第二百七十話
「この船か……」
用意された船はさほど大きくはないが、魔力によって推進することができる特別性だった。
「すいません、性能を考えるとこの船が小回りが利いて一番良いものだと」
「そうね、海上で降りることも考えるとこのくらいの船がちょうどいいわ」
セイラの言葉にフランフィリアが同意する。
アタルとしては特に思うことはなく、ただ呟いただけであるため、ギルドマスター二人の意見に反論するつもりもなかった。
「それじゃあ、早速行くか。バルは乗って、イフリアは飛びながら着いてきてくれ」
『ガウッ!』
バルキアスは元気よく返事をし、イフリアは静かに頷いて船の上空を旋回する。
「えっと、この二人はアタルさんたちの仲間、ということでいいんですよね?」
ギルドを出て一度別れてから、船着き場で合流したためフランフィリアはバルキアス、イフリアとは初対面という形になる。
「あぁ、細かい説明は端折るが上を飛んでるのがイフリアで、俺が主人になる」
「こちらのモフモフ可愛いのがバルキアスですっ。私はバル君って呼んでます。こちらは私が主人です」
霊獣と神獣であることは話さない。そして、契約魔法でつながっている主従関係であることも話さない。
「なるほど……そういうことですか。わかりました。それでは、私も自己紹介をしましょう。ここから離れた遠い街の冒険者ギルドのギルドマスターをしているフランフィリアと申します。バルキアスさん、イフリアさんよろしくお願いします」
丁寧にあいさつをして、頭を下げるフランフィリアに対してバルキアスもイフリアも驚いてきょとんとした表情になっていた。
「ははっ、こいつらにそんなに礼儀正しく挨拶をしたのはフランフィリアが初めてだな。そりゃ、こんな反応にもなるか。ほら、二人とも頭を下げて返事をするんだ」
驚いて反応に困っているバルキアスとイフリアに声をかけて会釈を促すアタル。
主の指示であり、主に恥をかかせるわけにはいかないと、二人とも素直にペコリと頭を下げた。
そして、なぜかキャロもぴょこんと同時に頭を下げていた。
「キャロはフランフィリアとは知り合いなんだからいいんだぞ?」
「えっと、そうなんですけど……つい、つられちゃいました」
アタルの言葉に対して、頬を赤くしながらペロっと舌を出すキャロ。
「ははっ、いいさ。改めてよろしくってことだな。俺もよろしく頼む」
すると、キャロに続いてアタルも頭を下げていた。
「ふふっ、お二人とも相変わらず仲がよろしいみたいですね。安心しました」
長い旅の中で性格の不一致などが露見して、仲たがいパーティをいくつも見てきたフランフィリアは、アタルとキャロが仲のいいままであることを喜んでいた。
「さて、挨拶もこれくらいにしてさっさと出発しよう」
アタルは既に船に乗り込んでおり、他の面々を手招きしていた。
「はい!」
『ガウッ!』
「承知しました」
三人がそれぞれの返答をすると、船に乗り込んで出発した。
その姿が見えなくなるまで、セイラはその場で見送り続けていた。
旧友であり、仲間だったフランフィリア。彼女の実力はセイラも理解している。
アタルたちは、雷獣を逃がすほどの力を持っている。
その実績は申し分なかったが、これから向かう場所のことを考えると、セイラの表情はつらそうなものへと変化していた。
「おぉおぉ! は、速いぞ!」
「ア、アタル様! は、速すぎます!」
「アタルさん、魔力を緩めて下さい!」
一方で、アタルたちは船を進ませながら楽しんでいた。
船に設置された魔道具に魔力を流しているのはアタル。
船を前進させる魔道具は、流した魔力が強いため思っていた以上にスピードが出てしまっていた。
「は、ははっ! 面白いんだけどな、そろそろ目的の場所につきそうだから抑えていくか」
アタルは徐々に流し込む魔力を抑えていき、それと同時に船の速度も減少していた。
「ふう、落ち着きましたね。そろそろ目的地の場所なんでしょうか」
フランフィリアが周囲を確認する。
彼女の地図を描く能力を考えると、周囲を把握するのが苦手なのかもしれない、とアタルもキャロも感じていた。
「周囲の地形を考えると恐らくそうだな。よし、ここらへんで空気の実を食べてっと」
空気の実を口に含むアタル。
キャロ、フランフィリア、バルキアス、そして上空にいたイフリアも降りてきて空気の実を飲み込んでいた。
味はブドウのようで、五人とも抵抗なくそれを飲み込んでいく。
それぞれの身体が空気に覆われたのを感じると、そこから湖の中へと飛び込んでいった。
ぼちゃんという音と共に水の中に入った一行だが、通常の水中とは異なる感覚に驚きを隠せずにいる。
まず、水の中にいるというのに身体が濡れていない。
そして、呼吸ができている。そういうものだとは聞いていたが、それにしても水中での呼吸は違和感が強い。
「これは、すごいな……」
「話すこともできるんですね!」
水中で、どうやって声の振動が相手に伝わっているのかわからなかったが、アタルたちは声によるコミュニケーションをとることができており、そのことにも驚いていた。
「――お二人とも! 油断なさらずに!」
それはフランフィリアの声。彼女は水中の魔物を既に認識しており、囲まれていることに気づいていた。
「ほう、水中戦か。なかなか面白い……」
アタルは水中で弾丸がどのように作用するのか楽しみであり、既に銃を構えていた。
「アタルさ……」
不用意に動くのは危険だと注意しようとしたフランフィリアだったが、アタルは既に引き金を引いており、その弾丸は魔物へと一直線に向かっていく。
「うお、すげーな」
自分でやったことながら、弾丸がもたらした結果にアタルは驚いていた。
試しにとアタルが放った弾丸の数は十。
その全てが水中であるにも関わらず、魔物の頭部を打ち抜いていた。
「特別性だからなのか、空気の実の影響なのか、まったくといっていいほど水の影響を受けずに弾丸が飛んでいったのはさすがに驚きだ」
水中でもいつものとおり戦えるとあって、アタルの口元には好戦的な笑みが浮かんでいた。
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