第六十九話
「すごいな……」
「でしょう! とても便利な魔法なんです。強力な攻撃魔法もいいんですが、こういった魔法にこそ価値があると思うのです!」
生活魔法は各人の生活水準をあげることに繋がるため、フランフィリアはこちらの勉強も行っていた。思っていた以上にアタルが感動している様子を見て嬉しそうに微笑んでいる。
「いや、それはもちろんそうなんだが……思った以上に詠唱が壮大だったもんでな」
だがアタルが驚いていたのは別の部分だった。他の属性魔法のように簡単な詠唱だと思っていたのだ。
「あっ、そこですか……あの、実は詠唱はイメージを作るものなので、他にもあるようなのですが、その、私は家事が得意ではないもので……聖魔法の浄化と同じ詠唱を使ってるのです……」
それを指摘されたフランフィリアは恥ずかしさから顔を赤くしてぼそぼそと答えた。普段はギルドマスターとして聡明さをもった振る舞いを心掛けているせいか、自分の欠点を晒すことを恥だと思っているようだった。
「なるほど、イメージすることができれば詠唱は必ずしも単一のものじゃなくていいのか」
「えぇ、ですが強力な魔法になると詠唱自体にその威力を高める効果があったりしますので、適切な詠唱を行ったほうがいい場合もあります」
このあたりの情報は全て初耳であったため、アタルは真剣に聞いている。そのおかげもあってすっかり頬の赤みもとれたフランフィリアが眼鏡の位置を直している。
「とりあえずアタルさんもやってみましょう」
顔をあげたフランフィリアはもう一度適当に布を汚してからテーブルの上に乗せる。
「わかった。大切なのはイメージだったな……」
そっと目を閉じたアタルは脳内でイメージを膨らませていく。それは汚れた布が綺麗になるようにではなく、身体の中を流れる魔力、それが掌に集まることを。
そして、次にそれが掌から放出され、布についた汚れを融解させて除去していく様を。
「汚れを落とし、清浄を取り戻せ! “クリーン”!」
カッと目を開いたアタルは自分なりのアレンジを加えた詠唱を行い、更には魔法名を決めて発動させると一瞬掌が強く白い光を放つ。
思っていた以上の眩しさに目を閉じた二人がゆっくりと細めた目を開くと、そこには魔法を発動した結果があった。
「こ、これは、すごいです!」
それを見たフランフィリアはテーブルに駆け寄ると、その結果に感動していた。
「なんていうか、これはちょっとやり過ぎたか……?」
テーブルの上に置かれた汚れた布が綺麗に元の姿に戻っていた。土汚れが嘘のようにまっさらな綺麗さを取り戻している。
「でもすごいですよ! まさかここまでの効果を発揮するなんて!」
そして布を乗せていたテーブル。それは屋敷を購入した時に同時に買ったテーブルであり、外においておくことが多かったそれはかなり劣化していた。
それが、まるで新品かと間違えるくらいに綺麗になっていた。アタルの魔法の効果は思っていた以上にひろがっていたのだ。
「少し、威力の調整が必要だが、これは確かに便利だな。これだけで商売ができそうだ」
便利な魔法だが、魔法とは魔法使いが戦いのために使うものという認識が強く、これらの魔法はあまり使われていない。それに加えて、アタルのように簡単に魔法を自分のものにするのは本来珍しいことであり、通常ならば長い年月をかけても使えないことが多かったのがそれを助長させていた。
「ふふっ、すごく儲かりそうですね。お二人には冒険者としてがんばって頂きたいのが本音ですけど」
アタルの言葉にこぼれるように笑顔になりながらフランフィリアは本音を漏らした。
「あー、どうだろうな。冒険者をやめるつもりはないが、俺たちにも目的があるからなあ……」
ふと彼の口から出た目的という言葉を聞いてフランフィリアが興味を示す。
「よろしければ聞いてもよろしいですか?」
差し支えなければ、といった姿勢にここまで世話になっている彼女になら話してもいいかとアタルは考えて、口を開く。
「俺は、まあなんとなくこの生活を謳歌できればいいと思ってるから特に目的はないんだが……キャロを一度故郷に連れて行ってやりたいんだ」
彼女の故郷、詳細な場所はわからないが獣人の国にあることはおそらく間違いない。離れたところでセイブスと訓練しているキャロを穏やかな表情で見ているアタルに、フランフィリアは納得がいったように頷く。
「なるほど、それでは獣人国に向かうのが当面の目標でしょうかね……ですが、今はなかなか難しいかもしれないですね」
だが表情を曇らせたフランフィリアは現在持っている情報を総合してそう結論づける。
「何か問題があるのか?」
キャロからフランフィリアに視線を戻したアタルが首を傾げる。
「まず、問題点の一つ目は距離ですね。獣人国はここからだとかなり遠いです。この人族領から東に向かって、エルフ族領を抜けて、更に巨人族領を抜けた先に獣人の国があります。もちろん迂回して向かうことも可能ですが、それらの国を順番に抜けて行くのが一番の近道だと思われます」
まずは獣人国までの経路を説明していく。それだけでとても遠い道のりだということが伝わって来た。
「問題点の二つ目ですが、それらの国を通る際に人族であることは少々厳しいのです。それにキャロさんを奴隷として連れていますから、その点も厳しくみられるでしょう。人族くらいですからね……他種族を奴隷として使っているのは」
道中の厳しさをフランフィリアは予想する。アタルがキャロを本来の奴隷とは違う扱いをしているのは彼らと付き合いがあるものは知っているが、それでも初対面の相手にそれが通用するわけがないのだ。
「なるほどな。獣人族領に入る時もキャロが奴隷であるということは問題になりそうだな……いっそ奴隷を解除するというのも手か」
一通り話を聞いたアタルは再び修行中のキャロに柔らかな視線を送って、ぼそりと呟く。
「お二人の関係性であればそれもいいかもしれませんね」
同じようにキャロに視線を送ったフランフィリアもふわりとほほ笑みながらその考えに賛同した。
「しばらくはここで魔法の訓練を続けさせてもらって、少しそのことについてもキャロとも話してみるよ。このままだとダラダラ依頼をこなすだけになりそうだからな。目的をもって行動するのは大事だ」
キャロから視線を逸らして遠い何かを見るような表情を浮かべたアタルは目的の見えない自分に対してこの言葉を言っていた。
「……アタルさん?」
それを疑問に思ったフランフィリアが声をかけるが、アタルは力なく首を横に振るだけだった。
「さあ、それよりも魔法の練習をしていこう。他にはどんな魔法があるんだ?」
先ほどまでの寂し気な表情を一変させたアタルは無理やり話題を切り替えて、魔法の話へと戻していく。
「あ、はい、そうですね。これは戦闘にも使えるものですが、身体能力をあげる魔法というものがあります。これはそのままずばりなんですが、素早く動けたり、力を強くしたりすることができます。ですが、身体能力をあげるというものが漠然としているため、使用するのはなかなか難しいです。かくいう私自身もうまく扱えないです……」
魔法を説明する自分自身がうまく使えないことに申し訳なさを感じたフランフィリアは苦笑する。
「なるほどな。それで、どういう詠唱なんだ?」
アタルが昨日読んだ本は日常的に便利なものという印象が強く、戦いにも応用できるものというのは心惹かれるものがあった。
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