第七十四話
相手が戦闘態勢に入っているもアタルとキャロの二人は武器を構えることなく、冒険者たち四人と対峙している。
「ふーん、あの商人はいないのか……」
相手の中に挨拶に行った際に話した男がいないため、退屈そうにアタルが呟いた。
「アタル様、どうしますか?」
「おい、さっさと全てのアイテムと金を出せ!」
きょとんと首を傾げたキャロがアタルに対応を聞いていると、苛立った男が割り込んで来た。
「もしかしたらこいつらを操ってるやつとかもいるかもしれないから、生きたまま捕まえるぞ」
だがアタルもキャロも男の言葉には全く聞こえていないかのように反応せず、冷静に対応を話し合っている。
「ぐっ、こいつら……おい、やるぞ!」
無視されたことに気付いた男は悔しげに顔を歪めたあと仲間に合図をして戦闘を開始する。
「短気なやつらだな。……だが、いいのか?」
いまだにアタルもキャロも戦闘態勢をとるでもなく、その場から逃げるでもなく、男たちの動向をただ見ていた。
「!? 止まれ!」
ハッとしたように何かに気付いたようで、焦ったように声をかけたのはアタルが張り巡らせた罠を破った男だった。
彼の言葉に冒険者たちは急ブレーキをかけたようにぴたりと動きを止めた。
「あぁ、気付かれたか」
その言動を見たアタルは驚く、というよりも称賛といった表情をしていた。
「くそっ、俺たちがテントに入っている間に新たに罠を仕掛けられたみたいだ。フィン、魔法タイプの罠がないかを確認しておけ!」
女性のフィンと呼ばれた魔法使いが瞬時に意識を張り巡らせて罠の有無を確認していく。
「大丈夫、そっちの罠はないみたい!」
「それぞれが役割を担当していて、いいパーティだな。こんなことをしなくても依頼をこなしていけば十分な報酬を得られるだろうに」
きちんと連携のとれた動きができている男たちの動きを見てアタルはそう評するが、それは男たちの怒りを煽るだけだった。
「うるさい! いくぞ、お前たち!」
一番に前へ出て来たリーダーの男は大剣を武器にしており、それを手にしてアタルたちの方へ駆け出す。その間にフィンは魔法を詠唱しており、罠を外した男は両手にナイフを持ってリーダーの男を追うように動き出している。
「複数の攻撃を同時に行って、一つに集中させない戦法か」
一人に集中すれば、もう一人の攻撃を別の方向から受けてしまう。四人いるのだから、それぞれの得意分野で攻め立てるというのが彼らの戦法だった。
そして、四人パーティである彼らの最後の一人はまだ動きを見せていない。
「奥の手を残しておくのも面白いな」
彼らが向かってくるというのに余裕な口ぶりでいるアタルは彼らのパーティを高く評価していた。
「それだけにこんなことをするのはもったいないな……キャロ!」
「はいっ!」
アタルの声に呼応して持ち前の脚力で勢いよくキャロが走り出した。だが彼女は武器を持たずに向かって行く。
「このっ!」
リーダーが目の前に現れたキャロに斬りかかろうとするが、ひらりとそれを避けたキャロは男たちの横をすり抜けて一目散に後方に残っている者へ向かって行く。
「こっちに!?」
それはフィンの言葉だった。まさか自分が一番に狙われるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いて動揺している。
冷たささえ感じるほど感情を出さずに走るキャロはまず魔法使いである彼女の動きを封じることから始める。
「ごめんなさいっ!」
相手が女性であったため、キャロは申し訳なさそうに眉を下げて謝りながらも、ためらうことなく腹部に拳を一撃入れて気絶させる。ばたりと倒れた女性を確認すると、すぐに次の行動に移っていた。
「今度はこっちか!」
キャロは一人動きを見せずに残っていた男に向かって行く。男はアタルたちが隙を見せた際に、攻撃をしようと備えていたが、それを察していたキャロはそれをさせまいと二人目の標的にしていたのだ。
