第七十二話
街を出てからの道中はアタルが手綱をとっていた。
フランフィリアに聞いた道のりから長い旅になることが予想され、キャロだけが御者を担当するのは何かあった時に困ると考えてアタルから申し出た。
その代わりに道中で発見した魔物の相手はキャロが担当することとなる。
これまではアタルが馬車の幌の上に乗り、遠くの敵を弾丸で撃ち抜いていたが、今度はキャロが覚えた魔法で敵を倒していく。
さすがにアタルほどの長距離攻撃はさすがにできないが、それでも魔法の練習としては十分なものだった。
「本当にキャロも魔法上手くなったよなあ……」
その様子を見て我が子の成長を見守る親のようにアタルが呟く。その頃にはかれこれキャロが倒した魔物の数も二桁に入るほど時間がたっていた。
「魔法を覚えたことで戦略の幅が広がった気がしますっ!」
嬉しそうに戻って来たキャロは魔法だけで倒すことはせず、かといって武器だけで戦うこともせず、器用にその二つをうまく組み合わせて戦っていた。
「魔法を目くらましにしたり、魔法を放って別の方向から斬りつけるっていうのもうまくできてるみたいだな。いい戦い方だと思う」
優しく微笑んでいるアタルはキャロの戦い方をそう評する。
武器での攻撃だけでは、いつしか単調になってしまい、慣れてきたころに相手に動きを読まれてしまう。しかし、今のキャロは魔法というアクセントを加えることで動きが読みづらくなっている。
「ありがとうございますっ! アタル様に褒められると嬉しいです!」
それはキャロの率直な感想だった。キャロは戦いにおいてアタルの目は確かだと思っており、また自分を見出してくれた彼を慕う気持ちがあるため、そういう面でも嬉しく思っていた。喜びに長い耳がピコピコと揺れている。
「俺も戦闘の幅を広げられるといいんだけどな……」
そう言うとアタルは弾丸一覧を眺めながら馬車を操縦していた。アタルの場合、武器が武器なだけに色々な弾丸を用意しておくことで、それがイコール戦い方の広がりに繋がっていく。
「アタル様は十分強い気がしますが……」
街を襲った魔物たちとの戦い、ゴーレムとの戦いのどちらもアタルがいなければ到底勝利することはできなかった。それはキャロだけでなく、それらの戦いに参加したほとんどの者が思っていることだった。
「これまでは行き当たりばったりの力でも十分だったかもしれないが、それが毎回続くとは限らないからな。奥の手、その奥の手、更にその奥の手を用意しておくことは良いことだと思うぞ」
「なるほど……」
あれだけの力を持っているアタルが自分の力に慢心せず、次の力、次の戦い方を模索している。それはキャロにとって大きな刺激となっていた。
「私もアタル様に負けないようにがんばりますっ!」
「ん? お、おう。がんばれ?」
その心中を察することができないアタルは、首を傾げながらそんな言葉をかけるだけにとどまる。
修行をしながらの道中であったため、移動速度はゆっくりしたもので、夜が更ける前に森の手前で野営をすることになる。そこは旅をする者たちが休憩をとるエリアであるらしく、既に先客がおり、彼らは野営の準備を始めていた。
「あんたたちもここで野営するのか?」
先に声をかけて来た男は数人いる中の一人だった。彼らは商人と護衛の一団なのか、近くにとめてある馬車の荷物はそれらしいものが積んであるのが見えたが、彼らのもつ雰囲気にアタルはどこか違和感を覚えた。
「あぁ、そのつもりだ。街で買った地図だと、ここからしばらくは休憩はできても野営をするには厳しそうな場所しかなさそうだからな」
ある一定の距離を保つアタルは地図を思い出しながらそう返事を返した。
「まあ、そうだろうな……会ったばかりでこういうのもなんだが、できれば俺たちのキャンプから離れた場所で野営してもらえるか?」
互いに相手のことがわからない。その状態で近くで休むとなると周囲への警戒に加えて、互いへの警戒を最大にしていなければならない。それゆえの提案であり、アタルもそれがわかっているため、素直に頷く。
「わかってるさ。俺たちはあっちのほうで休むよ、じゃあな」
元々アタルは大きな木のふもとで休むつもりであり、相手の警戒心をむき出しにした対応など気にせずに離れたそちらへと移動していく。
「アタル様……」
アタルたちが彼らの言い分を飲んで素直に移動をしているのに、男たちはずっとアタルたちのことを品定めするように見ている。その視線を感じたキャロが心配そうに名前を呼ぶが、アタルは首を横に振るだけで何も言わずにいた。
木のふもとまでたどり着くと、馬車を降りて装備を外し、馬も休憩できるようにした。
「キャロ、あいつらの態度だが……あれで当然らしいな。ただ、最後までずっと視線を送られるとは思わなかったが」
てきぱきとアタルはテントをマジックバッグから取り出して、休める準備をしながらキャロだけに聞こえるように話す。
「はい……私もアタル様と同じようにずっと見られているのを感じました。でもあそこまで警戒するのはちょっとおかしいのではないかと……」
何かがおかしいとキャロは困ったような表情で言うが、アタルの見解は違った。
「あれは警戒しているんじゃなく、もしかしたら獲物として観察しているのかもしれないな……」
彼らはアタルたちが金を持っているか、もしくは金目のものを持っているか。それを探っているのではないか? それがアタルの予想だった。最初に感じた違和感は商人という割には彼らからやけに戦い慣れした雰囲気を持っていたように感じたからだ。
「なるほど……そう言われれば、鋭い視線だったかもしれません」
アタルの言葉を受けてキャロは改めて男たちのことを思い出す。彼女が今までに見て来た商人とは一線を画す存在感があったように思えた。
「まあ、俺が心配しすぎなだけかもしれないが……念のため、な」
休憩用のテントを設置し終えると、アタルはそれとなく罠をしかけていく。
「そうですねっ。あとは悪意なく近寄ってきた場合を考えて先に声をかけておくか、立て札があったほうがいいかもしれないです」
事実がどうなのか分からない以上、説明をしておけば余計な衝突を避けられるだろうというキャロの提案にアタルは頷く。
「……先に声をかけてくるか。そうすれば、何か企んでいても来ないかもしれないな」
アタルは罠の仕上げだけを残して、先ほどの男たちのキャンプへと向かう。
「キャロはここで待っていてくれるか? 俺があっちにいる隙に荷物や馬車を狙われたらまずい」
「わかりました、お気をつけてっ」
アタルがそうそう簡単にやられるわけもないので、二つ返事で頷いたキャロは周囲の気配に気を配りながら、野営の準備を続けていく。
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