第六十七話
的に命中はしなかったが、杖を持った時と同等の威力の魔法を撃てたことにキャロはぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる。
「いいですね、威力は十分です。あとは調整をしていって命中の精度をあげれば、杖がなくても十分戦闘で使える威力になるはずですよ」
もうしばらくかかるかと思っていたセイブスはキャロの飲み込みの早さに舌を巻いていた。
「わかりました! がんばりますっ!」
褒められたことでやる気満々になったキャロは再び的に向かい、杖なしの風の矢の練習を始めていく。ひとたび成功した魔法は精度こそまだ甘いが、発動は問題なかった。
「キャロ様はこのまま練習を続けて下さい。的に命中したら、次は魔力を弱めたり強めたりを大雑把でいいので意識していきましょう」
彼女ならば大丈夫だろうとセイブスはキャロの練習をしばらく見てから、少し離れたところで練習していたアタルのもとへと戻って行く。
「こ、これは!?」
アタルの近くまで来たセイブスは驚愕する。
「ん? おぉ、戻って来たか。どうだ? 昨日遅くまで練習したらできるようになったんだが」
セイブスの気配に気づいたアタルが嬉しそうに机の上を指し示す。彼は家の使用人に頼んで複数のコップを用意してもらい、同時に複数の水の玉を作ってそれをコップへと移動させていた。
「五つ同時に……なんというか、アタル様は規格外ですね。これではキャロ様が自信を無くすのも理解できます」
アタルにしてみれば寝不足になるほどがんばった結果、ここまでできるようになったわけだが、それでも通常の何倍ものスピードで成長しているということを本人はわかっていなかった。
キャロの心中を察したセイブスが力なく笑っているのを、アタルはきょとんとした顔で見ていた。
「アタル様、まず水の玉の威力の調整ですが、普通は一日やそこらでできるようにはなりません。私もフランフィリア様も長期間での成長を考えていましたが、アタル様はそれをわずか一日でやってのけてしまったのですよ」
苦笑交じりで呆れたようにセイブスは右手で頭を抱え、アタルにどれだけのことをやっているのかを説明する。彼は自分の実力を正確に理解しているように見えなかったからだ。
「そうなのか? まあ、やってみたらできたんだ。最初は魔力というものがあるらしいというなんとなくのイメージでやっていたんだが、自分の中にある魔力をちゃんと感じ取れるようになると、調整も意外と簡単だったな」
はっきりと自らの内にある魔力を感じ取ったという言葉を聞いてセイブスは再び驚く。
「……あ、あの、魔力の流れがわかるのですか?」
「ん? あぁ、身体の中にある血管を流れてる感じだな」
「け、けっかん?」
この世界では、医療技術よりも医療治癒術が発達しているため、内臓や血管などの臓器についての知識は乏しかった。そのため、セイブスはアタルの言葉の意味を上手く理解できなかったようだ。
「まあ、イメージをしやすかったとだけ思ってくれればいいさ。俺が住んでたところはここらへんとはかなり違う場所でな。色々と学んできたことが違うんだよ。それが功を奏しているんだろうな」
細かいことを説明しようとすると地球のことを話さないといけないため、アタルは曖昧なことを言ってごまかした。
「そ、そうですか。ならいいのですが……まあ規格外ということには変わらないですね。アタル様は次はどうしましょうか? 魔力の調整ができるようになりましたので、次は知識を蓄えるのもよさそうですね」
他の訓練かと思っていたアタルは知識と聞いて首を傾げる。
「基本的なことはフランフィリアに聞いたけど、他にも何かあるのか?」
不思議そうにしているアタルの質問に、セイブスはほっと一息ついていた。
「なるほど、そういったところの知識はないのですか。そういった言葉を聞くと私にも教えられることがあるのだと安心しますね。昨日と今日はお二人に簡単な属性矢の魔法の練習をして頂きました。それらを初級魔法といいますが、初級魔法にも種類があります」
「初級、ということは中級上級もあるのか?」
その通りだとセイブスは頷く。
「ええ、上の魔法になればなるほど詠唱が複雑化したり、魔力のコントロールが難しくなります」
アタルは主に銃での戦闘になるため、これより上の魔法を覚えようとは思っていなかった。訓練の動機も、せっかく魔法がある世界に来たのだから自分にも使えたらいいなというくらいのものだったのだ。
「強い魔法じゃなく、便利な魔法はないのか?」
それゆえにこの質問が出てくるのも当然の流れだった。
「便利な魔法……そうですね、身体能力をあげたり、怪我を治したり、あとは物の汚れをとったりする魔法ならあったかと思われます」
「それいいな。そういう魔法って俺にも使えるのか?」
思い出すように話すセイブスがピックアップした魔法にアタルは惹かれるものがあった。
「可能です。書庫に魔法に関する書物がございますので、そちらを参考にして魔法について学ぶと良いのではないかと」
にっこりとほほ笑んでいるセイブスの提案に嬉しそうにアタルは頷いた。てっきり使うためには適性などがあるのかと思っていただけにそれが必要ないとなればやる気が一層高まった。
「なるほどな。……その本っていうのは見せてもらってもいいのか?」
期待を隠せないような表情で遠慮がちに聞いてくるアタルにセイブスの笑みが深まる。
「もちろんです。フランフィリア様からは許可をもらっていますので、書庫の本は自由に閲覧できます。こちらの書庫は魔法関連の本が充実していますので勉強になりますよ」
本自体は多少高いものの、誰しもが手に取れないというほど高級ではないが、魔法関連の本は手に入りづらく、それ故に値段も自然と高騰していた。フランフィリアは現役の頃から本を集めていたため、王国の書庫と比較してもひけをとらないほどの種類の本が書庫に置かれている。
「それはありがたい。案内してもらえるか?」
「承知しました。こちらになります」
促されるままセイブスに案内されて書庫へと向かう。初日にフランフィリアに案内された部屋なのかとアタルは思っていたが、あそことは別に本が置かれている部屋があるとのことだった。あの場所でも結構な数の本が揃っていたのを見てただけに、他にもあるのだと聞いてアタルの期待が高まる。
案内された部屋に入ると初日に訪れた本のあった部屋よりも広いものだった。天井近くまで壁一面に本棚があり、それら全てが魔法関連の本で埋め尽くされている。程よい明るさがあるにもかかわらず、少しひんやりとした部屋は本の為に空調がされているのだというのが伝わってくる。
「これはすごいな……」
図書館がそのまま引っ越したかのような空間に、アタルは部屋をぐるりと見渡して呆気に取られていた。
「中央に机がありますので、そちらで本を読んで下さい。また手元用にも灯りの魔道具がありますので、そちらへ魔力を流すと灯りがつきます。中断したい場合や必要な本を読み終わった場合はこのままにして私のところへいらしていただけますか?」
「もちろん。なにかあれば裏庭に行けばいいか?」
セイブスの話の間もずっと目が離せないといった様子でアタルは部屋の中を見ながら返事をする。
「はい、それで構いません。もしキャロ様の修行が終わった場合は私がこちらに来ますのでよろしくお願いします」
そんなアタルを微笑ましく見ていたセイブスがそっと部屋を出たあと、アタルはゆっくりと歩きながら本棚を順番に眺めていく。
お読み頂きありがとうございます。
誤字脱字等の報告頂ける場合は、活動報告にお願いします。
ブクマ・評価ポイントありがとうございます。




