第六十五話
少し離れたところで見学を命じられたアタルは、フランフィリアの指導のもと、キャロが魔法の練習に励んでいる様子を見守っていた。
「そうです、もっとイメージを強く持って下さい」
どうやら炎の矢の魔法はキャロに向いていなかったようで、今は風の矢の練習をしていた。それはキャロの持つ魔力の属性と一致しており、もらった杖の属性とも一致していた。先ほどよりも先端に宿る光が強くなっている。
「放て、“風の矢”!」
それゆえに、キャロの魔法は安定してきて的にも命中し始めていた。魔法が放たれるたびに周囲にはふわりと柔らかな風が舞う。
「うん、いいですね!」
少しづつ練習の成果が出ていることにフランフィリアもその魔法にはお墨付きを与える。
「ありがとうございますっ! フランフィリア先生!」
魔法がうまくいくようになっていくたび、キャロの雰囲気は嬉しさと興奮に満ち溢れていく。
そしてマンツーマンの授業の間に、キャロはフランフィリアのことを先生と呼ぶようになっていた。
「ふーむ、魔法もなかなか面白いもんだな。人によって向き不向きがあるのか」
二人のやりとりを見学していたアタルはキャロの使った炎の矢と風の矢の違いを見て、納得したような表情をしていた。
「アタル様は少々魔力が強いようですな。ともすればフランフィリア様をはるかに超えるほどに」
そんな彼の後ろから声をかけてきたのは穏やかな笑みを浮かべるセイブスだった。
「ん? あぁ、そうみたいだな。フランフィリアの話だとイメージ力も強いらしい」
いつの間にか近くにいた彼に内心驚きながらも、アタルは自分で燃やした的に視線を送りつつそう返事を返す。
「なるほど、それで見学するように言われたのですね……では、よろしければ私と修行をしてみませんか? こう見えても昔は冒険者を嗜んでおりまして、魔法も使っていたのですよ」
紳士的な笑みを浮かべているセイブスのその提案に手持ち無沙汰だったアタルは大きく頷く。
「そうしてくれるなら助かる。ただぼーっとしてるのも飽きてきたからな」
「承知しました。それでは魔法を使えるようにフランフィリア様に許可をもらってきましょう」
そう言うとセイブスは修行中の二人のもとへ向かい、ひそひそとフランフィリアへ耳打ちをする。
しばしの間考え込んでいたフランフィリアだったが、どうやらセイブスに任せることにしたようであっさりと許可を下した。
「お待たせしました。フランフィリア様の許可を頂けたので、私と修行をしましょう」
そう言うと、キャロたちから離れた場所へと移動する。
「ここでいいでしょう。……まず確認ですが、アタル様が最初に使ったのは炎の矢でアレを燃やしたのですよね?」
セイブスが指差した先には先ほどアタルが燃やし尽くした的の残骸があり、彼の確認にアタルは頷いて返す。
「その通りだ。最初にキャロがやってみて途中で落下したもんだから、俺は強いイメージで放ったんだ。そうしたら、あんなことになってしまった」
「ふむふむ、なるほど。アタル様は魔法使いとしての才能がある、いえ、魔法を使う下地があるのでしょうね。魔法を使うことに長けている、というよりは魔法に対する明確なイメージが既にできているといった印象です」
セイブスの予想は当たっていた。アタルが元々いた世界では、魔法や特殊な技能などのイメージを掴む方法が多種多様にあるため、イメージを形作ることが抵抗なく素直にできていた。
「なるほど、そういうところはあるかもしれない。俺がいたところではそういう物語が多かったから、学んだことはなくてもイメージは持っていることが普通にあると思う」
この話を聞いてセイブスは合点が言った様子だった。
「なるほど、それであればどうやって魔法を放つかではなく、どのように魔法を効果的に使うかを話したほうがよいでしょう。準備をしてきますので、少々お待ち下さい」
頭の中で計画を立てていたセイブスはアタルを待機させて足早に家の中に入って行く。
しばらくすると、彼は水の入ったタライを持って戻ってくる。何をするのか想像できなかったアタルは首を傾げている。
「さて、これを使いましょう」
