第六十四話
「えーっと、アタルさんは色々知識があるようですので、キャロさんに向けて説明をしていこうと思います」
焦りをごまかすようにキャロに向き直ったフランフィリアは、アタルのことはとりあえず放置することにする。まだ座学であることを察したアタルは壁に並ぶ本棚の本へと興味がそれたようだった。
「はいっ! お願いします!」
ぴしりと背を伸ばしたキャロは一言一句聞き逃すまいと気合が入っている。
「魔法というのは、魔力を形にして外に出すものです。そのために最も重要となるのがイメージになります。炎の魔法を使うのに水のことを考えていては上手く発動することはできません」
目の前のテーブルにはペンと紙が用意されていたので、キャロはせっせとメモをとっていく。
「そして、そのイメージを補助する役割を持つのが、アタルさんの言うように詠唱であったり、魔法陣であったりします。詠唱であれば言葉が意味を持っており、イメージを発動しやすくしてくれます。同様に魔法陣であれば描かれた文字が意味を持っており、それが発動の手助けになります」
実際にはもっと細かいルールや、問題もあるがキャロに向けて話すにはこれで十分だった。
「あの……属性を持っている武器などもその発動の補助をしているのでしょうか?」
「いい質問ですね。属性を持っている武器、つまりは炎の剣や氷の杖と呼ばれるようなもののことになりますが、これらは使用用途によってその役割が異なってきます」
控えめに手をあげたキャロの質問に対してにっこりとほほ笑んだフランフィリアが答えていく。
「まず、炎の剣であれば主に敵を斬るための武器としての役割が強いです。例えば氷の魔物や水の魔物と戦う際には有効です。反対に氷の杖は敵を直接殴ったりするためのものではなく、氷の属性の魔力を通しやすくして魔法の威力をあげることを目的に作られています」
この例えを自分の頭の中で想像しながら聞いたキャロは納得していた。
「でも、炎の剣を媒介に炎の魔法を使ったら効果があがったり、出しやすかったりするんだろ?」
「うっ……その通りです。主だった使い方ではありませんが、そういう使い方も可能です……」
鋭いアタルの突っ込みにフランフィリアはがっくりと肩を落とす。
「いや、確認したかっただけだ。話の腰を折って悪かった、そもそもキャロにわかりやすいように説明してくれていたんだったよな」
今はキャロのための時間だったと気付いたアタルはハッとしたように申し訳なさを顔に出した。
「い、いえいえ、質問は大歓迎ですよ。……続けますね、つまりイメージの補強のためにそういったものを使うと魔法の発動がやりやすくなるのです。今日はお二人用に、魔法の杖を用意しておきましたので裏庭に行きましょう。ここからは実技の授業です」
少しアタルにペースを乱されかけたフランフィリアだったが、眼鏡の位置を直しつつ、なんとか話を戻して次のステップに進む。
裏庭に案内されると、そこには事前の話のとおり、いくつかの魔法の杖が用意されていた。フランフィリアは一通り何かを考えながら見たあと、目当ての物を手に取った。
「キャロさんにはこれがよいかと思います」
それは少し小ぶりの杖で、先端に緑色の宝石が装着されている。
「ふわあ、すごい綺麗です! それでは、遠慮なくお借りしますっ!」
目を輝かせたキャロは杖を大事にそっと手に取ると、先端の宝石部分を中心にうっとりと眺めていく。
「いえいえ、そちらは差し上げます。前途ある冒険者に私からの餞別です」
「えっ!? こ、こんな高そうなものを頂いていいのですか?」
借りるだけだと思っていたキャロはわたわたと慌てるが、そんな彼女の愛らしい姿にフランフィリアは笑顔で頷いていた。
「やったーっ!」
杖をもらえることがかなり嬉しかったのか、耳を興奮でぱたぱたと揺らしながら、キャロは自分の物になった魔法の杖を胸にぎゅっと抱きしめていた。
「アタルさんにはこちらをどうぞ」
