第七十五話
「おい、こいつらは俺たちが捕まえたんだ。お前には手をださせないぞ」
アタルは商人と冒険者たちの間に入りこみ、今にも冒険者たちに制裁を加えたいといった様子の商人に向かって釘をさす。
「わかっていますよ。ただぼやいただけです。それよりも、あなた方は相当やるようですね」
飄々とした態度で肩を竦めた男の興味は冒険者たちからアタルとキャロに移っていた。品定めするようにねっとりとした視線を送っている。その視線を受けてキャロは警戒したように男を睨んでいた。
「そいつはどうも。……それでお前は一体何者なんだ?」
褒められたにもかかわらずアタルは男の言葉に興味はなく、男が何者であり、なぜこんなことを冒険者たちにやらせたのか? それが気になっていた。
「ふふっ、その強気な感じもよろしいですね。……いいでしょう、お話しします。私は見てのとおり商人ですよ。ただ……裏商人、または闇商人と呼ばれてはいますがね。強者を見つけ、それを貴族や王族などに紹介することで中間マージンを頂いているのですよ」
楽しそうに微笑む闇商人の言葉に引っかかる部分を感じたアタルはすっと目を細めた。
闇商人の言っていることに嘘はなさそうだったが、それ以上に黙っていることがある。そう感じていたのだ。
「そうか、それで俺たちはあんたのお眼鏡にかなったわけか」
「そうですね、彼らもなかなかの冒険者ですが、それをあっさりと打ち破るお二人と比べると霞んでしまいます」
お気に入りの物を見つけたというようににたりと笑みを浮かべた闇商人は、アタルとキャロを舐めまわすような視線で上から下までを見ている。
「気色の悪い視線を向けるな。言っておくが、俺たちには目的があるんだ。お前の口車に乗るつもりはない」
いやらしい視線からキャロを庇い立てながらきっぱりとアタルが断るが、それでも闇商人の笑顔が一層深まるだけだった。
「そうでしょうね。そう簡単に私の誘いに乗ってくれるような人物であれば彼らもあっさりと負けることもなかったでしょうから……。ふふっ、今回のところは引き上げることにしましょう。よろしければ彼らを解放してくれると助かるのですが……一応私の護衛として雇っているのでね?」
やけにあっさりと引き下がった闇商人に気持ち悪い感覚を覚えながらも、そう言われたアタルはちらりと冒険者たちに視線を向けた。
するとリーダーの男は一瞬何か言いたそうな表情をしたがその後口を閉ざすと静かに頷いた。
彼はこの二人であれば詳しくワケを話せば許してくれるかもしれない、状況を変えてくれるかもしれない。そう考えたが、自分たちで選んだ選択の尻拭いを関係のない者に解決してもらうわけにはいかないと考えた末の返事だった。
「わかった、こいつらもそれでいいみたいだからそうしよう。だが、二度と俺たちに何か仕掛けるような真似はするなよ?」
その語気は静かなものだったが、次に敵対したら一切容赦しないというように冷たい視線と共にアタルは殺気を込めた。
「しょ、承知しました。あなたとは敵対したくないですからね」
目を合わせてしまったことを後悔するほど闇商人は背筋に冷たいものが走ったため、どもりながらアタルに返事を返した。
「ほ、ほら、行きますよ」
「あぁ、みんな行くぞ……」
話がついたころに合わせてキャロが冒険者たちの拘束を解き、その頃には意識を取り戻していた仲間と共に四人は商人のあとについていった。
その背中が見えなくなったところで、硬い表情のままのゆっくりとキャロが口を開く。
「……一体なんだったんでしょうか?」
黙ってなりゆきを見守っていたキャロも男の言葉だけが真実とは思っておらず、本当の目的がなんだったのかをずっと考えていた。
「あの男、見る目だけは確かなのかもしれない。俺が挨拶に行った時、能力を探られたような感覚があった。そういう能力があるのか、それとも長年の勘というやつなのかはわからないが……」
それを聞いてその時のことを思い出したキャロも思い当たるものがあった。
「はい……私たちのことをジロジロと見ていた時、変な感じがしました」
「何かあるのかもしれないな……なんにせよ、気をつけよう」
どこか得体の知れないものに対して、胸がざわつくような感覚があったが、二人はそれを振り払うようにテントに入るとひと時の眠りについた。
翌朝
アタルたちが荷物をまとめ、馬車で森の前まで戻るとそこには商人たちの姿は既になかった。
「あの方たちはみなさん先に向かわれたようですね……」
たき火の痕跡などが残っており、あの後はここにいたであろうことが分かった。
「先に進んだか、戻ったか……。ここでキャンプしていたのは次の手を探すためと考えると、俺たちを手札にできずに本拠地に戻ったという可能性もあるな」
周囲を見渡したが森の中へ向かう車輪の中に新しいものがないため、アタルはそう予想した。
「まあ、どちらにせよ俺たちは俺たちの目的に向かっていこう」
「そうですねっ。でも、油断はしないでいきましょう」
これ以上彼らのことを気にしてもしょうがないと思い直したアタルもキャロと同じことを考えていたため、しっかりと頷いた。
「闇商人なんてのがいるとはな……。まあいいさ、俺たちの前に立ちはだかれば倒すのみだ」
誰に言うでもなくそう言うとゆっくりと馬車を森の中へと進ませた。
木々が生い茂る森の中はここまでの道中に比べてなぜか静かだった。
「魔物の気配がないな」
「静かでいい森ですね。ただ、動物の気配もないのが気にはなりますが……」
旅をするうえで魔物がいないことは安全面ではよかったが、野生動物の気配やいつも聞こえていた鳥の鳴き声も全く聞こえず、そこにキャロは違和感を感じていた。
「あいつらが何か仕掛けていったか?」
「そんな、森全体に影響が出るほどのことをですか……?」
いつもであればアタルの言葉を否定するような発言はしないキャロだったが、これだけの変化をただの人が行えるとは思えなかった。そのことでより警戒心が高まっていく。
「森を抜けるまでに何もなければいいんだがな……」
「ですね……」
未だ静まり返っている森に表情を引き締めた二人は進む先の道へ視線を送り、行く先に待ち構えているかもしれない何かに思いを巡らせていた。
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