第四十三話
「俺たちはギルドで受けた依頼で、南の山にゴーレムの核を取りに行くことになったんだ。それで、道中に足として馬車があればと思って、ガイゼルを頼りに来たということだ」
アタルの説明を聞いたガイゼルは途端に思い悩むような厳しい表情になる。
「もちろん馬車をお貸しするのは問題ありません。万が一馬車が壊れるようなことや馬が亡くなるようなことがあってもそれも構いません。お二人には色々お世話になりましたから……ただ、ゴーレムの核ですか」
どうやらガイゼルが気になっているのはゴーレムのことだった。
「そんなに難しいのか? 俺とキャロの実力は見てもらったと思うが……」
そんなに心配されると思っていなかったアタルの言葉に、取り繕うようにぺこぺこと頭を下げたガイゼルは苦笑していた。
「お二人の実力はもちろん存じています。ゴーレム相手にお二人が負けることはほぼないでしょう。しかしただ倒すだけではなく、核を狙うとなるとなかなか厳しいかもしれません」
それは依頼達成において重要な部分であるため、聞いておきたいと思ったアタルは思わず身を乗り出す。
「どういうことだ?」
そういえばアタルは常識知らずだということを思い出したガイゼルはひとつ頷いてから話し出した。
「はい、ゴーレムには硬い身体とともに厄介な再生能力があります。剣でついた傷程度であればすぐに塞がりますし、腕を落としたとしても、核が無事であればしばらくすると腕も再生するはずです。つまり、核がゴーレムの心臓部といえます……」
ゴーレムのその能力は冒険者でなくとも有名なほどの話らしく、それを聞いたアタルも思っていたほど楽な依頼ではないのかもしれないと厳しい表情になる。
「あー、なるほど……核が弱点だけど、今回の依頼ではそれを壊すわけにはいかないってことか」
弱点を壊さずに持って帰らなければならないということで、ガイゼルがアタルたちを心配する訳を理解した。
「あ、あの、いいでしょうか?」
そこにキャロが恐る恐るといった様子でそろりと手をあげる。
「ん? どうかしたか、キャロ?」
難しい表情を解いたアタルがキャロの話を聞こうと顔を向けた。
「あの、ゴーレムですが……たぶんなんとかなると思います」
まさかの自信のある発言にアタルとガイゼルは驚き、そろってキャロを見つめる。その視線に戸惑いながらも彼女は話し続けた。
「え、えっと、ゴーレムなんですが、確かに核が再生能力をつかさどっているのでそこが弱点になるんですけど、核から繋がっている魔力の管がその再生能力を行き渡らせているらしいので、その管の出口というか、それを潰せばいいのかと……」
キャロの意見を聞いたガイゼルは名案とは言えないそれにがっくりと肩を落とす。
「キャロさん、さすがにそれは厳しいと思います。それこそ神業のような方法ですよ……」
彼女が言ったのは、硬いゴーレムの身体の中をさらにピンポイントに攻撃するという、まるで動く小さな針の穴に糸を通すような精密さを求められるものだった。だがガイゼルに指摘されてもキャロは自信があった。
「私は、アタル様ならできると思いますっ」
それは盲目的な信頼だけではなく、アタルの能力を鑑みていけると判断しての言葉だった。いつもの尊敬のこもった熱い視線とは違う、真剣みを帯びた強い意志のこもった眼差しにアタルはわずかに目を見開いた。
「なるほどな……」
そして自身の能力をこの作戦に照らし合わせ、キャロが何を言わんとしているか理解した。
「……いけるかもしれない。いや、むしろ俺以外のやつらはどうやって手に入れるつもりなんだ?」
アタルがつぶやいたそれは当然の疑問だった。
この世界にアタルと同じ武器は二つとないため、同じ方法ができるとは思えない。それがアタルの考えだった。
「他の方法としては、核を壊さない程度の火力で攻撃を加えて、覆っている岩を崩して核をむき出しにしたところで強引に引き抜くらしいです」
「それだと、攻撃が強すぎると核を壊すことになって、弱いと再生能力を凌駕できないのか……それは面倒な敵だな」
納得がいったというアタルの言葉にキャロとガイゼルが頷く。
「だが、これでなんとかなりそうだな。光明が見えて来たって感じだな。……そろそろあいつらも出発しただろうから俺たちも早速向かうか」
すっきりした表情でアタルが立ち上がり、自分の案が通ったことでうれしそうにしているキャロが続くと、ガイゼルが慌ててそれを止める。
「そ、そんなに早くですか? せめてカイルが帰ってくるまで少しお待ちを……」
「うーん、そうしたいところなんだが……やっぱりすまない、今回の依頼は他のパーティと競合してて一番多く核を持って行ったパーティの報酬が一番良いんだ。だから、すぐに出発したい」
今回馬車のことで世話になるガイゼルの言葉に後ろ髪引かれる思いもあったが、それでもアタルは依頼を優先することにする。
「そうですか……では、馬車を返却に来た時にまたお話をしましょう。その時にはカイルもいるといいのですが」
それならば引き留めるのは悪いと思ったガイゼルは穏やかにほほ笑んでこの場を引いた。
「悪いな、それでさっそく馬車のある場所に案内してもらいたいんだが」
「あぁ、そうでした。すいません、こちらになります」
慌てた様に立ち上がったガイゼルの案内で屋敷の中を通り、裏庭へと向かった。
たどり着いた裏庭には程よい大きさの厩舎があり、馬車本体も近くの小屋に入っていた。
「しばらく世話になる。頼むぞ」
厩舎の中に入ると、以前一緒に旅をしたユースタスが顔を上げた。ユースタスに近づいたアタルが声をかけ、頭を撫でると嬉しそうに顔を彼に近寄せてくる。
「はっはっは、ユースタスもすっかり懐いているみたいですね」
護衛任務の旅の道中、ユースタスを気に入ったアタルは自ら餌やりやブラッシングを買って出ていたため、自然と仲良くなっていた。
「それじゃ悪いが、馬車と共にしばらく借りていくぞ」
「はい、私たちはしばらく馬車に乗る予定がありませんので、ごゆっくりお使い下さい」
ガイゼルはそう言いながら手際よく馬車をユースタスに取り付けていく。普通の貴族であれば、使用人にやらせるためにできないが、いつもやっているガイゼルはとても慣れた手つきだった。
「……貴族にこんなことをやらせる冒険者も俺くらいだろうな」
それを見ながらアタルは自分でもやれるようにと手順を覚えていた。普通に考えればありえないであろうことをわかっていながらも、ガイゼルは気を悪くした様子はなかった。
「ははっ、そうですね。まあ、この場合はアタルさんよりも私のほうが問題なんでしょうけど……」
できる人がやればいいという考えのガイゼルは馬車を取り付け終わると、苦笑交じりで自嘲気味に呟いた。
「ま、まあ助かってるのは事実だからいいんじゃないか? 準備はできたみたいだからいこう、キャロ」
その笑みに頬をひくつかせながらもアタルは近くでユースタスと触れ合っていたキャロへ声をかけた。以前、キャロは操縦の仕方をガイゼルから教わっていたため、彼女を御者台へと促す。
「はいっ! ガイゼルさん、本当にありがとうございますっ。ユースタスも馬車も大事に使わせて頂きますね!」
乗り込む前に笑顔で一礼したキャロに、ほっこりと胸が温かくなったガイゼルもつられるように笑顔になる。
「ではお二人とも、旅のご無事を」
穏やかなガイゼルからの言葉を背に受けて、アタルとキャロは南の山を目指して馬車を走らせ始めた。
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