第六十一話
穏やかな空気を醸し出していた二人の次の目標は魔法を使えるようになることだった。
そして、彼らが知ってる中で魔法に長けている者、ということで思い出した人物に会いに行くことを次の目的地に定めた。
「借りていた馬車は返却したから、俺たちも一台買っておこう」
「そうですねっ、今回の旅で馬車のありがたさは実感しましたし!」
アタルたちの訪問をまたもや大歓迎してくれた貴族のガイゼルへ深い感謝と共に馬車を返した二人は、自分たち用の馬車を購入するため、馬車屋に来ていた。
店には安価な小さいサイズのものから、装飾が施されている高価なものまで多種多様な馬車が並んでいた。ここの店員はアタルたちをそっと見守る姿勢を決めているのか、離れたところで自分の作業をしているようだ。
「キャロはどれがいいとかあるか?」
ざっと見て回ったものの、アタルは馬車の良し悪しがわからないため、隣にいたキャロに意見を求める。
「うーん、私も詳しいことまではわからないですけど、荷物を乗せたりすることも考えると少し大きめのサイズがいいかもしれないですね。パーティメンバーもいつか増えるかもしれませんし」
キャロの言うとおり、最小サイズの馬車だと二人、もしくは三人で満員になってしまう。今は二人で旅をしているが、せっかく買うのであればいろんな使用用途に対応できるのがいいと判断したようだった。
「そうだな、じゃあこっちのやつにしよう。あとは馬を選ばないとか」
彼女の助言をもとに馬車本体は中くらいのサイズのものを選択すると、次はこれをひく馬の購入が待っていた。
「裏に馬がいるのでどうぞ」
馬車の購入手続きを済ませた馬車屋の店員が裏手に案内をする。
そこには牧場のような広場があり、そこに馬が放牧されていた。いろんな毛色の馬たちが自由に過ごしている。
「結構な数の馬がいるんだな」
「はい、品ぞろえではそこらへんの店に負けませんよ!」
感心したようなアタルの呟きに店員は胸を張って自信満々で答える。その自信が慢心でないと思えるほどの馬の数、馬車の数がこの店にはあった。
「ご自由にご覧ください。ただ、気性の荒い馬もいるので、そこだけはお気を付けを」
店員が手招くままにアタルとキャロは牧場の中に入り、ゆっくりと馬を順番に見ていく。馬たちは草を食んでいたり、のんびりと歩いていたりとアタルたちを気にした様子がないところを見ると、こういうのはよくあることなのだろう。
するとそのうちの一頭が顔をあげると、二人のもとへとやってきて心を許したかのようにアタルに顔を擦り付けて来た。
「おー、よしよし。お前、俺たちの馬車をひく気はあるか?」
「ヒヒーン!」
元気なその鳴き声はまるでアタルの呼びかけに応えたかのようだった。以前、ガイゼルのところにいたユースタスもそうだったが、動物になつかれるのは悪い気がしないアタルは穏やかに微笑んでいる。
「いい返事だ。よし、お前は今日から俺たちの仲間だ!」
「よろしくお願いしますねっ」
嬉しそうにキャロがそう声をかけて頭を撫でようと腕を伸ばすと、馬は頭を下げて撫でやすい位置へと持ってくる。そしてキャロの好きなように撫でさせ、アタルにしたのと同じように顔を彼女に擦りよせた。
「キャロのことも気に入ったようだな……というわけで、こいつにしようと思うんだが」
「承知しました。こいつはなかなかの名馬ですよ、力もあるし若いから長いこと旅のお供ができると思います。私のほうで先ほどの馬車に装着しますので、表に戻っていて下さい」
店員にそう促され、馬をそれぞれ一撫でしたあと、アタルとキャロは表で待つことにする。その間に別の店員に料金を支払っておく。
しばらく待っていると、先ほどの馬と馬車、そして案内をしてくれた店員がやってきた。
「お待たせしました。料金は支払って頂いたとのことなので、本日からこの馬車はお二人のものです」
「あぁ、ありがとう。いい買い物ができたよ」
アタルは今回の買い物に満足しており、笑顔で馬の頭を撫でる。それはキャロも同様だった。
