第三十四話
「こっちについてこい」
大股で歩いていく男についていくと、ほどなくして裏庭に辿りつく。
そこはかなりの広さがあり、試し切り用の人形などが置かれていた。恐らくここで作った物の仕上がりなどを確認したりするのだろう。
「ここなら多少暴れても問題はない、好きな武器をとれ」
裏庭の端には棚があり、乱雑に木製の武器がいくつも置かれていた。
「それでは私はこれを」
一通り見たあとにキャロが手にしたのは短剣サイズの木剣二つだった。
「俺はこれでいかせてもらおう」
手慣れたように男が選んだのはハンマータイプの武器だった。大きなそれを軽々と持ち上げ、肩に柄の部分を乗せながらキャロのことを睨み付けた。
「準備ができたら、そこに立て」
そして顎でくいっと指し示すように広場の中央を指定した。
「うちの人がすいません……。本当にあの人頑固なもので……でも、あなたはわかって挑発したんですよね?」
キャロ達から少し離れたところで申し訳なさそうにしながらも確信を持っていた女性店員がアタルに尋ねる。
「わかっていたか。まあ、わざとあからさまに言ったからな」
「ということは、やはり自信があるんですか。ふふ、なかなか悪い方みたいですね」
悪びれる様子もなく認めたアタルの様子に女性店員は微笑んだ。彼女はこの戦いはただの男の意地で、店としては損害を被るだけなのだろうと薄々分かっていたのだ。
「……そろそろ始まるみたいだぞ」
「そうですね……」
いつもの明るさはなりをひそめ、キャロの瞳には静かな闘気が宿っていた。向かい立つ男はいまだ彼女の力を舐めており、一瞬で勝負を決めてやろうと思っていた。
アタルと女性店員が注目するなか、キャロと男の戦いが始まる。
「それじゃ、試合開始だ!」
「いきます!」
大きな声で男がそう宣言すると、短剣を構えたキャロは素早く踏み込み、走り出していた。
「くらえ!」
それを待っていたかのように男はハンマーを振りかぶり、勢いよく向かってくるキャロ目がけて力を込めて振り下ろす。その速度は巨大なハンマーを使っているとは思えないほどの速さだった。
しかし、ハンマーが完全に振り下ろされた時には既にキャロは横に回り込んでいた。
「当たりません」
そうキャロが口にした時には、攻撃を完了しており、ひたりとナイフを首にあてていた。自分の攻撃が遅いとは思っていなかった彼は一瞬の隙を作ってしまったのだ。
「ま、まいった」
勝負は一瞬でついた。あまりにも一瞬のできごとに男は呆然としながらも白旗をあげた。
「……あの子、強いですね」
少し空いた口を手でおさえている女性店員も呆気にとられていた。キャロの小さな体は確かに素早そうだとは思っていたが、それをはるかに上回る動きをして見せたのだ。
「これで俺たちの勝ちだな。約束通り解体用のナイフを作ってもらうぞ」
にやりとしながらアタルがうなだれる男に声をかける。だが男は顔をあげることなく、なにやらふるふるとその身を震わせていた。
「……さい」
「なんだって?」
下を向いたままの男がぽつりといった言葉をアタルが聞き返す。
「うるさい! 俺はお前に負けたわけじゃない、この嬢ちゃんに負けたんだ! それを横から偉そうに!!」
がばりと顔をあげたと思った瞬間、急に逆切れした男にアタルは口をあけて驚いていた。
「だいたい、なんだっていうんだ……解体用のナイフ? そんなものそこらで買えるだろ。わざわざ俺が作らなくったって……」
ぶつくさと愚痴を漏らすように不満げに顔を歪めてそこまで言ったところで、男は言葉を失うことになる。
それはバシーンという音とともに女性店員が彼の頭を思い切り叩いたからだった。周囲に気持ちの良いまでの音が響き、一見穏やかに見えていた彼女の変貌にキャロもアタルも呆気に取られていた。