次にアタルに差し出されたそれはキャロのものよりも少しサイズが大きく、先端の宝石の色は赤だった。
「ありがとう。これは……火の杖か。色からするにキャロのほうは風の杖といったところか」
感謝しながら杖を手にしたアタルの顔は一見するとわかりにくかったが、嬉しさから緩んでいるように見える。
だが、属性と色に関する説明をしていなかったのに、見事に的中させたアタルに対してフランフィリアは再び驚く。
「ま、まあ、そういうことですね。それじゃあ、お二人ともこちらへ。あちらに的が用意されているのが見えますか?」
自分に教えられることがあるのだろうかと一瞬不安がよぎったフランフィリアが誤魔化すように指差した方向には、木でできた人形がいくつか置いてあった。
「あれを的にするのか?」
「そのとおりです。その前に私のほうでお手本を見せます。次に発動方法の説明をしていくので、しっかり見ていて下さいね」
教師モードを復活させたフランフィリアは的の正面に移動する。的までの距離は十五メートルといったところだった。
「放て、“炎の矢”!」
力強いその言葉とともに出現した炎の矢がまっすぐ的へと向かい、的へと鋭く突き刺さる。炎が消失したところには丸く焦げているのが見えた。
「ふう、こんなところでしょうか。大事なのは炎の矢という言葉、そして実際に炎の矢が出ると強くイメージすることです。さあ、それではお二人も的の正面に立ってみてください」
くるりと振り返ったフランフィリアに促された二人はそれぞれ的の正面に立つ。いざ魔法を使うという瞬間に二人は自らの鼓動がどくんと高鳴るのを感じ取っていた。
「まずは身体の内側に魔力が流れていることを意識して下さい。そして、その流れが杖に伝わるように通していってください。そこまでイメージできたら、杖の先端を的に向けて下さい。そして先ほどの私と同じ言葉を」
染みわたらせるようなフランフィリアの説明に沿って、二人は魔力を杖に流していく。杖の先端に宿る宝石が淡く光を放ち始める。
「放て、“炎の矢”!」
そしてキャロがいち早く詠唱する。すると、杖の先端から炎の矢が放たれる。魔法が初めて発動したことに感動と興奮に包まれる。
「いけっ! あー……ダメでした」
だがその矢は的まで届かず、途中で失速して落ちてしまった。地面につく前に魔力が切れたのかしゅるんと炎は霧散した。
「なるほど、イメージが弱いと矢としての性能も低くなるのか。それじゃあ、俺は……放て、“炎の矢”!」
魔法を循環させながらキャロの様子を見ていたアタルはどうすれば成功するか考え、燃え盛る炎をイメージしながら詠唱をする。するとキャロが放った矢の数倍の炎を纏った矢が生み出される。
「いけ!」
そして、命令されるがままに矢は勢いよく真っすぐ的へと向かい、どすっと音を立てて突き刺さった。
「おぉ、当たった」
初めて発動した魔法が見事命中したことにアタルは感動していたが、それを見守っていたフランフィリアは驚愕していた。
「ま、まさか最初の一発から命中させるなんて……しかも、的が燃え上がってる……」
用意した的は木製だったが、魔法の暴発などの危険性を考えて魔力を押さえる効果を持たせており、命中してもすぐに炎の矢は消え去る予定だった。
しかし、アタルが放った矢はいまだ消えることなく、むしろ飲み込む勢いで的を燃やし続けている。
「あー、ちょっとまずかったかも? なあ……フランフィリア、あれはなんとかできるのか?」
「はっ! そうだった、放て、“水の砲撃”!」
思考から復活した彼女は急いで炎の矢を的ごと飲み込むだけの威力の水魔法を放つ。水を大きく被った的は黒焦げで、もはや原形をとどめていない。
やっと炎が消え去ったことに皆が安堵するが、これがきっかけとなってアタルは今日一日、魔法禁止となった。
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