかし、この魔物は強いですね……」
アイグの側に来たキャロはじっとりと額に汗を浮かべていた。今まで戦っていた相手とは明らかに格が違うと思い知らされたからかもしれない。
「ですね。これはまずいかもしれません……」
ここまで誰一人として致命的なダメージを与えることはできていない。ここにいる中で最も強いと思われるアタルの弾丸ですら、頭を動かす程度におさまっていた。
「大丈夫ですっ。アタル様ならなんとかしてくれるはずですから! 私たちは少しでもダメージを与えて、魔物の弱点や攻撃パターンを引き出しましょうっ」
前向きな笑顔を見せたキャロは再びショートソードを構えると魔物に向かって行く。アタルのことを心から信用しているからこその発言だった。
「あぁ、もう! さっき攻撃を受けたばかりだというのに!」
飛び出していった彼女を目で追いながら、アイグはアタルへの盲目の信頼で動き出すキャロに苛立ちを感じていた。
「いてえええじゃねえええええかあああああ!」
だが、魔物に攻撃を加えたのはアタルでもキャロでもアイグでもなく、さきほど吹き飛ばされていったアンザムだった。
ゆらりとなにかのオーラを纏うかのように立っている彼は怒りによって攻撃力が高まっていた。キャロと戦った時は、首輪により命令に逆らえないがゆえの制限された戦い方だったが、制御が外れた彼の攻撃力は開放的なまでの強さを見せる。
「おりゃああああああ!」
力強いアンザムの拳の一撃によって、今度は魔物が吹き飛ばされる番だった。彼の拳には魔力が込められており、彼の膂力もあいまって魔物に大きなダメージを与えることとなる。
「ぐぎゃがあああああ!」
今まで誰も傷をつけられなかったその魔物の身体に亀裂が入っていた。
そしてその亀裂は魔物を包んでいる瘴気に入った亀裂だった。
「今だな」
その機会を逃す彼ではない。アタルはそのヒビ目がけて銃弾を連発で打ち込んでいく。最初の数発は強通常弾。
「ぐぎゃ! ぐぎゃっ!」
亀裂から入り込んだ痛烈な弾丸が当たるたびに魔物は痛みに苦しみ、大きく声をあげる。
「次はこれだ!」
その亀裂が先ほどの攻撃によって広がったところで、今度は貫通弾を撃ち込む。その弾は魔物を貫いて魔物の体内に入ったところで一気に魔法を解放する。
ただの貫通弾であれば、貫いて終わりだったが、アタルが選んだのは貫通魔法弾だった。ここまでに多くの魔物を倒したアタルの弾丸一覧には多くの弾が並んでいる。
それゆえに彼の戦闘の幅は大きく広がっていた。
「ギャウウウウウウウウ!」
黒い瘴気を内側から打ち消すかのように発動された魔法は魔物に大きなダメージを与えていく。そして、その表皮にも次々に亀裂が入っていた。
「今ですっ!」
追い打ちをかけるようにキャロは魔物に向かってショートソードを何度も振り下ろす。
「くらえええええ!」
加勢するようにアンザムも彼女にあわせて拳を魔物に撃ち込んでいた。
度重なる攻撃によってどんどん魔物が追い詰められていく。
「“風の精霊よ! 我の呼びかけに応え、逆巻く風を巻き起こせ”!」
キャロとアンザムの後ろにいたアイグは風の精霊を召喚し、魔物めがけて竜巻を巻き起こした。
その魔力の高まりを感じ取ったキャロとアンザムは咄嗟に飛びのいて距離をとった。
「グガアアアアアアアアアアアアア!」
竜巻をモロに食らった魔物は断末魔の声とも思えるような苦しそうな声をあげている。竜巻に飲み込まれたその身は未だ風によってねじ切られようとしているが、それでもなんとか抜け出そうと必死にあがいていた。
「とどめだ!」
そしてアタルは風に飲まれた魔物の動きを先読みして、再び魔法弾を撃ち込んだ。
こめられた魔法は爆発。その一発が撃ち込まれた瞬間、弾丸が爆発して魔物は四散した。
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