第三十二話
二人が武器屋から出ると、そこへ行く手を塞ぐように一台の品の良い馬車が二人の目の前で止まった。
「なんだ?」
足早に馬車から降りて来たのは領主のグレインだった。
「アタル殿、ここにいたのか。よかった……君たちも戦いに参加していたと聞いていてもたってもいられなくなってね」
二人の無事な姿をみてほっとしたようで、グレインは心の底から安堵している様子だった。
「あー、心配かけてすまなかったな」
まさかわざわざ領主自らが安否を確認しに来るとは思わなかったため、アタルは面くらっていた。
「全くです、アタル様。私もお父様もギールも気が気ではなかったのですからね」
グレインの後ろから飛び出すようにして降りて来たのはアーシュナだった。領主の娘である彼女まで同行していたことにアタルは更に驚くことになる。
「まさか、二人そろってとはな」
「び、びっくりです……」
突然の領主親子の登場に慌ててアタルの背に隠れるようにしつつ、キャロも目を丸くして驚いていた。
「なんにせよ話を聞かせてほしい、ほら二人とも乗ってくれ」
さあさあと背中を押されて、グレインの押しに負けた困惑しながらも二人は馬車に乗り込むこととなる。
「あなたがキャロちゃんね。お父様から聞いていた通りとっても可愛いわ! 私はグレインの娘のアーシュナよ、よろしくね」
にっこりと笑顔を見せてアーシュナはキャロへ気さくに握手を求めてくるが、奴隷の自分が領主の娘に触れてよいものかとキャロは困っていた。思わず隣にいたアタルへと視線を向けると、彼は穏やかに微笑んでいた。
「キャロ、いいんだ」
優しい声音のアタルの言葉を受け、へにゃりと耳を垂らしつつ、キャロはおずおずと右手を差し出した。
「うんうん、やっぱり可愛いわ!」
困惑して怯えた様子のキャロに母性をくすぐられたアーシュナは、興奮気味に飛びついて彼女の頭を撫でた。こんな風にされたことのないキャロは、アーシュナの腕の中で混乱しながらされるがままになっている。
「……あんまりキャロをいじってやらないでくれ。領主の娘ともなるとどう対応していいか困ってるみたいだからな」
苦笑交じりのアタルの指摘に、はっとしたように我を取り戻したアーシュナは慌てて手を離した。
「ご、ごめんなさい。そうですよね、他から見たら私は領主の娘でしたわ……」
領主の娘という自分の立場を忘れて、領民の目線になって親身に話ができるのは彼女の長所であり、また短所でもあった。アーシュナの隣にいたグレインは娘の様子を温かく見守っている。
「キャロ、あんまり気にしなくて大丈夫だ。彼女は色々を気にしないタイプだからな、といってもどうこうするのは無理かもしれないが」
安心させるようなアタルの言葉に奴隷としての引け目があるキャロは、それでも少し困った表情になっていた。
「あなたが私に何か言ったからといって、あなたたちに何かすることはないわ。危害を加えられたりしたらその限りではないけれど。アタル様は私にとって命の恩人だから、その従者のあなたも大事なお客様なのよ」
ふんわりと柔らかな笑みを浮かべて奴隷である自分を大事な客だと言ってくれるアーシュナに、相変わらずキャロはどう反応していいのか困っていた。だがこみ上げる感情にこらえきれなくなったのか、みるみるうちにキャロのその目には涙が貯まっていた。零れ落ちそうなくらいあふれだした涙はキャロの大きな瞳を揺らしている。
「えっ!? ど、どうして泣いているの? ア、アタル様、私、何かしてしまいましたか!?」
突然のことに驚いたアーシュナは困ったような表情で慌ててアタルに助けを求めた。
「あー……いや、そういうんじゃないんだ。まあ、キャロも悲しくて泣いているわけじゃないからしばらくこのままにしてやろう」
アタルはキャロが泣いている理由が想像できたため、彼女の頭に手を置いて優しく撫でることにした。ぽろぽろと零れ落ちる涙をぬぐうキャロの表情に暗さはなかった。
「アーシュナ、彼女のことはそっとしておいてやろう」
グレインも同じように理由がわかっていたため、穏やかに微笑みつつ、娘に優しく声をかけた。キャロのこれまでの境遇を思って心を痛め、どこまでも真っすぐな娘の純粋さに心が温まっていたようだ。