しかし、男はフィンが先にやられたことで心の準備が幾分かできており、もしかしたら次は自分かもしれないという考えがうっすらとではあるが浮かんでいた。
「てやあああ!」
ゆえに、向かってくるキャロに対して攻撃を放つだけの猶予を持っていた。その手に男が取り出したのは片手剣だった。
「遅いですっ!」
狙いを定めた片手剣が振り下ろされるよりも早く、素早くキャロは男の懐に入り込んでおり、掌底で顎を撃ち抜いた。
「ぐはあ!」
キャロの小さな手から放たれたとは思えないほどの衝撃に脳を揺らされた男はかくんと膝から崩れ落ち、意識を失った。
「な、なんだと!」
あっという間の出来事にキャロの動きを目で追っていたリーダーが、仲間が次々にやられていく様を見て呆然と驚いて固まっていた。
「おいおい、戦闘中によそ見はまずいんじゃないのか?」
にんまりと悪い笑みを浮かべたアタルはリーダーの男の肩にぽんっと手を置いて気さくな口調で声をかけた。
「っ!? いつの間に!!」
男の記憶が間違いでなければアタルとの距離はもっと離れていたはずだった。だが背後に突然現れたそれに驚いたリーダーの男は焦ったようにアタルから距離をとるが、その目に映ったものにさらに驚く。
「いつの間に近づいたか? ……それとも、いつの間にこいつを倒したのか、か? 前者はお前がキャロの動きをぼーっとみている時だ。そして、こいつを倒したのはお前が俺から視線を逸らした瞬間だ」
どちらも男の意識の外で行われたことであり、一瞬のうちに行われたそれらは相手の戦う気力を削ぐには十分な効果があった。自分たちがどんな相手を敵に回してしまったのか理解した男は血の気が引いていくのを感じていた。
「それで……どうする? まだやるのか?」
こてんと首を傾けたアタルの質問に一人残った男は力なく首を横に振った。武器を握る手もすっかり力が抜けている。
「降参、降参だ……。俺たちは四人の連携で色々な戦いをくぐり抜けて来た。こうして分断されて倒されてはもう手も足もないからな」
男は武器から手を離して降参だと手をあげる。金属音と共に地面に大剣が転がった。
「そうか、悪いが武器は預からせてもらう。あと、念のため縛らせてもらおうか」
倒れた者も運んできて、アタルとキャロは四人を拘束し、一か所に集める。
「それで、なんでこんなことやってるんだ? 個々の力がそれほどじゃなくても、四人そろえばそれなりの難易度の依頼でもこなせるだろ」
彼らの連携を認めたアタルの指摘に、リーダーの男は一瞬目を見開いたのち、悔しさに口をぎゅっと結びながら表情を歪める。
「何か、理由があるのか……?」
その表情から彼らには彼らなりの事情があるのだろうとアタルは予想した。あれほどの実力がありながら彼らが従わざるを得ない状況とはどんなものなのだろうとキャロはアタルの側で黙ったまま表情を固くしている。
「だが、答えないなら、ここで放置するしかないがな」
しかし、事情があったとしても悪事を働こうとしたことには変わりなく、それをなんのおとがめもなしで解放というわけにもいかなかった。
「……あんたもあっただろ。俺たちと一緒にいた商人。あいつの命令だ」
「あいつか。確かに何か普通の商人とは違う雰囲気を感じたな」
思い出すように告げたアタルの言葉に、少し俯きながら男は頷く。
「あぁ、その通りだ。あいつはただの商人じゃない……あいつは」
「そこまでにして下さい」
割り込むように響いた声のした方へ振り返ると、件の商人が立っていた。夜の闇を照らす月の影を背負った彼の表情は明らかに商人がもつ雰囲気ではない。
「私を裏切って秘密を話すのはよろしくありませんね。それに、例えばれているとしてもそれを他の者の口から話されるのもいい気分ではありません」
淡々とした口調ながらその言葉には静かな怒りが込められており、商人は護衛の冒険者を目を細めて睨んでいた。
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