「負けたんだからちゃんと認めなさい! それにこの人があの子よりも強いのは見ればわかるでしょ!」
実は彼女も元冒険者であり、アタルのことは見た瞬間から強いと感じ取っていた。だからこそうじうじと言い続ける男の態度に納得がいかなかったのだ。
「うぅ、わかったよ。今言われて、ちゃんと見てわかったさ。だけどよ……やっぱ負けると悔しいじゃねーか」
それでもぶちぶちと文句を言う男に対して、再び女性店員の一撃が繰り出される。
「いつまでもぐだぐだ文句を言わないの! あなたが勝手に賭けをして、負けたんだからちゃんと言ったことは守るの! さあさあ、さっさと早く作業にかかりなさい!!」
「わ、わかったよ」
急かされる形でとぼとぼと男は工房へと向かって行った。
それを確認するとぱっと笑顔を見せた女性店員が振り返る。
「改めまして、私は受付とあの人の尻叩き担当のローズと言います。あいつは小人族の職人のラーダです。一応私の旦那なんですが……すぐ熱くなったり、妙なプライドがあって困るんですよね」
そうからっとした笑顔で説明する女性店員ことローズは人族で、身長は160cmくらいであり、さっぱりした美人といった印象だった。
「あっ、なんで人族の私が小人族のあいつとって思ってますね? まあ同じパーティにいた時からの腐れ縁ってやつです」
アタルたちは何も聞いていないのだが、ぽんぽんとローズは喋り続けていた。
「そうそう、勝負に負けたからって作るものはちゃんとしてるから安心して下さい。そればっかりは一番の拘りらしく、仕事を引き受けたからにはちゃんとしたものを作り上げるという信念があるんです」
思い出したように続けるそれはラーダの腕を保証するもので、アタルの懸念事項も解消されていく。
「あ、他にも武器が欲しかったら相談に乗りますよ。あら、でもとりあえずは現状の装備で満足しているようですね、満足できなくなったらまた来て下さい。あんなやつですけど、鍛冶の腕は確かなので」
アタルたちに口をはさむ間を与えず次々に話していくローズに、二人はすっかり呆然としている。
「あらあら、もしかして話し過ぎでしたか? どうもくせみたいなもので、いい仕事を受けた時は饒舌になってしまうんですよ」
嬉しそうに微笑む彼女はアタルの依頼をいい仕事だと考えているようだった。
「だって、そうでしょ? 私にはお二人はどんどん伸びる有望株に見えます。となれば今後、依頼をこなしていくうえで新しい武器が必要になることもあるでしょうし、その武器だって実力に見合ったものになるはずです。そうなると、金額ももちろん……」
つい緩んだ頬と共に本音が最後に出てきたため、はっとしたローズは表情をただす。
「と、まあ、あの人のやる気にも繋がりますし、有力な方とのつながりは願ったりかなったりですよ」
ぴしりと人差し指を立ててここまで言い終えたローズはようやく一息ついた。
「……なんかすごいな。圧倒されっぱなしだ」
「……びっくりです。最初はもっと落ち着いた方だと思ってました」
二人はローズの最初の印象をひっくり返すほどの良い拳と喋りっぷりにただただ圧倒されていた。
「す、すいません……。それよりも作業はしばらくかかると思いますので、また明日こちらに寄っていただくのでも大丈夫でしょうか?」
鍛冶作業は時間がかかり、更にラーダの満足できるものとなると一晩かけてもできるかも怪しかった。しかし、ローズには何か確信のようなものがあったため、あえて期日を明日に指定していた。
「あぁ、むしろそんな早くできるのかと驚くところだ」
人は見かけによらないとはまさにこのことなのだろうと思いながらアタルはそう言うと、念のため自分の名前と宿をメモしてローズに渡し、キャロと一緒に店をあとにした。
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