「お二人の旅に祝福のあらんことを。お気をつけて」
店員も自分のところの馬がいい主人に巡り合えたことを喜び、そう言って深く頭を下げた。
「よし、それじゃ早速出発しよう。キャロ、操縦頼むぞ」
「はい!」
アタルは馬車の中に、キャロは御者台に乗り込んでゆっくりと馬車を走らせる。
新たな仲間を得て彼らはこの街をあとにした。
二人が魔法の使い手として思い浮かんだのは、最初の街にいるギルドマスターだった。街が魔物に襲われた際に、彼女は強力な魔法を使って戦いに参加していた。
彼女ほどの実力であれば、二人に魔法を教えてくれるかもしれないとアタルたちは考えていた。
「そういえば……キャロは魔法を学ぼうとしたことはないのか?」
馬車に揺られる道中、アタルは身を乗り出して御者台に顔を出すと、手綱を握っているキャロへ問いかけた。
「そう、ですね。魔法が使えたら素敵だなあ、なんて思ったことはありますが……その、私は立場的に……」
ごにょごにょといい淀んでしまったキャロは奴隷であり、そんな自由は許されていなかったのだ。奴隷制度として最低限の知恵は授けるようになってはいたが、それ以上に力を持たれるのは都合が悪いのかもしれない。
「あー、そうだったな。でも、それだったら別に使えなかったとか、才能がなかったとかそういうわけじゃないからいけるかもしれないな。俺も同じで魔法を覚える機会なんてなかったからな」
すっかり忘れていたかのようなアタルは励ますように言葉を選ぶ。それを聞いたキャロは暗かった表情を一変させ、魔法に対する希望を持った。
「ですね! 二人そろって魔法使えるようになりたいですっ!」
嬉しさを前面に出した笑顔を見せるキャロは今まで誰にも言ったことがなかったが、密かに魔法というものにあこがれをもっていた。しかし、獣人はあまり魔法を使うのがうまくないと言われており、実際魔法を使うものは少なかった。
だが、それでもアタルと一緒ならなんとかなる。これまで彼と一緒に過ごした時間のおかげか、そんな一見すると根拠のない気持ちだと思われるようなものが自然と浮かんできた。
「俺も魔法が使えるようになりたいな。俺がいたところには魔法なんてものは創作物や想像の中でだけ存在したものだから、自分がそれを使えるとなったらかなりテンションがあがりそうだ」
地球育ちのアタルにとって、魔法とはゲームや漫画の中のものであるため、自分がそれを自在に使えることに強いあこがれを持っていた。剣と魔法の国と神に聞いてから実際目にするまでは半信半疑だったが、今では魔法を試したい気持ちでいっぱいだった。
二人は魔法に思い思いの夢を馳せながら、帰りの道を進んで行く。
途中からアタルが屋根の上に乗って魔物を倒していく。これはもはや恒例行事となっていた。馬もアタルの銃に怯える様子もなく、むしろ一々止まることなく進むことができることが嬉しそうであった。そのかいもあって旅は順調に進み、通常の馬車移動よりも格段にはやく到着することができた。
「なんか、ここに戻ってくると帰って来たという感じがするな」
「ですねっ」
相変わらず立派な城壁に囲まれた街へ帰って来た二人は衛兵に軽く挨拶したのち、すぐに中へ入ることができた。中の街の様子もアタルたちが出て行ったころと変わらず、穏やかといった雰囲気だった。
そんな街の様子にほっと安堵の息が自然と出て来た。
アタルは最初に訪れた街ということで思い入れがあり、キャロもこの街で暮らしていた時間が短くなく、主人であるアタルと出会うことができた街であるため、感慨深いものがあった。
「まずはギルドに向かうか。ギルドマスターに会えるといいんだが……」
アタルは前回の魔物討伐での功労者であるため、突然の訪問であろうとギルドマスターが彼を無下にすることはないと思われた。だがアタル自身は自分がすごいことをやったとは思っていないため、こんな言葉が思わず漏れた。
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