第六十三話
翌日のお昼すぎ、二人は渡された地図を頼りにフランフィリアの家を目指していた。
「地図だとここらへんなんだが……」
アタルが地図から顔をあげて周囲を見回すと、ここら辺一帯は大きな屋敷ばかりが並んでいる。実は精巧に浮かび上がっている地図は見た目こそ綺麗であるが、中身は意外にも大雑把さが感じられるものだったのだ。
「さすがギルドマスターですね……」
彼と一緒になってきょろきょろとしているキャロも、思っていた以上に豪邸が多いエリアであるため、呆気に取られている。
しばらく地図とにらみ合いながらあたりを見回しながら歩いていると、とある家の前にいた執事服の男性が二人のもとへと近づいて来た。男性は髭を生やしているが綺麗に整えられており、清潔感があった。動きや服装の隅々まで上品さが感じられる。
「失礼ですが、アタル様とキャロ様でよろしいでしょうか?」
「あぁ、そうだが……あんたは?」
見知らぬ人からの問いかけに警戒をにじませたアタルの問いに男性は再び頭を下げる。
「失礼しました。私はフランフィリア様に仕える執事のセイブスと申します。本日はフランフィリア様の命令でお二人をお迎えにあがりました」
頭をあげた男性の表情は穏やかな笑みをたたえていた。アタルの警戒心に対しても特に気にした様子はない。
「それはわざわざすまなかった。地図をもらったものの迷っていたところなんだ」
困ったような表情を見せたアタルは地図を見せながらそう言った。それを見たセイブスの顔つきが一瞬固まる。それほどまでにフランフィリアの雑さがにじむものだったのだ。
「なるほど、これは少々わかりづらいものですね。フランフィリア様ももう少しわかりやすく書けばよいものを……ご安心下さい。ここからは私が責任をもってお二人をご案内します」
胸に手をあてて一礼したセイブスは迷子になっていた二人にとって、頼もしい存在であった。
一歩先を歩くセイブスのあとについて行くと、やがてある屋敷の前に辿りつく。
そこはガイゼルの屋敷よりもはるかに大きく、アタルとキャロは口を開けたままポカンと見上げていた。
「こちらがフランフィリア様のお屋敷になります。どうぞお入り下さい」
「あ、あぁ……」
先に玄関の前に辿りついていたセイブスが大きな扉を開けて中に入って行く。門の前で惚けていた二人は慌ててそのあとを追いかけて屋敷の中へと足を踏み入れていく。
そこからは無言で廊下を歩いていく。しんと静まり返った屋敷の廊下は彼らの足音だけが響く。
ずっと歩いていたセイブスが急に足を止めたため、アタルとキャロも足を止める。だが遅れまいと急いでいたため、アタルはセイブスにぶつかりそうになり、勢いを殺せなかったキャロはアタルの背中に顔をぶつけていた。
痛みに鼻を押さえながら謝るキャロの頭を詫びの気持ちを乗せてアタルはそっと撫でた。
「失礼しました。こちらの部屋でフランフィリア様がお待ちです」
ノックをすると中からフランフィリアと思しき人物から返事が返ってくる。
「どうぞ」
穏やかな笑みを浮かべたセイブスは扉をあけると、二人に入るよう促し、それ確認すると自分は入らずにそっと扉を閉める。どうやらその部屋は応接室のようであり、落ち着いた調度品が置かれているのが目に入って来た。
部屋には普段着と思しき服を着たフランフィリアが待っていた。立っている二人に合わせてすっと彼女も立ち上がって応対する。
「ご足労でしたね。渡した地図はわかりづらかったですかね?」
なかなか来ない二人を心配していたフランフィリアは自分でも自覚があったのか、申し訳なさそうに二人に確認する。
「ちょっとわかりづらいな。実際セイブスが迎えに来てくれなかったらもうしばらくは迷っていたと思う」
その返事を聞いてフランフィリアはしまったという顔をする。
「すいません、私も感覚でここに行けば家があると思っているので思っていたより詳細に地図が描けなくて……」
自分の欠点を思い出してフランフィリアはしょんぼりと頭を下げる。
「いや、まあ、たどり着けたからいいさ。それよりも、魔法を教えてくれるんだろ?」
「楽しみですっ!」
すっかり二人とも興味は既に魔法に移っており、ここに辿りつくまでに迷ったことはどうでもよくなっていた。
「ふふっ、わかりました。少しここでお茶でも飲みながらお話をとも思っていたのですが、さっそく始めましょう。こちらにどうぞ」
二人の魔法に対する熱意に微笑んだフランフィリアは部屋の中にある扉をあけ、隣の部屋へと移動していく。
「うわあ、すごいです!」
隣の部屋の壁には本棚が並んでおり、ぎっしりと本が並んでいた。これだけの量の本を見たことがなかったキャロは圧倒される。
「ふふっ、ちょっとした自慢なんですよ。これだけの本を集めるのは大変でしたからね。あ、そちらにかけて下さい」
手が指し示す方を見てみると、部屋の中央にテーブルとイスがあり、そこへ二人は着席する。
「それでは授業を始めていきましょう」
「じゅ、授業?」
アタルはてっきり魔法というのは実演を見て、魔力さえあればぱぱっと使えるようになると考えていたため、面を喰らう。
「そうです、まずは魔法とはなんなのか。それから勉強していきましょう。安心して下さい、なるべく簡潔に話すように努力しますので」
フランフィリアは眼鏡をくいっとあげて教師モードになっているようだった。ちょっと気落ちしながらもそう簡単にいくわけもないか、と気を取り直してアタルは聞く姿勢に入った。
「お願いしますっ」
学校に通ったことのないキャロにとって、授業を受けるというのは新鮮であるため、ぐっと頷いた彼女は真剣な眼差しだった。
「よろしい、それでは始めます。まず、お二人に質問ですが……魔法とはどのようなものだと思いますか?」
フランフィリアはあえて今回の主題をしょっぱなから質問として二人に投げかける。
「うーん、考えたこともなかったです。魔力の使い方が上手な人がドカーンと使えるイメージが強いですっ」
「はい、大きな見かたとしてはそれもあってると思います。アタルさんはどうですか?」
少し悩みながら答えたキャロの次に指されたアタルはしばらく考えた後、静かに話し出す。
「……そうだな。まず魔力というものは基本的に全員の内に存在するものだと思う。それを使う時に、キャロが言うように扱いがうまいというのが魔法使いの条件だと思う。それに加えて、魔法には一定のルールがあるようにも思える。それが、例えば詠唱であったり、イメージであったり、魔法陣であったり、それを経由することで使いたい形に整えていくものなのだと」
淡々と紡がれるアタルの答えが思っていた以上にしっかりと考えられたものであったため、フランフィリアは目を丸くしている。
「そうだな、あとは優秀な魔術師は使い方というか、魔力の流し方がうまいんじゃないかな。魔力が自分の内側のどこかにあるとして、それを手から発動するために自然な形で流せれば、放出した時の魔力の純度も高いと思う。ゴーレムの時みたいに魔力を流す魔力回路とかが身体の中にあるのかもしれない」
「ちょ、ちょっと待って下さい! アタルさんはどこかで魔法の勉強をされたことがあるのですか?」
次々に出てくるアタルの回答が止まらないため、フランフィリアは慌ててそれを止める。
「いや、俺が住んでいたところだとこれくらいはみんな思いつくと思うが」
あっけらかんと告げられたその言葉にフランフィリアは絶句し、隣にいたキャロはアタルのことを尊敬の眼差しで見つめていた。
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