第七十八話
アタルはキャロの近くまで移動すると遠くで倒れていた獣人の男にもエルフの男と同様の弾を撃ち込む。
「……それで、あんたは一体何がしたいんだ?」
そして闇商人を静かににらみながら問いかけた。
先ほどまでは部下たちに立つよう大声をあげていた闇商人だったが、自分の置かれた状況が最悪であることを理解すると、途端に俯いて静かになっている。
「何が……だと? お前たちは俺の正体を知ってしまった。知った人間を生かしておけるわけがないだろ!」
正体をばらしたのが自分だということを棚にあげて、あざけるように力なく笑った闇商人はアタルたちを殺すのが当然だと顔をあげると自分の理論をぶちまけてくる。
「はぁ、それでわざわざこれだけの人数を引き連れてやってきたっていうのか……呆れてものがいえないとはまさにこのことだな」
開き直りとしか捉えられない男の返答に、額を押さえたアタルは呆れたようにうなだれている。
「……一つ、聞かせて下さい。この森に魔物や動物の気配がないのはあなたの仕業ですか?」
その隣で静かに口を開いたキャロはずっと抱いていた疑問を男に投げかける。最後にアタルとキャロに襲いかかって来た獣人とエルフの二人は奥の手として十分な力を持っていたと思われた。
しかし、だからといって彼らの影響で森がここまで静まりかえるとは思えなかったのだ。
「なんのことだ? 私はこいつらを連れてここで待ち伏せしていただけだが……」
キャロの問いかけに対して訝しげに眉を寄せた彼はその件には全く関わっていないようで、何を言っているのか全くわからないといった様子だった。
「私もその異変には気付いていましたが、我々は関係ありません……」
そこへ割り込んで来たのはアタルが倒したはずのエルフで、ゆっくりと身を起こしながら力なく答えた。先ほどアタルはエルフに二つの弾を撃ち込んでいたが、その目的は攻撃ではなかったのだ。
「お、お前っ、死んだんじゃないのか!?」
目を見開いて驚いた闇商人はどもりながら声をあげる。
「やれやれ、私を倒しただけではなく情けもかけるとは……いやはや我々はとんだ手練れを相手にしたものですね」
苦笑交じりに首を振ったエルフの男は闇商人の言葉に応えることはなかった。隷属している相手に対してその反応を見せることは闇商人の男にとって大きな違和感を持たせた。
実はアタルが撃った弾の一つはエルフたちにつけられていた首輪を狙ったものだったのだ。
「助かりました。これで彼の言うことを聞かずにすみます。……本当にありがとう」
ほっとしたように笑顔を見せたエルフの男はアタルに頭を下げて礼を言う。そんな彼の手には奴隷の首輪が壊れた状態でのっていた。
「な、なななな、なんで!」
そのことに気付き、驚愕に目を見開ききった闇商人の語彙力はすっかり崩壊していた。
「がああ、やられたあああ!」
叫ぶような声を上げて起き上がったのはキャロにやられた黒豹の獣人だった。
「嬢ちゃん強いな。自分の力に多少の自信はあったんだが、見事に打ち砕かれたぞ」
ニッと歯をむき出しにした笑顔の黒豹の獣人も同様に首輪が取れていた。
「ど、どどど、どういうことだ!?」
本来攻撃を受けても破壊されることのない奴隷契約の首輪が外れているという信じられない事態に、闇商人が焦りを露わにしてアタルを問い詰める。
「あー、まあ、秘密ってことで」
実際にアタルがやったのは二つ。首輪が切れるように弾丸で狙ったことと、解呪の弾丸を撃ち込んだことだった。どちらに効果があったのかは不明だが、首輪が取れているところを見る限り、これで奴隷契約を外部的に解除することも可能だということがわかった。
「なんだと!」
はぐらかそうとするアタルに対して、闇商人は怒りの言葉をぶつける。自分の持っていた奴隷を無理やり奪われたことに苛立ちを感じたのだ。
「おい」
