第四十一話
「やあ、いらっしゃい。今ちょっと作業中だから待ってくれるかい?」
青年の父親は身だしなみにあまり気をつかわない性格なのか、伸びた髪を適当に結わえて無精に生えた髭をそのままにしていたが、口調はゆったりと落ち着いたものだった。そしてアタルたちの方を見ずに、手元の作業に集中している。
作業の邪魔をする気のないアタルとキャロは何も言わず頷き、その様子を見ていた。アタルはなんの作業をしているのかわからないため、ふと隣にいるキャロを見るが彼女もわからないようで横に首を振っている。
しばらくそのまま待っていると作業が終わったらしく、青年の父親は手を止めて顔をあげる。
「やあやあ、お待たせして申し訳ありません。依頼を受けてくれた方々ですね。私が本当の依頼主のガザルスといいます。こいつは息子のテイルです」
柔らかな笑みを浮かべながらそう言ったガザルスが頭を下げる。父親に合わせるようにテイルも頭を下げていた。
「いや、俺たちは依頼を受けたわけじゃなく、ただ案内をされて来ただけなんだが……」
困惑しているアタルの言葉を聞いて、どういうことだとガザルスは険しい顔でテイルのことを見る。テイルはその視線に一瞬怯んだものの、気を取り直したのかへらりと笑っている。
「父さん、さっき声をかけた時に言っただろ? 冒険者が話を聞きに来たって。ゴーレムの核を何に使うかわからないっていうから、まずは父さんから話を聞いて、実物を見てもらったほうが早いと思って連れて来たんだ」
気の抜けるような笑顔を見せるテイルの言葉にガザルスは呆れたようにため息をついてから、アタルたちに向き直る。
「はぁ、全くお前というやつは。わかりました……うちの仕事の話から始めていきましょうか。うちは見てもわかりづらいと思いますが、魔道具を作っています」
そう言いながらガザルスは先ほど作業していた物をそっと手に取っている。まだ完成品ではないのか一見しただけでは何に使うのかはわからないが、アタルの目にはそれが何かの力を持っているものだという事が見えていた。
「魔道具って普通に作れるのか!? なんか、こう遺跡とかで発掘した技法とかを流用してるとかそういうのだと思ってた」
「アタル様、冒険者ギルドで使われていたものも全て魔道具ですよっ。ただあれだけ細かい作業となると、作り出せる技師がいないと難しいと思われます」
アタルになじみのあるものを例えに出しながらのキャロの指摘を受けて、彼はなるほどと頷いた。
「そうですね、うちではありませんが冒険者ギルドの依頼管理の魔道具やランク管理の魔道具は技師が作成したものになります」
自身の技術を褒められたように感じたガザルスが嬉しそうに微笑みながらキャロの話の補足をする。
「すごいもんだな……それで魔道具を作るのにゴーレムの核が必要になるってことか」
感心したようにつぶやくアタルの推測にガザルスが頷く。
「その通りです。魔道具は魔物の核を使って作ります。それがランクの高い魔物の核であればあるほど、ランクの高い魔道具も作れますので、今回高ランクのゴーレムの核を依頼したというわけなのです。しかし、ゴーレムとなると身体の強度が高くて、なかなか魔物の核を手に入れられる冒険者がいないようなのです。こちらとしても報酬も高めにはしてるのですが……」
困ったようにため息をつきながら、ガザルスはその現状に下を向いてうなだれる。
「その条件は詳しく見ないままここに来たんだが、報酬は金じゃなく魔道具ってわけにはいかないか?」
ゴーレムの核を使うとなれば金以上の価値のある魔道具が手に入るのではないかというアタルの提案に、はっと目を見開いたガザルスが顔をあげる。
「それは、受けて頂けるということですか?」
「報酬次第だけどな。俺たちは金には困っていないから、便利な魔道具が欲しい」
アタルにとってゴーレムがどんなランクの高い魔物だと言っても特に抵抗はなかった。彼の条件提示を聞いたガザルスは、魔道具を報酬にすることになにやら考え込んでいるようだった。
「父さん、他に受けてくれる冒険者がいないんだし、いいんじゃないか?」
悩む父を見たテイルもアタルの後押しをする。アタルたちは知らないが、これまで何人もの冒険者にテイルは声をかけてきていた。しかし、ゴーレムの話を出した途端に断られていたのだ。その依頼を父の魔道具という報酬で手を打ってくれるならありがたいと思っていた。
「……アタル様、アタル様、ゴーレムはその身体が非常に硬いので、武器を壊されることがあるのです」
親子の会話を見ていたキャロがどうしてゴーレムの依頼は断られるのかの予想をして、補足説明をこっそりとアタルへ耳打ちする。
