第二百四十三話
アタルは時折振り返って銃弾を放ち、そして再び走る。
これを繰り返しているうちに、いつの間にか最後尾になっていた。
怒りを漲らせた竜たち相手に走りながらではさすがに狙いをつけることは難しく、牽制程度にしかならない。最初はかなり離れていたはずの距離がどんどん詰められていく。
それでも、アタルは殿をつとめる――少しでも時間を稼ぐために。
しかし、それにも限界が来たようで、アタルにぐわっと大きく開いた赤竜の顎が迫る。
「――アタル様、失礼しますっ!」
前を走っていたはずのキャロが走る速度を一切緩めることなく、アタルの身体に体当たりするような形でそのままアタルを担ぎ上げた。
「お、おう! キャロ、すまんな!」
「お気になさらずっ!」
振り返りながら攻撃をしていたアタルに比べて、キャロの速度は落ちておらず、アタルを肩に担いだ状態でもそれは変わらずに、勢いよく岩場へと向かって行く。体格差がかなりある二人だが、緊急事態という状況だけになんとかなりたっていた。
「嬢ちゃん! 俺が代わろう!」
「えっ? は、はいっ!」
そして、アタルの運搬は横から自然な流れで入り込んできたフェウダーへと引き継がれる。
小柄な少女のキャロに担がれた状態では、体格差があるためアタルの身体がブラブラゆれてしまったが、フェウダーに担がれた今は安定しており、アタルはそのままの姿勢で再び後方に弾丸を放っていく。
それは狙いをつけたものではなく、弾幕として張ったもので、竜たちの進行を妨げるためのものだった。
そんなことをしているうちに、全員が岩場へと到達する。
その様子は、ギルドマスターのバートラムたちからも確認できていた。
「まだだ、まだだぞ!」
「ギルマス! みんなが危ないぞ!」
竜たちが囮部隊に迫っているのが見えるため、冒険者が早く動こうと焦りながらバートラムに訴える。
しかし、厳しい表情で前を見つめるバートラムはまだ攻撃開始の合図を出さない。
「っ、見殺しにするつもりかよ! あいつらは危険な任務を買って出てくれたんだぞ!」
「わかっている――待ってくれ! もう少しだ、今攻撃をしてしまっては届かない。彼らの思いを無駄にすることになる!」
さすがに我慢できないといった様子で冒険者の一人がバートラムに食らいつくが、彼はそれでも動かないように指示を出す。
そして、アタルたちが岩場に完全に入り、竜たちもそのほとんどが岩場に完全に入り込んだところでバートラムがカッと目を開いて力強く声を上げる。
「今だ、攻撃開始!!」
この時を待っていた残ったメンバーによる魔法、矢、投擲武器などの遠距離攻撃による一斉攻撃が始まる。
一発一発は威力が弱いが、雨のように降り注ぐ攻撃は堅い竜の鱗に徐々にダメージを与えていく。
だれかの魔法が当たって弱くなった場所に誰かの矢が突き刺さり、さらなる投擲武器の攻撃が追い打ちをかける。
「手を休めるな! どんどん撃ち込んでいけえええ!」
バートラムの響き渡るような攻撃の合図と共に、アタルたちは横にそれて別のルートでみんなの元へと戻っていく。
そして、アタルたちは拠点に戻っていき、交代で近接戦闘メンバーが遠距離班の攻撃がやむのを待っていた。
最初の役割を終えてしばしの休息と共に次の攻撃に備えている。
「――攻撃やめー!」
そして、しばらく攻撃が続いたところで攻撃中止の合図が出る。
これは同時に、近接班の攻撃開始の合図でもあった。
「うおおおおお!」
フェウダーたち囮部隊を除いた前衛職の全員が竜たちに攻撃を仕掛ける。
赤竜五匹、青竜二匹、黄竜二匹、そして黒竜一体。
数だけでいえば、圧倒的に冒険者たちの人数が多かったが、一体一体が持つ戦闘能力は高い。
しかし、それでもここに至るまでにダメージを与えることに成功しているため、なんとか拮抗させていた。
「――バートラム! どう動けばいい?」
戦闘の中、隙を縫ってフェウダーは戻るなり、バートラムへと質問する。
「次の合図で前線の彼らが一旦引いて、再び遠距離攻撃を開始する。それが終わったら、フェウダーにはもう一度前線に戻ってもらいたい」
硬い表情でバートラムは冷静に現在の戦況を確認しながら次の指示を出す。
フェウダーはそれを聞いて一つ頷くと自分の立ち位置に走っていこうとした。
「――おい、おい! まずいぞ!」
それはスコープごしに竜の動きを確認していたアタルの声だった。普段の冷静な雰囲気ではなく、危険を知らせるように声を上げていた。
「どうした!」
「あれを見ろ!」
フェウダーが声をかけると、急いでアタルはその原因を指さす。
その先では、一番奥にいる黒竜の口が大きく開かれ、バチバチと黒い光を放っている様子が見えた。
「ブ、ブレスが来るぞ!」
ガンガンと頭の中で警鐘が鳴ったのを感じたフェウダーが叫びながら警戒を促す。
何物をも焼き尽くしてしまうという黒竜のブレスが溜められているというその事実は、身の毛がよだつものであり、Sランク冒険者のフェウダーですら驚愕に目も口も大きく開いていた。
「あ、あうああ……」
「口の角度からして、こっちを狙っている。避けるのは難しい、防ぐぞ!」
恐ろしさの余りバートラムは酷く動揺して何も言えずにいるため、ためらっている暇はないとアタルが代わりに指示を出す。
その間にも黒竜のブレスは凶悪な雰囲気を醸し出しながら、冒険者たちを飲みこもうと力を蓄え続ける。
これまで劣勢を強いられた恨みを全て晴らすように込められるその威力は、普段のそれとはけた違いであろうことは溜まっていく力からあふれる光で伝わってくる。
「俺ができる限りの魔法弾を撃ち込む。フェウダーはその大剣でブレスを斬ってくれ! もちろん、サポートはする――」
急がなければならない状況であるため、アタルはフェウダーの了承を得ずに彼の身体に次々と弾丸を撃ち込む。
「ぐはっ、何を!? ……って、すげーな! 力が湧いてくるぞ!」
それは強化弾――元々の能力に応じて、強化の伸び率が変わる。
Sランク冒険者のフェウダーは自身の能力が高いため、弾丸の効果もてきめんだった。
「じゃあ、頼むぞ。魔法使えるやつらは障壁を張ってくれ! 水でも風でもなんでも構わない! あの黒竜のブレスはかなりやばいから、本気で頼むぞ!」
切羽詰まったこの状況でアタルの指示に反対する者はおらず、それぞれができることをと準備に取り掛かる。
フランフィリアの元で魔法を学んだキャロも少しでも防御に役立てばと風の障壁を張る準備を始めていた。
「――おい、バートラム!! いい加減正気になれ! この状況でトップが混乱しているとかありえないぞ!」
叱咤するようにアタルに言われ、ようやくバートラムはハッと正気に戻る。あまりの恐怖に呆然としていたが、自身の陣営にはSランク冒険者のフェウダーや、どんな状況でも冷静に動ける能力の高いアタルという心強い存在がいることに奮い立つ。
「矢に魔法を込められる人は、それもやってほしい! あとは、土魔法が得意なものは最終的に後方に届かないように岩の障壁を作る準備もしておいてくれ!」
再び戦う気力を取り戻したバートラムは、先ほどのアタルの指示の中で抜けている部分を補足していく。
そして、黒竜の口の中の光は眩いほど大きくなり、いよいよブレスが発射されようとしている――!
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