だがそれを止めたのは黒豹の獣人だった。地の底から響くような怒りのこもった声が響く。
「立場が変わったことを理解していないようだな……? よくも今までこき使ってくれたなぁ」
のしりと起き上がった彼はバキボキと拳を鳴らしながら闇商人に近づいていく。
「ひ、ひいっ!」
怒りに満ちた黒豹の男を見た闇商人は怯えた声を出しながら尻もちをついてしまう。
「そいつは他のやつらと一緒に縛ってそのへんに放り出しておけばいいだろ。ほれ」
窘めるようにアタルはそう言うと、容赦なく闇商人に気絶弾を撃ち込む。
「ぐへっ」
変な声を出しながら気絶したのを確認したのを確認すると、この場に倒れている男たちを一か所に集めていく。
キャロも黒豹の男もエルフの男もそれを黙って手伝った。
「さて、集まったところでこれで縛るぞ」
手際よくアタルは一人一人後ろ手に縄で縛っていき、それを連結させて近くにあった木に丸くなるようにしばりつけていく。その間に彼らは簡単な自己紹介をしていた。
「ふう、さすがにこれだけの気絶した人数となると縛っていくのも一苦労だな」
作業がほとんど終わったところでアタルは一息ついた。
「あんたら一体何者なんだ? キャロ嬢ちゃんの強さもそうだが、あんたも相当な実力だよな? こいつらに狙われていたのといい……」
黒豹の獣人、アンザムという名の彼が伺うように問いかける。
「なんだろうな? 俺たちとしては一介の冒険者ってところなんだがな」
「ですねっ。アタル様は色々と規格外ですが、私は一介の冒険者で間違いありません!」
ニコニコと自慢げな笑顔を見せるキャロの言葉にアタルはひょいと肩を竦めた。
「いや、お二人とも十分に規格外だと思いますよ。そもそもこれだけの数の男たちを相手にして傷一つなく、更には我々をあっさりと破ったのですからね。こう見えても私もアンザムもそれなりの使い手なんですよ?」
苦笑しながら作業しているエルフの彼の名前はアイグ。
アンザムとアイグは元Aランク冒険者だったが、ある時に騙されて巨額の借金を背負うことになり、その結果巡り巡って闇商人の奴隷に落ちてしまっていた。
「そうなのか? まあ、そのへんはよくわからんが、俺たちはギルドに登録してからそんなに日は経ってないし、ランクもBとかDだった気がする……それよりも、気付いているか?」
急に声を潜めたアタルは森の中に視線を向ける。
「はい、近づいて来てますね……」
彼の言っていることに気付いていたキャロも同様にそちらを見ていた。
「こ、これは!」
「なんだこれは!?」
アンザムとアイグの二人は言われて初めて気がついたらしく、驚きに目を見開いていた。
姿こそはっきりと見えないが、異様なまでの存在感を放つ黒い何かがこちらに近づいて来ていたのだ。
「恐らくこれが森から魔物や動物を逃げさせた理由なんだろうな。やれやれ、次から次に災難続きだ」
「全くですっ」
困ったような口ぶりながら、至ってアタルとキャロは落ち着いた様子だった。
「お、おい! 逃げないのか!?」
見たことのない異質な存在にアンザムは逃げ腰になりながら二人に問うが、アタルもキャロも最初からそれを迎え撃つつもりだったため、その場から一歩たりとも動かなかった。
「お前たち二人は逃げていいぞ。もう自由の身なんだからな。……あと一応言っておくが、助けてもらった義理立てなんてものも必要ない、たまたま助けられただけだ」
あっさりとアタルはそう言いながら戦いに向けて弾丸の補充を進めていく。隣で武器を構えるキャロも同じ考えのようで、二人に優しい笑みを浮かべるだけだった。
「……く、くそっ! 俺も残るぞ!」
「……はぁ、あなたはそういう人ですよね。では私も残りましょう」
二人に恩を感じているアンザムとアイグは覚悟を決め、彼らと共闘することにした。
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