第二百八十七話
注文を受けたバンブは厨房に移動すると、早速調理に取り掛かる。
肉を焼くいい匂いが漂ってきて、ここまでに何軒か寄ってきてそこそこお腹が満たされているはずの二人の食欲を刺激する。
座っていた二人だったが、空腹を感じソワソワし始めている。アタルにいたっては落ち着かず、店の中をウロウロしている。
しばらくすると、バンブが料理を持ってやってきた。
「ん? 何をやってるんだ? 肉が焼けたぞ?」
「あ、あぁ、悪い。ちょっと店の中を見させてもらっていたんだ」
声をかけられたアタルは慌てて席に戻る。
「さあ、食ってくれ。ナイフとフォークはその籠に入ってる」
二人は促されるままにステーキをカットして口に運ぶ。
その瞬間、二人は目を大きく見開いて驚く。
「!!!!」
「????」
口に入れた瞬間、肉は溶けてなくなり、いつの間にかごくりと喉を鳴らして飲み込んでいた。
「こ、これは!」
「消えてなくなりました!」
二人の反応を見てバンブはニヤリと笑う。
「さあさあ、遠慮なく食ってくれ」
そう促される間もなく、二人は次々にステーキを口に運び、そのたびに感動に打ち震える。
「美味かった」
「とても美味しかったです」
空になった皿を見つめながらアタルとキャロは名残惜しそうにしている。
あれだけ美味しかったステーキがもうない、このことは二人に寂しさを覚えさせていた。
「ほら、追加を持ってきた。食うだろ?」
当然だよな? とバンブは新しいステーキを焼いてテーブルまで持ってきていた。
大きく頷いたアタルは、追加のステーキもあっという間に食べ終えてしまった。
「ふう、満足だ。いや美味かった。まさかこの店でこれだけのものを食べられるとは思わなかったよ……まさかこんな料理を出す店がこんなに閑散としていのは……不思議ではない、か」
アタルは料理の味を思い出し、店を見渡し、最後にバンブの顔を見て納得した。
「ん? なんでうちの店が繁盛しないのかわかるのか? 何年も考え続けてるんだが、未だわからない」
腕を組んで首をひねるバンブが本気で言っているのはアタルたちにも伝わっている。
「……その原因はあとで話すとして、いくつか確認したいことがあるんだがあんたは肉料理以外もできるのか?」
アタルは何か考えながら質問する。
「んあ? あぁ、まあな。この店は肉料理専門店にしているからステーキだけにしているが、ひと通りの料理はできる。なんでも得意だ」
それを聞いて、アタルはアイデアが浮かんでいた。
「よし、わかった。それじゃああとでまた来る」
そう言って立ち上がると、アタルはすぐに店を出て行く。キャロもぺこりと頭を下げるとすぐにアタルの後を追いかけていった。
「ふむ、俺の料理を褒めてくれたから悪い奴じゃなさそうだ……また来るだろ」
バンブは飛び出ていったアタルたちのことを気にはしておらず、黙々と片づけを始めていた。
「アタル様! 何か思いついたんですねっ!」
「あぁ、まずは戻ってバルたちと合流するぞ」
足早に店に向かうアタル。その表情を見て、キャロはきっとこれからアタルのすごいところが見られるぞと嬉しくなっていた。
店に到着すると、バルキアスとイフリアが店の軒先でくつろいでいる姿が見えた。
「バル、イフリア、ご苦労さん」
アタルとキャロを見つけると、バルキアスとイフリアが駆け寄ってくる。
『む、むむむ!』
『なんと!』
しかし、飛びつくかと思って構えていたアタルとキャロの手前で二人がぴたりと止まる。
「どうした?」
「どうかしましたか?」
その様子にアタルもキャロも首を傾げる。
『二人から美味しい匂いがする!』
『うむ、二人だけで美味いものを食べてきたな!』
二人の服には食事の匂いがついており、バルキアスとイフリアはそれに反応していた。
ふんふんと鼻を鳴らしながら匂いを嗅いで抗議している。
「あぁ、何軒か食堂やらレストランやらの様子を見て来たからな。もちろん食事もした。……これは仕方ないことだぞ?」
「ですね、勉強のためですからっ」
アタルの言葉にキャロが同意する。
『うーん、そうなんだけど……一番新しい匂い……これは、なんか許せないくらいにいい匂いがする』
『うむ、その通りだ。二人に思わず噛みつきたくなる匂いだ』
アタルとキャロから感じる匂いは、我慢できないほど良い匂いであるらしく、バルキアスもイフリアも今にもとびかからんという気持ちを抑えていた。
「あー、バンブのところの匂いか……。確かにあいつのところのステーキは別格だったな。まーてまてまて」
やはりとぐるぐる苛立ちに唸り始めたバルキアスをアタルが止める。
「俺たちが行った店のシェフにはまた会うことになるから、その時に料理を作ってもらおう。その前にお前たちからも聞きたいことがある。……ったく、わかったよ。まずは匂いをなんとかしよう」
思っていた以上の二人の食いつきぶりにため息交じりのアタルは生活魔法を使って自分とキャロの匂いを消臭する。
「うん、匂いが消えましたね!」
キャロは自分の服とアタルの匂いを嗅いで、バルキアスたちは残念な表情になっていた。
「ったく、お前たちはどっちがいいんだよ。それよりも話を聞かせてくれ、俺たちがいない間この店を監視しているやつや怪しいやつはいなかったか?」
その質問をすると、バルキアスは表情を切り替えて今日一日あったことを思い出していく。
『一日店を守っていたけど、何人かが様子を見に来ていたよ。遠くから見ていた人もいたってイフリアがいってたよ』
『そうだな、恐らく同業者が何人か、それとは別に武装をしている者も店を伺っていた』
その報告を受けて、アタルはなるほどと頷いていた。
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