第二百八十五話
一行は、以前セイラに案内してもらった店にやってきていた。
「――それで、私を訪ねてきたということは、なにか御用があったんですよね?」
奥の個室に案内され、それぞれに飲み物が届いたところで真剣な表情のセイラが質問する。
「あぁ、そうだったな。そんなに大した用事じゃないんだけど、思っていた以上の騒ぎになってしまったな」
アタルは先ほどのギルドでのやりとりを思い出して、困ったものだなと眉間を軽く押していた。
「あ、あれは、すみませんでした」
「私も、すみませんでした……」
立場のある人間が、二人揃って大人げない行動をとってしまったため、冷静になった今は反省をしているようだった。
「キャロのおかげで静かになったからいいんだけどな。それよりも、俺たちの用事の話だったな……この店もそうだけど、セイラならこの街のレストラン、食堂、屋台、そう言った食事処で、繁盛している店を知っているんじゃないかと思って聞きに来たんだよ」
アタルの話を聞いたセイラとフランフィリアは一瞬キョトンとしたのち、ひと息つくと椅子の背もたれに体重を預ける。
アタルのことだから難しい案件を持ってくるのではないかとタカをくくっていた。
しかし、話というのは人気店を教えてくれというこの街のグルメガイドであったため、肩透かしをくらった感じになっていた。
「その反応は予想していたが、それはそれとして色々店を教えて欲しい。どういう店が売れていて、どういう店が売れてないのか。どういう店が人気があるのか。そういうのを教えて欲しい」
だが、アタルは真剣な表情で頭を下げて頼んだことで、セイラの表情は引き締まる。
「何か理由がありそうですね……わかりました。それでは、私が知るこの街のお店の情報をお教えします。本来なら門外不出ですからね!」
意気揚々とそう言うと、セイラは手帳をどこからか取り出した。
「高級店、大衆店、レストラン、食堂、喫茶店、屋台、どこから教えたらいいかしら……」
ぼそぼそと独り言を言いながらセイラは手帳をめくり、参考になりそうな気になった店に付箋をつけている。
「これは」
「頼もしいです!」
アタルもキャロも頼む相手が正解であったことを喜んで、彼女が店を教えてくれるのを期待して待っていた。
この街に詳しくないフランフィリアは静かに飲み物を口にしながらそれを見守り、話題に興味のないイフリアはそんなフランフィリアの膝の上でのんびりとくつろいでいた。
セイラは自分の手帳に記載されている店を、いくつかの分類にわけて場所と特徴と評価を記してまとめていく。
手が止まることなく、スラスラと、ずらずらと書かれていくそれをアタルとキャロは感嘆の思いで見ていた。
セイラが全てをまとめ終わる頃には、二時間が経過していた。
その間、あーでもないこーでもないと独り言を言いながら作業をしていたセイラの集中力には、アタルもキャロも思わず息を呑んでいた。
「ふう、これで完成です。まずこちらが、高級店になっています。その中でも評判のいいお店です。次にこちらは一般的な大衆店ですが、その中でも行列ができるほどの人気店になります。こちらは同じく大衆店ですが、行列とまではいかないまでもリピーターが多くいつも一定のお客がいます」
セイラの基準ではあったが、ジャンル分けされた情報はとてもありがたいものだった。
「これはすごく助かる。やっぱりセイラに頼んで正解だったな」
「はい、さすがギルドマスターさんですっ!」
「いえいえ、そんなことありますかね。うふふっ」
アタルとキャロに褒められて満更でもない様子のセイラだった。嬉しそうに微笑んでいる。
「……ギルマスのセイラがお店に詳しいのは、それだけ本業をさぼってるからよね。普通、そこまで詳細に情報を集められるわけがないもの」
しれっと放たれたこのフランフィリアの言葉で、空気がピシッと固まる。
「ふーらーんちゃーん? 凍りつかせるのは魔法だけでいいのよ? 空気まで凍りつかせるなんて、魔力が漏れているんじゃないかしらぁ?」
「あらあら、ちょっと図星をつかれたくらいで人のことをどうこう言うなんてギルドマスターとしての器がなっていないのではないかしらね?」
二人はどちらとも笑顔だったが、目の奥には炎が燃え上がっていた。
二人は仲良しであると同時にライバルでもあったため、普段は良好な関係だったが、ひとたび揉めると敵対心をむき出しにすることがあった。
「大体フランちゃんは昔からそうよね! 自分が話に加われないとすぐに拗ねちゃって!」
「そういうセイラこそ、隙あらば食べ歩きに行く癖は昔から変わらないようね! こんな人がギルドマスターだなんて、この街の冒険者たちが可哀そうだわ」
互いが互いの痛いところをついているため、言葉が止まらない。
「そういうフランちゃんこそ、こんなに遠くの街までわざわざやってきて街の冒険者たちは放置なのかしら?」
「ふふん! うちは冒険者も職員もみんなしっかりとしているから、私がいなくても問題なく動けるのよ! どこかの冒険者と違ってね!」
どんどんヒートアップしていく二人を見てアタルは苦笑してキャロに視線を送る。
表情を引き締めたキャロは頷くと立ち上がって二人を見る。
そして、ギルドの時と同様にキャロがパンッと両手を叩き合わせる。
その音は高く、部屋に響き渡り、熱くなっている二人をビクリとさせる。
「お二人とも……仲がよろしいのはわかります。昔馴染みだから、色々と相手のことを知っているのもわかります。だから、ついつい言い過ぎてしまうのも、それもわかります。ですが、お二人は立場ある方々なのですからもう少し節度というものをわきまえたほうがよろしいかと」
毅然としたキャロの指摘はもっともであるため、二人は頭から冷水を浴びせられた気分になり徐々に冷静さを取り戻していた。
アタルが困っている様子であるのが彼女の冷静な指摘に繋がっていた。
「はい……」
「ごめんなさい……」
謝罪の言葉を口にするセイラとフランフィリア。
「謝るのは私にでしょうか?」
二人の謝罪はキャロに向けられたものであるが、それを自分に言うのは違うのではないかと優しく声をかける。
「あの、フランちゃん、ごめんなさい」
「ううん、セイラ、私のほうこそごめんなさいね」
それを理解した二人は互いに謝罪をする。その様子を見つめるキャロの表情は慈愛に満ちたものであった。
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