第四十話
街へ入ったアタルとキャロが冒険者ギルドへ向かうと、二人に注目が集まる。これは新人や見慣れない顔がやってきた時の通過儀礼のようなものだった。
二人はその視線を気にせず受付へと向かう。毅然とした態度でいる二人に集まっていた視線も次第に少なくなっていく。
「いらっしゃいませ、本日はどういったご用件でしょうか?」
丁度空いていた受付の女性職員が二人の対応をする。柔らかな笑みを浮かべた綺麗な女性だった。
「護衛の依頼を達成したので、その報告に。こちらが完了の署名、そしてこれが俺たちのギルドカードだ」
ギルドに入る前に必要そうなものはアタルが準備していた。それを提出すると女性職員は心得たとばかりに受け取ってくれた。
「確認させて頂きますね……」
そう言ってギルドカード、依頼、完了書の確認を順番に行っていく。依頼に関しては、誰がいつ受けたのかは冒険者ギルドのネットワークで共有されるため、他の街でも確認することができる。
「はい、確認できました。報酬はご本人からもらうということになっていますので、お二人のカード情報の更新だけさせて頂きますね」
にっこりと確認が取れたと笑顔を見せた女性職員は魔道具で二人のカードの処理を行っていく。
それも彼女にとって慣れた作業であったからか、数秒で終わり、差し出されたカードを二人は受け取った。
「依頼達成お疲れさまでした。わが街でも依頼はありますので、よければ掲示板をご覧になって下さい」
カードを通して彼らの情報を見ていた女性職員は、二人が魔物の襲来の際に多大な結果を残していることと、そのおかげでランクが一気にジャンプアップしたことも確認できていたため、自然な形で依頼の受諾を勧めた。出来ればこの街でもその力を発揮してほしいという気持ちの表れだった。
「それじゃ、ちょっと依頼を見てみるか」
「そうですねっ」
二人は女性職員に言われるままに受付を離れて掲示板の前で依頼の確認をしていく。ここもそれなりに依頼の数はあるようで、いろんな種類のものが掲示されていた。
「あんたたち見ない顔だけど、この街は初めてかい?」
依頼の紙を見ていた二人に話しかけてくる男がいた。気さくな笑顔を浮かべている彼に、アタルは表情を出すことなくじっと彼の目を見据え、キャロは困ったように耳を下げてアタルの身体にその身を寄せた。
見たところ、年齢はアタルより少し下、十代後半といったところだろうか。背もアタルより低く、どことなくあどけなさが残る青年だった。
「そうだが、何か用か?」
アタルは警戒心を見せるでもなく、ただ質問を返す。感情の乗っていないその声音は淡々としている。
「いや、よかったら色々紹介でもしようかと思ってな……ただの親切心だから、金をよこせとか言わないから安心してくれ」
警戒されたんじゃないかと苦笑交じりながらも、青年の笑顔はその言葉をすんなりと信じさせるようなものだった。だがアタルが全く気を許していないのもあるのか、キャロは警戒を解くことなく、じっと様子をうかがっている。
「そうか……街はあとで散策するつもりだからいいとして、何かいい依頼でもあったら教えてもらいたいものだな。これを見ても、地名だとかこのあたりの魔物の名称を見てもよくわからん」
アタルは彼の笑顔にどこかうさん臭さを感じていたため、長時間一緒にいなくてもすむように無難かつ、この場で答えられる質問をする。
「そうだなあ……どうやらあんたたち、二人だけで護衛依頼をこなしていたようだから腕前には自信があるんだろ? だったら、あの依頼なんかどうだろうな」
掲示板を見ながら少し悩んだ青年が指差した先にあったのは、ゴーレムの核を集める依頼だった。
「この街から南に行ったところに山があってね、そこにある洞窟の奥に潜ったところにゴーレムが出る場所があるんだ。この依頼はそいつらを倒して核を手に入れるというものなんだが、こいつらが結構強くてね。なかなか核をとってこられる冒険者が少ないんだ」
わざとらしく困ったような笑みを浮かべながら依頼の説明を始める青年に対して、アタルとキャロは一つ疑問を持っていた。