「なるほど、それだといい武器が傷つくと赤字になるのか……」
アタルたちの会話は全てではないが、ガザルスたちの耳に届いていた。彼らもようやく高めの報酬で冒険者たちが食いついてくれないのか理解したようで、それならばと踏ん切りがついたのか口を開いた。
「わ、わかった。魔道具を報酬として用意しよう。依頼を出し直したほうがいいな、テイル頼む」
「了解!」
テイルはガザルスの言葉を受けて元気よく店から飛び出していった。嵐のように去っていったテイルを見送ったアタルたちはぽかんとしていた。
「あー、これは俺たちも行ったほうがいいのか? 報酬が変わったら他のやつも受けるかもしれないだろ?」
「そうですねっ、行きましょう!」
正式に依頼を受けていないアタルとキャロは口ではそういいながらも焦る様子もなく、少しのんびりとした様子でテイルのあとを追いかける。
「す、すいません。そこまで気が回りませんでした。よろしくお願いします」
慌てたように立ち上がったガザルスに見送られ、二人は冒険者ギルドへと向かった。
二人がギルドへたどり着く頃にはテイルは依頼の変更を終えており、やり切った表情でアタルたちに笑顔を向けていた。
そして、ちょうど職員がその変更された依頼を掲示板に張り出すところだった。
「さて、それじゃ依頼を受けるとするか……」
迷うことなくアタルがその依頼の用紙を掲示板から剥がすと、いきなり横から男がアタルの肩を掴んだ。突然のできごとにキャロは驚いて耳がピンとたっている。
「おい、その依頼は俺たちが受けようと思ったやつだ! その紙を俺たちによこせ!」
報酬が魔道具というのが余程魅力的だったらしく、掴んで来た男以外にもいくつかのパーティが目をつけていた。どうやら彼らはテイルが依頼の更新をした時の会話を聞いていたようだった。
「そう言われてもな……これって、早い者勝ちなんじゃないのか?」
譲る気のないアタルは受付にいる女性職員に質問する。彼女は困ったように眉を下げて苦笑していた。
「一応そうなんですが、これほどのパーティが競合するとなるとできれば何かしら譲歩していただけると助かるというのが本音です」
何かしら譲歩、と聞いてアタルはしばし考え込む。
「ふーむ……あんたたちに聞きたいんだが、ゴーレムを倒す自信はあるのか?」
力量を見定めるような視線と共に投げかけられたアタルの質問に、男はぐっと言葉に詰まる。他のパーティも積極的に絡んでは来ないが、それぞれ自信がないようで押し黙っていた。
「うっ、うるせー! そんなのお前には関係ねーだろ!!」
アタルの前にいる男はやけになったのか誤魔化すように大声を出した。
「まあ、それもそうか。……ところでゴーレムってのは何体もいるのか?」
男に興味をなくしたのか今度はテイルへと質問する。まさか話しかけられると思っていなかったのか、テイルは驚きながら頷いた。
「あ、あぁ、確か何体もいると聞いた。だから一体倒しても他のゴーレムに襲われることもあるっていう話だ」
その答えを聞いたアタルは満足げにニヤリと笑った。
「だったら、各パーティがこの依頼を受けるってのはどうだ? 核の数が一番多いパーティが魔道具を報酬としてもらい、それ以外のパーティは核を買い取ってもらって金銭的な報酬を得る。あくまで提案だから、あんたたちが納得して依頼主が了承すればだけどな」
何体もいるのなら魔道具作りに必要な魔物の核が何個あっても依頼主に不利はないはずで、元々金銭で報酬を支払うつもりがあったことからも買取りの支払いを渋ることはないだろうと判断したアタルの提案に、各パーティで相談が始まった。
ちらりと受付の女性を見ても異論が出ないことから、これが譲歩として認められるものだという事が伝わってきた。
「お、俺は父さんのとこに相談行ってくる!」
冒険者たちが依頼にやる気を見せている今が好機だととらえたテイルは、この条件を納得してもらえるか父の判断を仰ぎに慌てたように急いで店へと戻ろうとする。だが彼はすぐに立ち止まることになる。
「俺ならここにいる。そちらの方の提示した条件で俺は構わない。数は多いに越したことはないからな」
ギルドの入り口からちょうど入って来たのは依頼主のガザルスだった。先程店で見せたような穏やかなものとは違う毅然とした態度の彼から了承が得られたことにより、あとは冒険者たちの判断次第だった。
「わ、わかった……それでいこう」
「うちもそれで構わない」
「こちらもだ」
冒険者たちにとっても大きなデメリットはないため、男たちはそれで納得することにしたのか皆それぞれ頷いていた。
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