第七十六話
馬車が進む音と彼らの息遣いだけが聞こえる静かな森の中を二人は淡々と進んで行く。
しかし、魔物や動物の気配はそこでも一切感じ取ることができなかった。
「キャロ、わかるか?」
「はい」
アタルに問われたキャロは神妙な面持ちで前方を見る。そしてアタルはゆっくりと歩を遅らせたのち、馬車をその場に停めた。
「おい、そこにいるやつら。出てこい!」
周囲に響き渡るような大声でアタルが前方に声をかけ、しばらくたつとぞろぞろと男たちが現れた。
「さすがですね、腕のたつ連中を集めたのですが……あなたたちの気配察知能力は高いようだ」
現れたのは相変わらず気味の悪い笑顔を浮かべた闇商人、そして彼の部下の一団だった。
「そうか? 気配がダダ漏れだったぞ。それで腕がたつ連中だと言われてもな」
「なんだと!」
「おい、舐めてるんじゃねーぞ!!」
鼻であざ笑うかのようなアタルの言葉に、闇商人の部下たちはいきりたっている。
「やめなさい!」
それをぴしゃりと闇商人が制止する。するとすぐに部下たちは大人しくなった。
「ふむふむ、よくしつけられているようだな」
その間にアタルとキャロは馬車から降りていた。まだ武器を構えることはないと判断して闇商人たちを見ているだけにとどまっている。
再びアタルが挑発したことで部下たちが騒ごうとするが、闇商人にきつく睨まれてもごもごと口を閉じていた。
「こいつらを挑発するのはそのへんでやめてもらえませんかね」
困ったような表情で苦笑しながら闇商人が言うが、特にそんなつもりのないアタルは肩を竦めるだけだった。
「……商人さんは一体なんのつもりで私たちの進行を妨げているんですか?」
静かに話し出したキャロの質問に闇商人はにやりと口角をあげた。
「おわかりでしょう? 私が正体をあなた方に言った時点で選択肢は二つしかないのです。我々に力を貸すか……それとも我々に殺されるか」
前回はあっさりと引いた割に、今度は自信満々でいる闇商人の表情にアタルは違和感を覚える。
「……キャロ、あいつら以外にも伏兵がいる可能性も考えておくんだぞ」
彼女の優れた聴力を信じたアタルが他には聞き取れないほど小さく呟くと、きちんと聞き取ったキャロが小さく頷く。
「それじゃあ、さようならです」
楽し気に闇商人が手をあげ、指示するように前に振り下ろすと、待ちわびたかのように部下たちがアタルとキャロに向かって武器を振り上げて来た。
「キャロ、できるだけ殺すなよ。見たところ渋々従ってるやつらもいるみたいだからな」
「承知しましたっ!」
アタルの指示を受けて元気よく頷いたキャロも彼らに向かって走り出した。
同時にその場にとどまったアタルは愛銃を構える。以前、冒険者たちに襲撃された際に、あえて本来の武器は使わずに対処することで、闇商人や冒険者たちから力を隠していた。
「俺の方も、殺さないように非殺傷弾にしないとだな」
スコープを覗き込んだアタルは気絶弾を装填していく。
薄暗い森の中、そしてアタルと男たちとは結構な距離が離れていた。しかし、アタルは魔眼に魔力を流すことで、そんな障害などなかったように男たちの居場所を正確に把握していた。
その頃にはキャロが男たちと衝突するかというところまで接近していた。
「……しばらく眠っていてくれ」
そう呟くと、引き金を引いたアタルは弾丸を男たちに撃ち込んでいく。
「ぐわ!」
「がふっ!」
今まさにキャロに斬りかかろうとした男たちがバタバタと次々に倒れていく。
「ッ……な、なんだ!?」
目の前に現れたキャロを警戒していた彼らは彼女が何もしていないのに呆気なく数人が倒れたということだけで、その混乱は瞬時に全員へとひろがっていった。
「隙ありですっ」
そこへキャロが追い打ちをかけるように攻撃をしていく。彼女はアタルの指示を完遂するため、武器を持つことなく、拳を腹や顎に放ち、瞬く間に意識を失わせていく。
