第五十話
名残惜しむガイゼル親子に見送られて彼らの家を出た二人は真っすぐ宿には戻らずに、そろそろ落ち着いて来たであろう冒険者ギルドの様子を確認しにいく。
「お、そろそろ空いてきたみたいだな」
「あれほどたくさん人がいたのに、今はガラガラですねっ」
あの会話のあと、ガイゼルに軽く食事をご馳走になったため、今の時間は夕方に差し掛かろうかというところであり、混雑も解消されていた。昼間とはうって変わってまばらになったギルド内は、普段の落ち着きを取り戻しつつあった。
「これなら今のうちに依頼受けにいっておくか」
「そうしましょうっ」
アタルの提案に笑顔でキャロも賛同して、二人は冒険者ギルドの中へと入って行く。
「おぉ、二人も来てくれたんだね。最初の人波の中にいなかったから、もしかしたら来ないんじゃないかと内心ひやひやだったよ?」
彼らがギルド内に入るなり、苦笑交じりにそう声をかけて来たのはギルドマスターのフラリアだった。
「混んでいたから後回しにさせてもらっただけさ。あの人ごみの中に入り込んでいくのは少し面倒だったからな」
面倒はごめんだというようにアタルは肩をすくめながら答えた。
「確かに……あんな風に一気にこられてこちらも対応に苦慮したよ。そう考えると君たちの対応がしっかりとできるからあとからきてくれたのはありがたいね」
昼間の大変さを思い出したのか、フラリアは疲れた笑顔でそう答えた。
「お疲れさん、それで俺たちも依頼を受けようと思っているんだが……大丈夫か?」
「むしろ大歓迎さ。君たちの証言がきっかけなんだから、君たちに案内してもらわないと困る。それに……戦力としても期待しているよ」
ゴーレムと傷一つなく戦うことは難しく、更には大量のそれらと戦って生きて帰ってきたアタルとキャロの能力をフラリアは信頼していた。
「お二人ともどうぞこちらに。手続きをしますので、カードの提示をお願いします」
アタルたちが来ることを見越して準備をしていた受付職員が二人に声をかけ、彼らは指示されたとおりにカードを差し出した。それをフラリアは嬉しそうな笑顔を浮かべて見守っている。
受付職員は慣れた手つきで依頼受付用の魔道具に二人のカードをセットして依頼登録を行う。
「はい、完了です。出発は明日の朝になりますので、朝食後くらいにギルド前に集まって下さい。道中の指示はギルドマスターが出しますので、よろしくお願いします」
「ギルドマスターが同行するのか?」
意外そうに首を傾げて振り返ったアタルの質問ににっこりと笑顔を見せたフラリアは頷いていた。
「基本的に大きな依頼の場合は私に限らず、ギルドマスターは現場に出向くことがほとんどです。今回は場所の関係上、少し街を離れることになりますが、そのために実力のある者をギルドに残していくのです」
フラリアは余程信頼をおいているのか、街を留守にすることへの不安はなさそうだった。
「なるほどな。それで、結局俺たちを含めてどれくらいの人数が参加することになったんだ?」
今度は受付職員へと振り向くと、アタルは質問を投げかける。
「そうですね……お二人のパーティを含めて全部で八パーティですね。正確な人数はすぐにはちょっと」
依頼の受理は各パーティごとにまとめていたため、手元ですぐに確認することはできないようだった。申し訳なさそうに受付職員は眉を下げている。
「それはかなりの人数になりそうだな……移動は各自ということでいいのか?」
大体のことが知れれば良いと思っていたアタルは特に気にした様子もなく問いかけを続ける。
念のためアタルたちは馬車を用意しているが、ギルドで移動手段を用意するかもしれないと考えたのだ。
「そのことについては申し訳ないんだけど、今回は各自ということになる。食事なんかの用意もそれぞれで対応してほしい。もっと期間があればこっちで用意することもできたんだけどね。ちょっと予想外に依頼を受けてくれた人数が多いのもあって、それを一日やそこらで準備するのは厳しかったんだ」
今日話が決まって出発が明日という急ぎの依頼であったため、それらを準備するには時間が少なかった。だがこの事態がそれほどに動くのは一刻も早い方がいいことを告げている。
「わかった。それじゃ明日は頼む」
「あっ、アタル様! す、すいませんっ、それでは失礼します!」
