第二十五話
「フランフィリア、まだいけるか?」
アタルが最初に声をかけたのはギルドマスターのフランフィリアだった。最前線で息を整えていた彼女はアタルがおりて来たことに驚きながらも彼が来たことにほっとしていることに気付く。
「い、いけます、と言いたいところですが……久々に大技を使ってしまったので、身体が……」
絞り出すようにそこまで言うとフランフィリアはその場に座り込んでしまう。
「だったら、これで少し回復させよう。……俺を信じてくれ」
真っすぐ彼女の瞳を見据えながらアタルはフランフィリアに向けて治癒弾を放とうと銃を構える。
「わかりました、お願いします」
何をするのかなんとなく察しがついた彼女は即答し、すっと目を閉じてそれを受け入れた。
そんな彼女に向かって躊躇うことなくアタルは治癒弾を放つ。途端に身体を突き抜けるような感覚はあったが痛みは一切なく、むしろ何かに包み込まれるような安心感さえあった。
「こ、これは……身体が軽くなっていきます!」
この治癒弾はキャロに使ったものよりも一段落ちるものだったが、疲労を回復するには十分な効果だった。むしろ最初の時よりも調子が良いようにすら感じられた。
「他にアレと戦えそうなやつはいるか? 俺には冒険者のことはわからないんだが……」
アタルが手を差し出しながら質問すると、その手を掴んだフランフィリアが立ち上がり、近くにいた者に声をかける。
先程ギルドマスターに向けて謎の武器を向けたアタルに対するざわめきが残るが、ギガントデーモンという巨大な敵を目の前にした緊迫している状況に、表立って声を上げる者はいなかった。
「みなさん! ギガントデーモンと戦える力を持っている方は私のもとに集まって下さい!」
再び立ち上がったフランフィリアの呼びかけに対して、ギガントデーモンとなると自信をもって戦えると言えるものは少なかった。だがざわざわとしている中でも、何人かが名乗りをあげる。
「ギルドマスター、俺はまだ戦える」
力強いその声はAランク冒険者の男だった。きりっとした強い眼差しと端正な顔立ちの青年だ。
「えっと、あなたは……」
「Aランクのバスタです。疲労はありますが、まだ戦う力は残っています!」
バスタはこの場にいる冒険者の中でも実力者であり、彼の参戦は心強かった。彼の言葉通り、疲れはあるようだが大きな傷等は見られず、魔物の大群相手にもまともに戦える人物であることは見て取れた。
「わ、私もまだ戦えます」
「僕も!」
そんなバスタの存在に後押しされるように少し大人しそうな女性の魔法使い、やる気に満ちた男性の槍使いのBランク冒険者が名乗りをあげた。ところどころ戦いの影響で薄汚れているが、彼らもまだ戦う意思が強く宿っているのが伝わってくる。
「アタルさん、みなさんの回復をお願いできますか?」
戦いに名乗りをあげたメンバーの回復を依頼される。
「はあ……わかった。ただ、これは吹聴してくれるなよ? もちろん、あんたたちのお仲間にもだ」
ため息交じりのアタルの言葉を受けて、にっこりとほほ笑んだフランフィリアが三人に目で確認をする。
「何をするのかわからないが、決して口外しないと誓おう」
「わ、私もです。私の場合言う仲間がいないのですが……」
「僕も口は堅いってよく言われるよ!」
やや不穏な発言もあったが、アタルは彼らの言葉を信じることにする。それに今ここで言い争っていても仕方がないのは誰しもがわかっていたのだ。
「わかった、それじゃ後ろを向いてくれ」
そう言うとアタルは三人の背中に銃口を突き付け、連続で治癒弾を撃ち込んでいく。弾丸が当たった衝撃に三人は何が当たったのかと怪訝な表情になるが、次第に自らの身体の疲れが取れていくことに驚くこととなる。
「こ、これは一体!?」
「どんな魔法ですか!」
「すごい、これならやれる!!」
三者三様の反応をするが、彼らにアタルは何も答えるつもりはなく肩をすくめたあと、視線をギガントデーモンに向ける。巨体を揺らしながらゆったりとした足取りで近づいているのが遠くに見えた。
「それで、あのデカブツを倒す案は何かあるか?」