ただでさえ何をされているのかわからない男たちは混乱していく。そこに小さな少女が想像以上の攻撃を繰り出して次々に男たちを倒していくことで最初の自信はかき消され、恐怖がこみあげて来た。
「く、くそっ! なにが起きてるっていうんだ! ……ぐわっ!」
焦ったようにそう叫んだ男も次の瞬間にはアタルの弾丸によって気絶させられていた。
「こ、これは……強いとは思っていましたが、まさかここまでとは」
手駒が次々にやられていく状況に焦りを感じた闇商人は、アタルとキャロの強さに圧倒され、ごくりと唾を飲んでいた。
「かくなる上は……おい! あいつらを連れてこい!」
部下の数人が闇商人の指示を受けて本体の上に檻が乗っかっている馬車を移動させてくる。そして、いそいそと檻のカギを開けた。
「おい、お前たち。あそこにいるやつらを倒したら奴隷から解放してやる。負けたら……わかるな?」
檻の中にいたのは、獣人とエルフの奴隷だった。二人とも目が死んだようにくすんでいる。
「……わかった、あの二人を倒せばいいんだな?」
「その通りだ、さっさと行け!」
首輪をつけられた黒豹族の獣人の男はのそりと檻から出ると、ターゲットを探すように周囲を見回し、前線で戦っているキャロに視線を向ける。
「兎族の少女か……これもさだめというやつだな」
獣人の自分が殺す相手、それが同じ獣人の少女であることに彼は悲しい運命を感じていた。だが命令には逆らえないと、その感情を振り払うように首を振る。
「私は奥の方の相手でしょうかね」
すっと出て来たエルフの男は弓を手に檻から出る。
「どっちがどっちでもいい、さっさとあの二人を倒すんだ!」
どんどん部下がやられていくのを見たせいか、闇商人からは既に余裕が消え、口調も荒いものになっていた。
足に力を込めたかと思うと飛び出すように黒豹の男はキャロに向かって行く。他の男たちが倒されたおかげで、戦いやすくなっていた。
「っ……殺気!」
明らかに今まで相手していた相手と違う雰囲気に気づいたキャロは気配のほうへと視線を向ける。その瞬間、向かってくる黒い塊のその速度は速くあっという間にキャロとの距離を詰めていた。
「キャロ!」
少しは慣れていたことで状況を理解して焦ったアタルがそれを見て声をあげるが、彼には別の攻撃が向けられていた。
「……くそっ!」
矢が飛んでくることに気づいたアタルは舌打ち交じりに弾丸でそれを撃ち落とした。
「あなたが彼女のフォローをしているおかげで、彼女が自由に戦えているようですね。であるならば、あなたの動きを封じるのがまず第一ですかね?」
矢が飛んできた方向を見ると、木々の間に隠れるように弓を構えたエルフの男がいた。
キャロに襲いかかる男たちの大半はアタルの気絶弾によって倒されていた。それを遠目で見ていたエルフは二人の連携を見ており、戦い方を判断し、アタルに狙いをつけたのだ。
「……まあ、キャロはキャロでなんとかするだろ。まずはあいつを潰すか」
離れたところにいる二人は相手の声が聞こえているわけではなかったが、互いに何かを感じとっていた。
「あなたは獣人!?」
これまでに倒した男たちの中に獣人はおらず、同族が襲いかかって来たことにキャロは驚いていた。そして同時に戦いたくないと彼女は困惑の表情に変わる。
「まさか、俺が倒す相手が同じ獣人とは思わなかったが……これも命令ならば仕方がない」
一定の距離で対峙してるキャロはこの状況に戸惑っているが、黒豹の男は既に腹を決めており、動きに迷いなく飛びかかってくる。
アタル対エルフの男。
キャロ対黒豹の獣人。
その戦いが始まった……。
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