用が済んだと判断したアタルは早めに戻って休みたいと考え、彼らへの挨拶もそこそこに冒険者ギルドをあとにした。あっさりとしたアタルの対応に一瞬後れを取ったキャロはフラリアたちに頭を下げると、小走りで慌てて彼のあとを追って行った。
「……どうされたんですか?」
ほどなくしてアタルに追いついたキャロはどこかアタルの様子がおかしいことに気付いており、心配そうに耳を垂れ下げながら浮かんだ疑問について問いかけた。
「いや、なんとなくなんだが、他の冒険者と協力するために馬車や食事の提供をとか言われかねないなと思ってな」
さすがにBランクパーティでそれはないかもしれないが……そう考えながらもアタルが素早くギルドから立ち去ったのは単純に厄介ごとを引き受けたくないだけだった。実際のところはどうあれ、フラリアから周りの冒険者たちより自分たちは期待されていることを自覚していたアタルは、戦力以上のものを求められそうだと考えたのだ。
「確かに、誰か一緒にとなると色々気になってしまいますね」
なるほどと頷いたキャロはいまだ身分としては奴隷であり、これまでそのことであまりいい思いをしてこなかったこともあったため、近い範囲に他者が長時間いることは避けたいとも思っていた。アタルがそこまで考えてくれていたかどうかは別にしてもキャロは面倒ごとを回避できたことにほっとしている自分に気付いた。
「ガイゼル様みたいに大らかな方だったら良いのですけど……」
不安げに俯くキャロは基本的にアタルに反対することはなかったが、こういうことを素直に言えるようになったあたりは打ち解けて来た証拠だった。
「安心しろ、変なやつだったらまず俺が了承しない。それでもなんとかって言われたら、俺たちが納得できるくらいの条件をつけるさ」
にんまりとしたアタルの悪そうな笑顔を見て、不安そうな表情を一変させたキャロはくすっと笑っていた。
「それよりも、朝早くから動くだろうからさっさと宿に戻って休むぞ」
他のパーティは今まさにアイテム集めをしたり、馬車を用意したりと奔走しているところを一足先にゆっくりと休めるのはアドバンテージといえた。
アタルたちが宿に戻ると、受付に何人もの客がおり、なにやらもめているのか騒がしかった。
「何かあったのか?」
訝しげな表情を浮かべたアタルがつぶやくと、少し離れた場所で見ていた男がそれに気づいて近寄ってくる。背はアタルより少し高いくらいで、爽やかな笑顔で話しかけてくる。咄嗟に警戒心を抱いたキャロがアタルの背に近寄るように一歩引きさがった。
「今日、大規模依頼が発令されたのは知ってるか?」
「あぁ、ゴーレム討伐のやつだろ?」
男は受付の客に視線を送ったままアタルに質問してくる。キャロを気遣いながらも知っているとアタルが頷くとにこにことしながら男も頷いた。
「その依頼を受けたやつらだよ。装備やアイテムの調達を優先していて、宿のことは考えてなかったらしい。俺は何日か前から宿をとっていたが、どうやらあいつらはたまたま今日この街に来ていたらしい」
それを聞いて事態を理解したアタルが少し離れたところで未だ続く受付での騒ぎを冷たい目で見た。
「なるほどな。他の宿でも断られて、ここが最後の頼みの綱だったってところか……大規模依頼に向けてゆっくりと休みたいところだろうから、それはかなり切実な問題だな」
なんとも詰めの甘い奴らだと軽く鼻で笑ったアタルは他人事だと、ばっさりと切り捨てて分析した。宿の確保は最初にしておくべきだろうと呆れていたのだ。
「そういうあんたも依頼を受けたんだろ? ……おいおい、睨むなよ。あんたら、なかなかやりそうだからそう思っただけだって!」
余計な絡みをされないように男を睨み付けたアタルに、降参だと言わんばかりに彼は両手を軽くあげて、敵意はないと示す。にこにこと終始笑顔を崩すことのない男を見て呆れたようにアタルは視線を逸らした。
「……ふう、まあいい。どうせ明日になればわかることだからな、あんたも依頼を受けたのなら明日よろしく頼む。俺たちは部屋で休ませてもらう」
ため息を一つこぼすとアタルはこれ以上話すつもりはないと、キャロを連れて男に背中を向けて部屋へと向かって行った。
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