第五十六話
アタルの放った弾丸は少しずつサイクロプスの装甲を溶かすように勢いを失うことなく突き刺さっていき、ついにはそれを打ち破って体内に達する。ドロドロと溶けている装甲から内側の柔らかい部分が露出していた。
「ば、馬鹿な!」
ただ茫然と見ていることしかできなかった男はついにサイクロプスの装甲が破られたことに驚きを隠せずにいた。
「だ、だが、それくらいでは我がサイクロプスは倒せんぞ!!」
たかが一撃決めたくらいでいい気になるな、とそう男は吠えるようにアタルに吐き捨てる。確かにこの一撃はあの小さな傷がついていたからこそ、それをきっかけにアタルの放ったジャイロバレットが効果を発揮できていた。
「それで終わりだと誰が言った?」
鼻であざ笑うようにぽつりとつぶやいたアタルの言葉は男には届いていなかったが、キャロの耳にはしっかりと届いていた。その言葉を合図にするようにキャロがサイクロプスへ向かって駆け出していく。
「いきます!」
彼女が手にしていたのは戦いの最中に巨大ゴーレムの戦いの時に使われていたクラウスの剣であり、回収したそれをジャイロバレットがつくった傷へと刺しこむ。そして素早く身をひるがえしてそこから離れた。
「……いまだ!」
キャロが戦線を離脱したのを確認するとアタルは弾丸の魔弾を剣目がけて撃ち込む。そこへ隙ができるのを待っていた魔法使いたちがその言葉に呼応していっせいに雷魔法を放っていく。
これは巨大ゴーレムを倒した時と結果的には同じ方法だったが、この場で魔法が使える全員の一斉攻撃は先ほどの威力をはるかに超えており、視界を真っ白にするほどの雷撃がサイクロプスを襲う。さすがのサイクロプスでも抵抗することはできず、その巨体を破壊するのに十分なものだった。
「ま、まさか!」
慌てたように男は手を伸ばしながら声をあげるが、その声もむなしくサイクロプスは核を破壊され、ガラガラと崩れていく。そこに残ったのはただの金属の塊の山だった。
「……っ!!」
「動かないで下さい!」
そしてひやりとした感触を感じた男の首元にキャロが短剣をあてている。
「くそっ! いつの間に!」
悔し気に悪態をつく男は戦闘タイプではないためにキャロにあっさりと背後をとられた。それに気づいた他の冒険者が縄を持ってきて抵抗できないように男を縛り上げていく。
「ふう、なんとかなったか……」
それを確認したアタルが戦闘終了だと一息つく。すると、フラリアが驚きを含んだ表情で呆然とアタルに近づいて来た。
「一体……あなたは、あなたたちは何者なんですか? これだけの強さを持っているなんて……」
最初に会った時から他の冒険者とは何か違うとは思っていたが、その予想をはるかに上回る実力を見せつけられたフラリアは先ほどまでと異なり、アタルに対して敬語になっていた。なぜここまでの冒険者が今まで名を知られずにいたのだろうと驚く以上に恐怖さえ抱いたのだ。
「何者と言われてもな……一介の冒険者だ、としか言いようがないな。ランクだってそっちで把握しているものだし、ただちょっと武器が特殊ってだけだ。……これ、前にも言ったか?」
困ったように首のあたりをさすりながらアタルは事実を口にしていたが、それはフラリアが納得できる答えではなかった。ぐっと眉を寄せているフラリアはその先を知りたいのだとじっとアタルを見続けている。
「それより、あんたはあいつをなんとかしないとなんじゃないのか?」
だが話を逸らすようにアタルは縛られた男に視線を送った。そこでは冒険者たちに囲まれている男が不満そうに縄に捉えられている。
「そ、そうだ! いかないと!」
ギルドマスターであるフラリアはここにいるメンバーに指示を送る立場であり、ゴーレムを使役していた犯人に尋問をしなければいけなかった。それに気づいたのか慌てたように駆け出して行った。
「やれやれ、どうにもどこか頼りないギルドマスターだな」
呆れたように首を振ったアタルは精密射撃をするために、ずっと眼の力を使っていたため、すっかり疲れ切っており、力なくその場にどさりと腰を下ろして休憩する。ここまでの力を行使する戦いは初めてだったからだ。
「アタル様!? 大丈夫ですかっ!」