アタルは初めて見た魔物であるため、ギルドマスターであるフランフィリアに話を振る。
「……案はあります。ギガントデーモンに限りませんが、魔族種の魔物は魔石とは別の魔核というものを持っていると言われています。それを破壊することができれば、おそらく倒せるかと」
その案を口にしたフランフィリアの表情は芳しいものではなかった。
「難しい場所にある。もしくは、場所がわからないってところか」
「場所の問題ですね。核というだけあってかなり深い場所にあるんです。左胸のあたりなんですが、かなり固い皮膚をしているので……」
フランフィリアは過去に仲間と共にギガントデーモンと戦ったことがあり、その時は仲間が伝説級といわれる武器を持っていたために魔核まで到達することができた。それでも相当苦戦を強いられたのか、表情は未だかたい。
「さすがに俺の武器でもそこまで奥深くとなると厳しいかもしれないな……」
それはバスタの言葉だった。愛剣に手をあてるが、伝説級の武器ではないことはわかっていた。この場でフランフィリアを除けば最も実力があると思われる彼。それは能力だけでなく装備も同様で強いとは言ってもそれまでだった。
「……それなら、魔核がある場所の皮膚を少しでいいから傷つけることはできるか?」
「少しくらいなら、いけるはずだ」
アタルの提案にバスタは考えながら大きく頷いた。
「それなら、まずはそれを目指そう。あんたたちも参加を申し出るってことは腕に自信があるんだろ?」
彼らの能力をちらりと目で見ながらアタルはBランクの二人に問いかけた。
「す、少しは……」
「もちろん!」
女性魔法使いは自信なさげに、槍使いの青年は自信満々に答える。今は誰の手でも借りたいくらいの状況であるがゆえに、戦う意思が強くあればいいとアタルは思った。
「よし、じゃあ俺とフランフィリアであいつの動きを止めよう。その隙をついてあんたたち三人でギガントデーモンに傷をつけてくれ」
「わかりました」
いつの間にかアタルが仕切っていたが、フランフィリアが彼の案に真っ先に賛同しているため、他の三人も文句を言わずにその案を受け入れることにする。
「フランフィリア、あとは……」
思いついたことがあるのかもう一つの手をアタルは彼女にそっと耳打ちする。
「なるほど、わかりました。どれだけ反応があるかわかりませんが、そのタイミングでやってみましょう」
一瞬驚きに目を見開くものの、その案にもフランフィリアは反対せずに笑顔で同意する。
「さて、それじゃまずは俺とフランフィリアからだな。三人はいつでも動けるように準備をしていてくれよ」
アタルが銃を構え、隣にフランフィリアが戦闘態勢に入る。その頃にはギガントデーモンの全容が特殊な目をもっていなくても捉えられる範囲まで来ていた。これだけ強い魔物を相手にしたことのない後ろの三人には緊張感が走る。
「いきます!」
先に動いたのはフランフィリア。彼女はどこからともなく呼び出した弓を構えており、魔力の矢を次々にギガントデーモンに向かって放っていく。
走りながらの攻撃だったが、放たれた矢は的確に敵を捉えていく。
彼女が狙っているのはギガントデーモンの頭部。目や口などの粘膜部分は他の部分に比べて柔らかいため、彼女の攻撃もダメージを与えることができる。実際何本もの矢が突き刺さっていた。
「さすがギルドマスターだな。いいところを狙っている」
その攻撃は射撃体勢に入ったアタルの青く光る目に全て映っていた。一人飛び出したフランフィリアもアタルたちを信じているのか、攻撃に集中しているのがその攻撃精度からも伝わってくる。
「お、おい、あんたはいかないのか?……っ!」
ギルドマスターの彼女を一人で行かせたことを不安に思った槍使いがうろたえながらアタルに質問するが、その声がかかる前にアタルの表情は真剣なものに変わっていた。鋭く研ぎ澄まされたアタルの出す雰囲気に槍使いは息を飲む。
スコープを覗き込んだアタルは弾を通常弾から強通常弾に変更してあり、それをギガントデーモンの脛のあたりに撃ち込んでいった。
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