持ってきたタライを庭に置かれたテーブルの上に置くと、その隣にコップを並べる。
「……これは?」
「まあ、見ていて下さい」
とうとう待ちきれなくなったアタルの質問に実演で答えようとセイブスが魔力を集中させていく。
すると淡い光と共にタライに張られた水の中から拳よりも一回りほど小さいくらいの水の玉が吸い寄せられるように浮かび上がる。そして、ゆらゆらと揺蕩う水の玉をゆっくりとコップの方へ移動した。そして中へと導かれたそれはちゃぷんという音を立てながらコップを水で満たす。
「ふう、こんなもんでしょうね。アタル様、今のことをあなたにもやってもらいます。これは魔力のコントロールの訓練です。水の玉の大きさ、その玉を維持したままの移動、そしてこぼさずにコップにいれる。これらのことを同時にやってもらいます」
一通り説明したセイブスは横に移動して、今度はアタルに同じことをやるように促す。
「やってみるか」
ようやく魔法を使えるとあって、気合を入れるべくアタルは袖捲りをして訓練にとりかかる。
「いくぞ」
杖を片手に水の玉を作り、コップに移動させる。言葉でいえば簡単なことだが、アタルには困難を極めた。
まず最初に水の玉の大きさを調整するのが難しかった。池の水を全てくみ上げろという課題であったなら恐らくアタルはすぐにできるようになったかもしれない。
だが、水量の細かい調整はおおざっぱな魔力操作では行えない、とても繊細なコントロールが必要だった。
この訓練だけでアタルは今日一日の訓練時間を潰すこととなる。
途中からキャロがその訓練に加わるが、キャロはアタルとは反対に極小さな玉であれば作ることができるが、コップを満たすほど大きくするのが難しかった。
「ふむ、二人は反対の課題があるようですね」
微笑みながら頷くセイブスは二人のことをそう見極める。優し気な笑顔の中に手厳しさがにじむ評価だった。
「でも、お二人とも筋がいいですね。この魔力コントロールはかなり難しい訓練ですから、すぐにできなくても時間をかければできるようになると思いますよ」
互いの課題を見つけて少し肩を落とすそんな二人をフランフィリアがフォローする。
二人の指導方針はまさに飴と鞭だった。
「はあ、なかなか簡単にはいかないもんだな。今日はそろそろ帰ることにするよ、次はいつ来ればいい?」
それでもなんとか習得したい二人は諦めずに再び訓練をすることを強く望んでいた。
「えっ、そ、そうですね……明日?」
あまりに真剣な眼差しで懇願されたフランフィリアが慌てて口にした予定日が思っていたより近かったことに頼んだのが自分とはいえ、アタルは驚いている。
「明日? こちらは大丈夫だが、そっちはギルドマスターの仕事とか大丈夫なのか?」
耳を垂らして不安そうにしているキャロもアタルの隣で何度も頷いている。役職についている人間を何日もこちらの都合で拘束することに二人は申し訳なさを感じていた。彼らは自分の目的の為に他人を振り回すようなわがままさは持ち合わせていないからだ。
「やっぱりそうですよね……てへっ」
思わず勢いで言ってしまったことを誤魔化すように笑うフランフィリアは内心仕事をさぼれないことにちょっとがっかりしていた。
「フランフィリア様の許可さえ頂ければ、私のほうで訓練にお付き合いしますが」
「本当か!」
「お願いしますっ!」
思わぬセイブスからの提案に二人は食い気味に迫る。だがセイブスの主人であるフランフィリアの許可が下りるかが問題だった。三人からの視線にフランフィリアは悩むように眼鏡を押さえた。
頼まれたのは自分であったため、自ら教えたいと思っていたフランフィリアだったが、ここで許可を出さないのは自分のわがままだと分かっていた。
「はぁ……わかりました。こちらで用事がない限り、お二人の修行が完了するまでは毎日午後、セイブスは自由時間としますので、お二人の訓練に付き合ってあげて下さい」
ため息交じりにフランフィリアは折れ、セイブスにあとを託すことにした。
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