第七十七話
「矢が底をつかないな……」
雨のように鋭く降り注ぐ矢は止むことはない。アタルはエルフの放つ矢を全て撃ち落としていたが、その数は数十を超えていた。
「相手も同じことを思っていそうだ。……が、このままっていうわけにもいかないなっと!」
膠着状態を打開すべく、装填する弾丸を変更して攻撃をしていく。
「これならどうだ!」
放たれた弾丸と向かって来た矢が勢いよくぶつかる。その瞬間矢は壊れ、弾丸は威力を相殺されたようにその場に落ちていた。ならばとアタルは弾丸を一ランク上の強通常弾に変えて攻撃をする。
それは効果的であり、向かってくるエルフの矢を破壊し、威力を損なうことなく放たれたそのままの威力でエルフに向かって行く。
「……くっ! 強い!」
自分の攻撃が看破され、驚きの表情を浮かべたエルフはアタルの攻撃をなんとかして避ける。
「動きと判断は早いようだな……だったら!」
ここで手を止めることなく、アタルは弾丸を次々に入れ替えてエルフの男へと放っていく。撃つ速度をあげていくことで、エルフの男は次第に矢で対応しきれなくなっていく。少しづつ攻撃が身体をかすめることで彼の焦りが募っていく。
「くそっ!」
苛立ち交じりに弓を捨てたエルフの男は腰にしていた剣を構えて、向かい来る弾丸を撃ち落としていく。
彼は弓の腕だけでなく、剣の腕前も一流であり、弾丸は剣で斬り落とされていく。
「すごいな。俺に負けず劣らずいい目をしているようだ。……だけど、これなら!」
武器を剣に変えたことは、ある意味で正解だったが、アタルを敵に回したこの状況下では失敗だと言えた。
次に放たれた弾丸はこれまでと同じ軌道を描き、エルフが斬り落としやすい高さで飛んでいる。
だが他の弾と混ぜることで紛れ込んだそれをエルフの男はなんの疑問も持たずに剣を弾丸に向かって振り下ろした。
「ふっ!」
息を吐き、それに合わせて剣が弾丸に触れた瞬間、それは発動する。
「それは、ただの弾じゃない」
ぼそりとしたアタルの呟きの意味をエルフの男はすぐに思い知らされる。
「ぐあああああああ!」
これまでにも何度か使ったことのある雷の魔法の効果を持つ弾丸。剣に触れた瞬間に、魔法が発動され、それが剣を伝ってエルフの男にダメージを与えていく。薄暗かった森が一瞬、稲光で白く輝いた。
手を離せば魔法の効果を回避することができるが、雷によって筋肉が硬直しているせいで剣を離すことができなかった。
「き、切り裂け“風の刃”……っ」
痛みに顔を歪ませたエルフの男は自分の腕を風の刃で切り付け、無理やり剣を引きはがした。
「はぁ、はぁっ……これは、きついです……」
ようやく雷から解放されたエルフは力なく膝をつき、地面に向かって息を乱しながらうなだれていた。そこをアタルが今もスコープごしに狙っている。
「はぁ……もう降参です……っ」
今もアタルに狙われていることを感じ取ったエルフは両手をあげて降参のポーズをとる。その右手からは先ほどの風の刃のせいで血がしたたり落ちている。
「これで、終わりだ」
だがそれを見ていたアタルは装填し直した二発の弾丸をエルフに撃ち、それが着弾したのを確認するとキャロへと視線を向ける。その視界の外では弾丸をもろに受けたエルフの男が地面に伏せていた。
「こちらはこちらでなかなか」
アタルの目に映ったのはキャロと黒豹の男が武器を構え、睨み合っているところだった。
「まだ、戦うんですか?」
悲しげに歪んだ表情で問いかけたのはキャロの言葉だった。
「ふざけるな、まだ戦いは終わってない。そもそも俺には戦う以外の選択肢は与えられていないんだ」
吐き捨てるように自嘲気味に呟いた黒豹の男は、覚悟を決めたように目を細めてキャロに向かって行く。
黒豹の男の武器は手甲で拳の部分に硬い金属が埋め込まれたものだった。同じように脛にも強度の高いレガースを装備しており、それらを使った格闘技を主体とした戦闘方法でキャロに襲いかかる。
「動きはいいですっ」
しかし、数々の魔物やゴーレムや人と戦ってきたキャロはこの短期間で急激に成長しており、黒豹の男の動きが全て見えていた。
彼女がショートソードで拳を受けると、隙をつこうと黒豹の男はキャロの胴へミドルキックを撃ち込む。
しかし、キャロは男が攻撃をしようとした瞬間に柔軟な動きで自分の足を使い、男の足の付け根を押さえて動きを止める。
「あなたの動きは見切っていますっ!」
しかし、黒豹の男がそれで諦めることはなく、すぐさま次の攻撃に移ろうとしていた。
動きを止めているキャロの足に空いた拳を振り下ろす。それはキャロがすぐに足を離したことで空を切るが、それはキャロのバランスを崩し、拳を止めている剣をも離させることに成功する。
「くらえ!」
自由になった黒豹の男は力強く両の拳を一度ぶつけると、先端の金属をキャロに向けた。
「発動!」
男の言葉に呼応して、金属から魔法が放たれる。
男の手甲は魔道具であり、先端の金属に魔法を込めておくことでそれを任意で好きなタイミングでの発動を可能とする。
それが、このタイミングであり、発動した氷の槍が勢いよく飛び出してキャロへと向かって行く。
「弾けろ“炎の玉”!」
だが冷静さを失っていないキャロは黒豹の男が発動させた氷の槍に向かって手を伸ばして炎の魔法を放つ。
勢いよくぶつかりあう魔法と魔法。しかし、威力はキャロのほうが上であり、氷の槍を飲み込むと勢い衰えず、そのまま飲み込むように黒豹の男に向かって行く。
「ぐおおおお!」
しかし、黒豹の男は魔道具に残っている氷の魔力を発動させながら拳で炎の玉を迎え撃つ。結果として、魔力と彼の拳圧、それと気によって炎の玉を霧散させることに成功する。
その衝撃で周囲が水蒸気で霧に包まれたようになった。
「くそっ、魔法まで使うのか!」
黒豹の男は苛立ちながらギリッと歯ぎしりをしつつ、キャロを睨み付けようとしたが、そこには彼女の姿はなかった。
「ど、どこにいった!?」
焦ってあたりを見回そうとすると、男の耳にキャロの声が届く。
「これで、終わりですっ!」
霧をかいくぐるように飛び出してきたキャロは男に左側に移動しており、ためらうことなく力を込めた拳を男に撃ち込む。
それはただ殴っただけではなく、キャロも男と同じように拳へ魔力を込めていた。
「ぐはああっ!」
それを直撃することになった男はどんっと吹き飛ばされて、そのまま近くにあった木に強く衝突し、意識を失う。
「ふぅ……お疲れさまでした、いい訓練になりましたっ」
今回の戦いは、男たちにしてみればアタルとキャロを仕留めるという任務だったが、反対に二人にとってみれば、対人戦の、それも多対少数での戦いの経験を積むいい機会だった。
最初は同種族ということで困惑しかなかったが、鍛錬をつけてもらったと切り替えたキャロはすっきりとした表情で倒れた黒豹の男へ頭を下げる。
そうなるとこの森で立っているのはアタルとキャロと闇商人の三人だけになった。
「こ、こんなことが……お、おい! お前ら、立て!」
追い詰められてじっとりと汗をかいた闇商人が倒れた男たちへ怒鳴るように声をかけるが、反応する者は一人もいなかった……。
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