第二百八十六話
仲直りをした二人はまだしばらく話をしていくとのことで、アタルたちは二人を残してひと足早く店を出ることにした。
「キャロ助かったよ、俺が間に入っても男だとカドが立つこともあるからな」
「いえいえ、お役にたててなによりです。でも、立場あるお二人に対して不敬な物言いをしてしまったのではないかというのが心配です……」
子どもっぽく見えるやりとりをしていても、セイラもフランフィリアもギルドマスターであるため、ハッキリ言うのは失礼ではなかったかとキャロは耳を垂らして心配していた。
「気にしなくて大丈夫だろ。そもそも、もめだした二人のほうが悪い。それよりも、俺たちは本来の目的のために動かないとだぞ」
ぽんぽんとキャロの頭を撫でてなだめた後、アタルはセイラからもらったメモを確認する。
「まずは、この店から行くぞ……ってキャロはいいとしてイフリアはまずいか。イフリア」
アタルは名前を呼んだだけだったが、イフリアはその意図を理解していた。
『では、私はバルキアス殿の手伝いに行くとしよう』
一つ頷いたイフリアはそう言い残すと飛び立って、バルキアスがいるはずの店の上空へと向かって行った。
「さあ、俺たちは俺たちの仕事だ」
「はいっ」
アタルとキャロはメモをもとにレストランや食堂をめぐっていく。
料理の美味しい店、雰囲気のいい店、接客が素晴らしい店、価格がリーズナブルな店、可愛い店員がいる店、大通りに面していて目に留まりやすい店、客引きや宣伝が盛んな店。
それぞれに特徴があり、人気のある理由は異なっていた。
「どこも人を惹きつけるものがありますね。それぞれの売りというものがあって、それを各店が理解してしっかりとぶれずにコンセプトだててやっているようです」
どこも人気の理由がわかる――それがキャロの判断だった。
「あぁ、俺も同じ意見だ。そして全ての店で共通して、また行ってみたいと思えた」
アタルはキャロの意見に賛同し、更にリピーターになってもいいと考えていた。
「キャロ、次はあんまり楽しくないかもしれないぞ」
「承知しています。でも、アタル様とならどこにいっても楽しいと思いますっ」
アタルが次にどこに向かうのかをキャロはわかっており、笑顔で返事をする。
「ははっ、そう言ってくれると助かるよ。まあ、二人きりでゆっくり街を散策っていうのも久しぶりだから悪くないな」
アタルはそう言い、照れ隠しにキャロの頭を撫でる。
「はいっ! アタル様と一緒だからすっごく楽しいですっ!」
キャロも顔を赤くして照れていたが、隠さずに真っすぐアタルへと向けていた。
そんな二人がこれから向かう先は、セイラに教えてもらった人気店とは正反対の不人気店だった……。
「まずは、あの店に行ってみよう」
そこは大通りに面しているため立地条件が良い。外観も古臭さはなく、綺麗なつくりをしているように見える。
食事のジャンルは肉を使った料理がメインであるらしいのは外に掲示してあるメニューからわかる。
ただ一つ気になる点としては、周囲にある他の店が繁盛しているにも関わらず、なぜかその店だけが閑散としていた。
カランカランというベルの音と共に店の中に入る二人。
扉にはオープンとかけ札があり、店内には灯りの魔道具がついている。
にも関わらず、店の中には誰もいなかった。
「買い出し、でしょうか?」
中をきょろきょろと身ながらキャロが好意的な解釈をする。
「さぼってるだけとか?」
アタルは接客すらもさぼる店なのか? と怪訝な表情になる。
「あの、すみませんっ!」
少し大きめの声でキャロが呼びかける。
その数秒後、店の奥からノソリと大柄のゴリラの獣人が現れる。彼が恐らく店主だと思われる。
あちこち汚れたエプロンを身に纏い、無骨な雰囲気を纏っている。
「ああん? なんだ? お前らは何者だ?」
店主は高圧的な態度でアタルとキャロを睨みつけてきた。
(これは参考にならなすぎるな)
(さすがに閑散としすぎてました)
この店がなぜ繁盛していないのか、この数秒で理解できた。
「俺たちは客だ。この店は食堂なんだろ? だったら、見慣れない人物がやってきたら客だと思うのは普通なんじゃないのか?」
アタルが説く当たり前。それすらも理解できないのか? とやや挑戦的な視線でそれを口にしていた。
「……………………あぁ、言われてみたらその通りだ。すまない、長いこと客なんてこないからすっかり忘れていた。俺はこの店の店主でシェフでウェイターのバンブだ。逃げずに説明してくれてありがとう」
これまでに逃げた客がいたのだろうか、ぼりぼりと頭を掻いたバンブは素直に謝罪すると同時にアタルに感謝をしていた。
「はぁ、変なやつだな。それで、俺たちは食事をしたいんだが頼めるか?」
アタルは変わった店主だと思いつつも、彼に興味を持ち始めていた。
「あぁ、問題ない。そもそも、ここは食堂だからな。食事を提供するのが当然のことだ」
先ほどまで、アタルたちを客と認識していなかったバンブからの言葉にアタルは思わず右手で顔を覆う。
「ア、アタル様、席に着きましょう! ほ、ほらメニューがありますよ!」
そう言ってテーブルにあったメニューを手にするキャロ。
「うむ、決まったら呼んでくれ」
バンブはそう言うと少し離れた席にドカッと座る。バンブの巨体にも耐えられる、しっかりとした作りの椅子だった。
「選ぶといっても……」
「ですね……」
長い間放置されているかのように黄ばんで薄汚れたメニューに書かれているのは、ドリンク各種。そして、ステーキだった。
種類はあったが、肉の量の違いしかなかった。
「……あー、注文いいか?」
「うむ、任せろ」
結局、アタルが注文したのは中サイズのステーキ、キャロは小サイズのステーキだった。
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