第二十六話
普通のモンスターの何倍もの巨体を持つギガントデーモン相手ではアタルの攻撃も一発一発では大きなダメージにはならない。
「手数で勝負だな」
その様子を見たアタルは意に介すことなく次々に弾丸を撃ち込んでいった。それも全て同じ場所をめがけて。周囲にはライフルの銃声だけが響き、見たこともない武器を使う彼に他の三人はすっかり見入ってしまっていた。
「お、おい、あれ」
ふと顔をあげたバスタがうろたえながら指差した先をみんなが注視する。
「グオオオオオオオオォ!」
その先ではギガントデーモンも苦しそうにもがき、叫び声をあげていた。それはフランフィリアの攻撃によるものではなく、どう見てもアタルの攻撃によるものだった。
脛の、それも同じ部分を何度も攻撃されたため、地団駄を踏みながら痛みに声を出していた。
「す、すごいな!」
苦しむギガントデーモンを見ながら今も淡々と攻撃を続けるアタルに興奮したようにバスタが声をかける。
「お前たちも準備をしておけよ!」
だがそれに返事をすることなく攻撃を一度止めたアタルはそう言い放つとすぐさま走り出した。
痛みにもがきながらギガントデーモンの注意がフランフィリアからアタルに移ろうとしたところで、自分の場所を悟られないためにアタルは場所を移動していく。
「お前たちも巻き込まれたくなければすぐに街に戻れ!」
離れたところで疲労から座り込んでいる冒険者たちに声をかけながらもアタルは走り続ける。疲れから呆然としていた冒険者たちもアタルの声掛けに足手まといにならないようにと慌てたように街へと戻って行く。
「ここらでいいか」
アタルは先ほどの場所から距離をとった位置で再び銃を構える。
先程の攻撃の感覚から強通常弾ではギガントデーモンを相手取るには少し心もとないため、別の弾丸を装填していく。様々な弾丸を使う事こそアタルの強みであった。
「次はこれだ!」
装填された新しい弾丸は再び狙い通りにギガントデーモンの左の脛へ飛んでいく。
鋭く突き刺さるように着弾した瞬間、たちまち弾丸は炎を放ち、激しく先ほどの傷口を焼いていく。
「ガアアアアアア!」
それは効果的であったようで、ギガントデーモンは先ほどよりも苦しそうな声を出していた。
「……まだ、終わりじゃない」
ぽつりとつぶやいて別の弾丸を装填すると、再度同じ場所めがけて放つ。
次の弾が傷口にあたると、眩しい光と共に雷を放った。これはデスウルフに使ったものと同じ弾丸だった。突き抜けるような痛みとしびれがギガントデーモンを襲う。
「グルアアアアアア!」
しかし、痛みにもがきながらも苦しげに歪むその目には今度の雄たけびは苦しみよりも攻撃をしてきた者に対する怒りが込められていた。一方的にやられることに苛立つギガントデーモンは周囲をキョロキョロと見回している。
その様子を見たアタルは場所を特定されないために、再び移動を始めていた。
その間もフランフィリアは弓での攻撃を続けていた。彼女も急所を狙うように鋭く矢を放ち続けている。
「アタルさん、あの方尋常じゃありませんね。これは私も負けていられません!」
やる気を引き出されたフランフィリアは弓に強い魔力を込めて、アタルがダメージを与えた場所を攻撃する。先ほどまでの矢はギガントデーモンをイラつかせる程度のものだったが、今度の攻撃は確実にダメージを与えていた。
「グアアアアアアア!」
そしてとうとうギガントデーモンはその攻撃の主であるフランフィリアに気付いた。ギラギラと睨み付けながらドスドスと大きな音を響かせて走って近づいていく。
「くっ、こちらに来ましたか!」
狙いが向いたことに気付いたフランフィリアは急いでその場から逃げようとするが、巨大なギガントデーモンの一歩一歩の歩幅が大きく、あっという間に差を詰められてしまう。
まずい、そう思って焦ったその瞬間、一発の銃声が響く。
「させない!」
その主は移動を終えていたアタルでギガントデーモンの行動を妨害する。
先程アタルが放ったのは炸裂弾。これは着弾した瞬間に爆弾のように弾が爆発して着弾点を中心に広くダメージを与えるものだった。
しかもアタルが狙ったのはこれまでと同様に左の脛。今度は右足をあげ、左足が軸となったタイミングにわざと合わせて狙っていた。
「ガ、ガアアアアアアア!」
その一撃は今までのダメージよりも衝撃が強く、ついにギガントデーモンはその場に倒れてしまうこととなる。
巨体が地に沈むその瞬間、アタルはフランフィリアに視線を送り、フランフィリアもその視線が何を意味しているかちゃんと理解していた。
「“世界よ凍りつけ、氷結地獄!”」
すぐさま詠唱に入った彼女の最大の魔法をギガントデーモンに向かって力強く放った。
