第二十四話
それから邪魔がいなくなったことで戦いに集中しているキャロもアタルも次々に魔物を撃破していく。討伐数でアタルに届くものはAランク冒険者でもいなかった。
「この距離から倒してもちゃんと登録されるのか?」
相手の顔さえ見えないほどの長距離から攻撃している者は周囲にいなかったため、アタルがふと疑問を口にする。
「もちろんですよ! 実はそのカードの仕組みは数百年前に作られたものでして、それから何度も手が加えられて現在、とても高い精度を保っていますから!」
この仕組みについてよほど自信があるのかフランフィリアはその豊満な胸を張ってそう答える。
「それが聞ければ十分だ。少し討伐速度をあげよう……なんか嫌な感じがする」
討滅戦自体は順調に進んでいるのだが、なぜか彼の心にはざわざわと落ち着かない様子を見せている。それを振り払うようにアタルは言葉のとおり、突如としてキャロの周囲の魔物だけでなく範囲を広げて攻撃をしていく。
「嫌な感じ、確かにおかしいです。魔物の数が減るどころか増えていますね……これは!?」
同じような不安を持っていたフランフィリアが周囲への警戒を強める。
どうやらアタルの予感は当たっているようで、フランフィリアの記憶にある過去に起きた魔物の集団暴走と比べても明らかに規模が異常だった。倒しても倒しても次々に沸いて出てくる魔物の勢いが全くとどまることがないのだ。
「俺はできる範囲でだが、他の冒険者の援護も行っていく。戦線を維持しないとだからな」
そこでアタルは言葉を区切る。それはじゃあ、あんたは何をするんだ? そう問いかけるようでもあった。
「もちろん私も動きましょう。キャロさん以外の冒険者のこと、お願いします!」
アタルの援護能力の高さを知ったフランフィリアは、彼に援護を任せて自分のできることをしなければと颯爽とこの場をあとにした。
「……さあて、何が起こるのやら」
アタルは一向に減らない魔物へ次々と弾丸を放っていく。全弾狙い通りに決まっていく気持ちよさにその顔には笑顔が浮かんでいた。
しかし、そんなアタルをよそに前戦にいる冒険者たちの間には次第に焦燥感が募ってきていた。
「はあはあ、いくら倒しても数が減らない。俺は一体何体倒したんだ?」
息も絶え絶えに汗だくで魔物を斬り倒し、苦しい表情で次に襲いかかる魔物へ立ち向かう。最初の十体までは数えていた冒険者も、必死に戦っているうちに気づけば数えきれないほどの数の魔物を討伐していた。
「リーダー、このままでは魔力も枯渇してしまいます。一度引いて戦線をたてなおさないと」
敵味方入り乱れている現状では広範囲に影響を及ぼす魔法も本来の効果を発揮しきれず、細かい魔法に頼るしかなかった。だがそれも数を重ねることでじりじりと魔力を消費していた。
「俺も! そうしたいんだがっ! ここで俺たちが引いたら、それこそこの戦線が完全に崩れてしまうぞ」
魔物の攻撃を弾き、急所を突いて絶命させながら返事をするリーダーと呼ばれた男。彼はAランクパーティのリーダーであり、今ここにいる冒険者の中で最も実力がある冒険者だった。
そんな彼らが抜けてしまえば、なんとか保たれている今の戦線が崩れてしまう。それはわかりきったことだった。
「やべーぞ! 他の冒険者も徐々にやられだしてる。このままじゃ、俺たちも削られてやられちまうぞ!」
戦士の男も斧を振り回しながら焦り交じりでリーダーに大きく声をかける。
今の戦況は上位のパーティメンバーですら泣き言を吐くものであり、他のランクの低い冒険者であれば尚のこと徐々に押し込まれていた。中には酷い傷を負ってしまっている者もいる。
埒のあかない現状に少しずつ不安が侵食するように彼らの頭によぎる。
「ひるまないで下さい! 私も戦線に立ちます!」
不安に怯みそうになった時、強く響いたその声はこの騒然としている戦場であっても冒険者たちの耳に届いた。それはまるで一筋の光が雲間から差し込むように不安が晴れていくのを感じられるものだった。
「みなさん、私の二つ名はご存知でしょう?」
柔らかく女神のように微笑む声の主はフランフィリア。彼女は元々Sランクの冒険者であり、その時に呼ばれていた二つ名は『弓聖』そして『氷の魔女』。彼女の矢は遠くの敵をも的確に打ち抜き、彼女の氷の魔法は見える範囲を全て凍りつかせるほどの力を持っていた。
元Sランク冒険者の参戦。これは不安に駆られそうになった他の冒険者たちに力を与えることになる。