やがて馬車が領主の館に辿りつくと、すぐに館からギールが慌ただしく出て来て迎えてくれる。
「ア、アタル様! ご無事でなによりです。よかった、本当によかった……」
アタルたちの姿をみて心の底から喜んでくれるギールに、アタルも自然と笑顔になっていた。
「ギールにも心配をかけたな。俺もキャロもこの通り無事だ」
馬車を降り、一緒に降りたキャロの背中を支えながらギールに返事をする。
「ご心配して頂きありがとうございます」
この頃には涙も落ち着いたキャロもぺこりと一礼してギールへと礼を言う。うっすら目元が赤らんでいたことにギールは気付いたが、彼らの雰囲気が暗くないこともあり、あえて気付かないふりをした。
「旦那様、お二人はこのまま応接室に向かってもらってよろしいのでしょうか?」
執事としての表情に切り替わったギールの確認にグレインは大きく頷く。
「あぁ、私たちは着替えてくるから先に二人を案内しておいてくれ。すまないが、少しギールと話をしていてくれるか」
グレインとアーシュナは自宅用の服装に着替えるためにそれぞれが自室へと向かう。領主ともなると出かけるたびにそれなりの恰好をしなければならないのだろう。
「それでは不肖ギールがお二人のお相手をつとめさせて頂きます。ささっ、応接室に参りましょう」
ずっと心配していた二人が無事であることに、ギールのテンションは上がっているようだった。
案内された応接室では、戦いについて興奮冷めやらぬギールから質問攻めにあっていた。
ギールの勢いにおされつつも質問に二人が答えていると、着替え終えたグレインとアーシュナの二人が応接室へとやってきた。
「待たせてすまなかったね。退屈しなかったかい?」
「何をおっしゃいます、旦那様。私がお相手をさせていただいてるのです、退屈などさせるものですか」
いたずらっ子のような表情のグレインの言葉に執事の表情に戻ったギールが胸を張って答える。
思い返してみると、ギールの聞き方は心地よく、自然と話を引き出されていたことに気付く。
「……確かに、退屈はしなかったな。気持ちよく話せていた気がする」
「ギールさんすごいです!」
いろんな話をしていた割につかれていないことに気付いた二人はギールの話術に感心していた。
「ふふっ、そう言っていただけると光栄です。それでは私はこれで失礼させていただきます」
妖艶に微笑んだギールは四人に頭を下げると静かに部屋を出ていった。
「さて、アタル殿。話を聞かせてくれるかな? ギールに話して私たちにと二度手間かもしれないが、よろしく頼む」
グレインに頷くとアタルは依頼を受けるまでの経緯、受けてから戦いが終わるまでの流れを順をおって話していく。
一緒に話を聞いていたアーシュナは何度も途中途中で興奮して立ち上がるが、そのたびにグレインに注意されて頬を赤くしながら着席していた。
ただ、グレインも熟練した自制心が働いたために立ち上がることはなかったが、心の中では気持ちが昂っていた。ついつい話を聞いている間に身体が前のめり気味になっているのは、元冒険者であるがゆえにあれだけの戦いともなると身体がうずくのだろう。
「と、まあ、それで武器を買って店を出たとこで二人に会ったというわけだ」
「はぁ……アタル殿が強いとは話に聞いていたがそれほどの力があるとは……」
感動するように息を吐いたグレインはソファの背もたれに体重を預けながら言う。
「最初からギガントデーモンが来てたら危なかったかもしれないが、その前に大量に魔物が来たことで戦力になる人数も絞れたし、俺の方も準備をする時間がとれたからな」
もし最初の段階でギガントデーモンが現れていたら、多くの冒険者がやられることになり、その他に押し寄せてきていた魔物の大群すら倒しきれなかったかもしれない。
また、アタルの武器である弾丸ポイントをたくさん使用する特殊弾も準備できなかったかもしれない。
これは謙遜ではなく事実だったが、グレインたちにはそう捉えられなかったようだった。
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