「なるほどな。依頼についてはわかった……で、なんでこれを俺たちに薦めるんだ?」
どこかこの青年の笑顔にずっと違和感を感じていた二人が感じた疑問はこれだった。
「……そうなるよな。はぁ、これですんなり受けてくれれば、と思ったんだけど……そうは簡単にはいかないか」
自分でもわざとらしかったかと青年はそう言ってがっくりと肩を落としていた。
「何か……事情があるんでしょうか?」
その様子から青年が悪い人物ではなさそうだと思い始めたキャロがそっと助け舟を出す。
「そうなんだよ! よくぞ聞いてくれた!!」
その質問を待っていたばかりに青年は勢いよく顔をあげると、素直に理由を話し始める。
「実はさ、こんな場所で声をかけたけど、俺、実は冒険者じゃないんだよね。そして更に言うと、その依頼……俺が出したものなんだ。正確には父さんに頼まれて俺が出したんだけど」
申し訳なさそうに頬をかきながら青年が告げたそれには当初の胡散臭さなどが感じられず、アタルたちも話を聞こうという気持ちになった。
「さっきも話したけど、ちょっと事情があってゴーレムの核が必要なんだ。でもそれをとって来られる冒険者がなかなかいなくてね。だから俺のほうで、有力そうな冒険者に声をかけて依頼を受けてもらうように営業活動をしているんだ」
青年の話しぶりからするに本当に困っている様子が伝わってくるほどこの依頼は難しい物なのだろう。
「なるほどな。それでそのゴーレムの核っていうのは何に使うんだ?」
困っている人を無下にするほど非情ではないアタルはそう聞きながらちらりとキャロを見るが、彼女もそのことについて知らないようでふるふると首を横に振っていた。
「あー、そうだよな……説明するのはいいんだけど、多分実際にものを見てもらったほうが早いな。よかったらうちの店に来てくれないか?」
青年の誘いに、アタルとキャロは一度顔を見合わせてから頷く。なんとなく青年の話を聞いてみてもいいかと思えたのだ。
「よし、それじゃついて来てくれ」
このチャンスを逃したくないといわんばかりに勢いよくギルドから出て行く青年のあとを二人は急ぐことなくついていく。
それとなく一連のやりとりを見守っていた受付の女性職員は二人の背中を残念そうな表情で見送っていた。
「あぁ、彼らなら依頼を受けてくれるかと思ったのに……」
有望な冒険者には、それなりの依頼を。そう考えていたため、彼女はしょんぼりと肩を落としてため息をついた。
「こっちだこっち」
一方、ギルドを勢いよく飛び出した青年は時折後ろを振り返り、アタルとキャロがちゃんとついて来ているかを確認しては手を振りながら大きな声で声をかける。
「そんなに振り返るなら、少し速度を落としてほしいもんだけどな」
「ふふっ、話を聞いてくれるのが余程嬉しいみたいですね」
そんな彼を見たアタルは呆れながらも歩く速度は変えなかった。その隣を歩くキャロは楽しげな笑みを浮かべながらふわふわと耳を揺らしている。
「ここがうちの店だ、入ってくれ。おーい、父さん! 冒険者の方が話を聞きにきたよー」
ようやく目的地に着いたのか、アタルたちが追いつくまで待っていた青年は中へ入るなり、大きな声で父親に呼びかけていた。
「おー、工房のほうにいるから入ってもらってくれ」
このやりとりはいつもなのか、奥の方から父親らしき男性が返事を返すのが聞こえた。
その間、アタルたちは外から店の外観を一通り見ていた。
「店って言ったけど……なんの店だ?」
「お名前とかそういったものがどこにも書いてありませんね……」
「おーい、二人とも早く来てくれ」
ざっと見たところ、看板などもない店と呼ばれた場所。青年の姿を探して店の中に入ってもいまいちなんの店かわからなかったが、奥の方から青年が急かすため、置いていかれないように二人は慌ててその方向へ進んで行った。
案内された先では、父親らしき人物がなにやら作業の最中だった。
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