更に援護するようにアタルが殲滅速度をあげたことで、少しずつではあるが冒険者たちの負担が減ってきていたことも功を奏しており、徐々に戦線が立て直されていった。
「みなさん下がって下さい。魔法を使います!」
一人、前に飛び出したフランフィリアの指示に従い、前線にいたものたちが徐々に後退する。その間も先に行かせまいとフランフィリアの弓による攻撃、その後ろからアタルによる狙撃は続けられ。更に余力のある戦士が殿をつとめることで魔物たちは前に進めずにいた。
「いきます。“世界よ氷つけ、氷結地獄”」
すっと冷え切った表情になった彼女が右手を前に出し、魔法名を唱えると瞬く間に大波のように街に向かっていた魔物たちが氷像のように全て凍りつき、その動きを止めた。
「う、うおおおおおおおお!!」
「す、すげええええええ!」
周囲は一気に冬にでもなったのかというほどひんやりとした空気に包まれる。あっという間のできごとにその状況を見ていた冒険者たちは白い吐息交じりに歓声をあげる。
絶望的とも思われた状況が一変している。彼女の魔法によって、冒険者の総力をかき集めてもなお倒しきれないほどの数で街に襲いかかろうとしていた魔物たちの全てが凍りついているのだ。
「っ……はあはあ、これで、大丈夫ですかね」
彼女の魔法は強力だったが、その魔法を使うことはそれだけ彼女の身に大きな負担となる。それが彼女が冒険者を辞めた理由でもあった。
「まずいな。気持ちが弛緩してきてる」
その状況を一人離れた上の方から見ていたアタルは未だ凍り付いた魔物の頭部を撃ち抜いている。それは決して自分の戦果を稼ぐためではなく、彼女の魔法がいつ解除されてもいいようにやっているものだった。
キャロも凍り付いた魔物を撃ち抜いているアタルに気付き、何かまだあると判断して警戒を緩めていない。
「はあはあ、……っま、まずいですね。すごいのが来てしまいました」
その時、凍り付いた魔物たちの先をじっと見ていた先頭にいるフランフィリアの目には信じられないものが映っていた。
まるで地震のように何者かの大きな足音のようなものが聞こえてくるとその存在にAランク冒険者パーティのリーダーが気付く。
「お、おいおい、冗談だろ!? あれはギガントデーモンだぞ!」
それは魔界と呼ばれる場所に生息していると言われる巨大な魔物ギガントデーモンだった。
こちらにゆっくりと近づいてくるギガントデーモンは存在するだけで周囲に強大な魔素を振りまいており、それが多くの魔物を街へと誘引していた。本来であれば、このような人族領に現れるような魔物ではなく、この魔物を知る冒険者たちはありえないと驚いていた。そしてランクの低い冒険者は恐怖にガタガタと身体を振るわせるしかなかった。
「だから、気を緩めるなって!」
ギガントデーモンを見て動く様子のない冒険者たちにしびれを切らしたアタルは素早くプレートを操作して、新たな弾丸を次々に用意する。
それを終えるとふわりと城壁から飛び降りて急ぎ、キャロのもとへと駆け寄る。
「キャロ、大丈夫か?」
身体は大丈夫か? 武器はまだ使えるか? 戦えるか? それらすべての意味を込めてアタルは質問する。
「だ、大丈夫です……はぁっ、はあっ」
大丈夫というその返事を鵜呑みにはせず、アタルはさっと彼女の状態を見ていく。
武器であるノーマルな短剣は既に使い物にならないようだが、マジックウェポンのほうは戦える状態を保っていた。それは身体能力があがるだけでなく、状態維持の魔法もかけられているようだった。
見たところ、彼女の身には小さな傷しかなかったが、前線で戦っていたせいか疲労の色が濃かった。だが気持ちはまだ切れておらず、他の冒険者たちとは違ってギガントデーモンにも立ち向かうつもりのようだった。
「わかった。キャロ、お前はここまでよく戦ってくれた。ここからは俺がやるから、お前は休んでいろ」
「でも!」
「これは命令だ、休んでいろ。さすがにあいつを相手にするには疲労が強すぎる」
命令とまで言われてはキャロは反対できず、悔しげに唇をかんで口ごもる。その瞬間、キャロは気が抜けたのかへたりとその場に座り込んだ。アタルという信頼する主人が来てくれた安心感も手伝い、思っている以上に身体にどっと疲れが押し寄せ、アタルの判断が間違っていないことを実感した。
そんなキャロの頭を一撫でするとアタルはこれまでの戦闘を見てギガントデーモンと戦える者にあたりをつけており、その者たちに声をかけにいった。
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