その様子を見たキャロが泣きそうな表情で慌てて駆け寄って来た。アタルの身体を確認するようにあちこち見るその目は不安に揺れている。
「ん、あぁ……大丈夫だ。少し疲れてな、ちょっと左目が開けられないだけだ」
なだめるようにキャロへ笑って見せるものの、実際にアタルは左目に痛みを感じており、その間も片目を瞑ったままでいる。
「大丈夫じゃないじゃないですか! どうしましょう、冷やしたほうがいいのでしょうかっ。それとも温めたほうが!?」
こんなに弱った姿のアタルを見るのが初めてだったキャロはおろおろと困った様子で慌てながら、何かをしなければとあたふたしていた。
「キャロ、落ち着け。しばらくすれば回復するはずだから」
「そ、そうだ! アタル様、私を治療してくれた弾を使えば治るんじゃ!」
アタルの回復という言葉を聞いてキャロが治癒弾のことを思い出す。名案だと言わんばかりに縋りつく。
しかし、アタルはゆっくりと首を横に振った。
「これは言ってなかったかもしれないが、俺の作る弾は俺自身には効果がないんだ。例えば雷の弾を俺に打ち込んでも傷一つつかないし、雷も俺に影響を及ぼさない。それと同じで回復も俺には効果がないんだよ」
初めて語られた新事実にキャロの表情はさあっと青ざめていった。どうしたらいいのかわからなくなった迷子の子供のように今にも泣きだしそうだ。
「そ、そ、それじゃ、アタル様の治療がっ」
できない! そう大きな声で言おうとしたが、それは事態に気付いて駆けつけたクラウスによって中断される。
「大丈夫か! あれだけの攻撃をずっと繰り出していたんだ、何かしらの負担がかかっていると思ったよ」
わかっていたかのようにクラウスは回復魔法が使える仲間を連れて来ていた。旅慣れた彼らだからこそこうなることも予想できたのだろう。
「見せてちょうだい……これは魔力の負担がかかりすぎて一時的に目だけ熱暴走しているような状態ね。完全に治すのは難しいけど……“ヒーリング”!」
女性が祈るように唱えた魔法によってアタルの身体を淡い光が包み込む。この世界にきて初めて受ける回復魔法。異世界人の自分でも効果は出るのか? そんなことをアタルはぼんやりと考えていたが、温かく包み込まれるような魔法は問題なく効果を発揮しており、光が落ち着く頃には左目の痛みは軽減していた。
「こんなものかしら。少しは痛みも落ち着いたと思うけど、普段通りに使うにはもうしばらく休めたほうがいいと思うわ。それじゃ」
静かにたたみかけるように彼女はそれだけ言うと、あっさりとアタルから離れていった。
「あ、ありがとう!」
思いがけない彼女の行動に慌てたようにアタルが背中に向けて礼を言うが、それに彼女が振り返ることはなかった。
「悪いな、あいつ良いやつなんだけど男が苦手なんだ。俺以外はな……」
苦笑交じりにそう言ったクラウスのことを振り返った彼女がキッと睨み付けたため、困ったような笑みを浮かべてクラウスも引き上がっていった。
「アタル様、大丈夫ですか……?」
いまだに心配そうな表情でキャロが再びアタルの状態について聞いてくる。
「だいぶ楽になったよ。回復魔法ってすごいんだな、俺にも使えるといいんだが」
「確か、修行すれば使えるようになると聞いたことがあります。一度誰かに教えを乞うのもいいかもしれませんね。私も奥の手として何か魔法が使えれば戦術の幅も広がりますし……」
この世界では魔力があれば向き不向きはあるものの、何かしら魔法を使うことはできると思われている。
アタルも魔眼を使えることから魔力を持っている。そしてキャロにしても決して多いとは言えないが、魔力は内包されていた。
「だったら、俺たちの次の目標は魔法を使えるようになることだな。できれば魔力量も増やせたらいいんだが」
この世界の常識を知らないアタルにしてみれば、ゲームのようにレベルが上がれば魔力量もあがる。そんなイメージを持っていた。
「……え?魔力量って、増えるのでしょうか?」
ゆえに、きょとんとしているキャロに、アタルは何か衝撃を受けたように酷く驚いていた。
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