完全に魔力が戻っているわけではないため、威力は最初の一撃よりも弱っている。それでも、高位の魔法であるそれは立ち上がろうとしているギガントデーモンの足を素早く凍りつかせることに成功する。瞬く間に氷で地面に足が縫い付けられた。
「今だ!」
アタルの準備をしておけという言葉を聞いていたバスタたち三人はギガントデーモンに既に近寄って攻撃準備に入っていた。彼の言葉を合図にして飛びかかっていく。
しかし、彼らに向かってギガントデーモンの両こぶしが振り下ろされる。相手も足は動かせなくともまだ動く両腕を使って必死に抵抗してくる。
「くそっ!」
咄嗟にバスタがそれを自らの剣で受けようとするが、次の瞬間、ギガントデーモンの拳は別の攻撃によって止められる。攻撃が来ないことに驚くも、連続で鳴り響く銃声にバスタは自身の後ろにいた頼もしい存在を思い出した。
「させるわけないだろ」
それはニッと不敵に笑ったアタルが放った氷の弾丸だった。これもまた特殊弾だったが、これまでの戦いで多くのポイントを稼いだアタルはそれを使って惜しみなく交換しており、ギガントデーモンの腕に両腕合わせて十発の弾丸が撃ち込まれ、瞬時に氷漬けにしていった。
「いける!」
この隙を逃さないようにバスタはギガントデーモンのがら空きの左胸を狙って剣を突き出す。彼の膂力、そして剣の持つ力によってそれはずぶりと胸に突き刺さっていく。
「僕も!」
バスタの手が離れたその剣の柄を後押しするように槍使いが突くことにより、さらに奥に刺さっていく。
「“貫け、雷よ!”」
さらにその剣に向かって魔法使いが自身の持つ最大出力で雷の魔法を放つ。それは刀身を通り抜け、魔法はギガントデーモンの魔核へと真っすぐ向かって行く。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
三人の協力攻撃により、これまでで最も大きな声をあげて耐えきれないほどの胸に突き刺さる痛みにギガントデーモンはのけ反った。
「やったか!」
達成感に油断したバスタの言葉にアタルが舌打ちをする。
「それはフラグだ!」
苛立ったアタルのその言葉のとおり、のけ反ったその身体をゆっくりと持ち上げたギガントデーモンは氷漬けにされている手を足を無理やり動かして立ち上がり、内側に渦巻く怒りを力に変えるように両手の間に闇の魔力を集めていく。
「ま、まずいですっ!」
すぐに周囲に広がる闇の魔法の力に魔法使いがガタガタと怯え、慌てたように叫ぶ。他の二人もさすがに闇の魔法には本能的に頭の中で鳴り響く警鐘に怯えて、身体を動かすことすら出来ずにいた。
闇の魔法は通常の人間が直接受ければ呪いを受けてしまい、通常の回復方法での治癒は難しい。高位の僧侶の魔法でもなければ呪いを治すことができないといわれている。
だが一番ギガントデーモンに近い位置にいるフランフィリアは先ほど魔法を使ったことで、ぐったりとして座り込んでいた。
この場で戦うことができるのはアタルだけだった。だが彼には闇の魔法を前にしても何の怯えも恐怖もなかった。
「全く、思った以上に手ごわい相手だったな」
むしろ高揚感さえ感じさせる言葉が既に過去形になっているのには、次の攻撃に自信があるがゆえだった。
「はっ!」
愛銃からアタルが放った弾は雷の弾丸だった。放たれた瞬間の衝撃の強さは明らかに今までのそれと桁違いだ。これまでと異なるのはその弾のランクだった。
今までの魔法弾はアタルが交換できる中でも一番下のランクの弾だった。それでもデスウルフを倒したことからわかるように、中位程度の魔法が込められている。
しかし、この弾は交換できる中でもかなりのポイントを消費するものであり、込められた魔法もフランフィリアが全力で使った氷の魔法と同ランクのものだった。
その弾はバチバチと放電しながら真っすぐに左胸に突き刺さっているバスタの剣に向かって行く。
狙い通り剣の柄に当たったそれは魔法だけでなく、弾丸としての威力も高い。そのまま押し込むように剣を力強く魔核まで届かせることができ、目的の場所に辿りついた瞬間、そこで雷の高ランク魔法が爆発するように放たれた。
ギガントデーモンの全身を雷が駆け巡る。大きな稲光に包まれながらビクンビクンと数回痙攣したあと、丸焦げになったギガントデーモンはそのまま深く地に沈んで倒れ、もう動くことはなかった。
「ふう、今度こそ終わりだな」
愛銃を肩にかけたアタルのこの呟きが魔物討滅戦の終焉を告げていた。
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