第二百三十六話
「い、いや、こいつらが何かを……」
周囲から集まる視線とギルドマスターであるバートラムを前に男は急にしおらしい態度になる。
アタルが何かをギルドマスターと裏取引していたはずだと――男はそう言いたかったが、当の本人にそれを言うわけにもいかず、口ごもってしまう。
「さっき、俺とキャロがあんたの部屋に呼ばれていたのが気に食わないらしい。何か裏取引をしたんじゃないかってな」
「っ、おい!」
自分は悪いことをしているわけではないため、アタルは言われたことをストレートに話す。まさか正直に喋るとは思ってもいなかったのか、男は慌てて咎めるように声を上げた。
「なるほど……そういう考えになるのも仕方ないか。本当は、表ざたにするつもりはなかったんだが……仕方ない説明しよう。――彼らのランクはB以下で、恐らくここにいる冒険者の中には彼らより上のランクの者も多いだろう」
バートラムのここまでの話を聞いて、Aランクの冒険者たちが頷く。
Aランク冒険者になるには、かなりの実績を残す必要がある。
例えば、難易度の高い依頼を何百とこなす。
もしくは強力な魔物を――今回戦うドラゴンのような魔物を一人、もしくは一パーティで倒す。
新しいダンジョンを発見、そして攻略する。
または、ギルドマスターや王族が特別に認めた場合。
もちろん、必ずしもこの結果だけでAランク認定されるわけではない。
Aランク認定されるために申請をして、それを冒険者ギルド本部が認めた場合にAランクとなる。
貴族や王族からの依頼を受けることが多くなるため、それなりに選定基準も厳しいものだった。
「今回の戦いに参加するにあたり、B以下である彼らのランクが障害となることを私は危惧した。Aランクである君たちの実力を私もよくわかっているが、それよりも低いランクの者の中にもランクに囚われない実力者がいるものだ。今回の戦いにおいて、内々で揉めているほど余裕があるわけじゃない。そこで私が直接話をしたわけだ」
竜という存在を知る誰もが今回の戦いに関して様々な思いを抱いていることを知った上で、バートラムは真剣な表情でそう語る。
「……そんな話をきいて、はいそうですかとは返答できねーな」
アタルにいちゃもんをつけた男はBランクだったが、彼が剣を教えてもらった師匠がAランク冒険者であり、師匠のライバルもこの場所にいる。
だからこそ、バートラムの言葉に納得はできないでいるようだ。
「ふむ、アタル君、キャロさん、よかったら君たちの力を証明してもらいたいんだが……どうかな?」
困ったように見せるバートラムの言葉に、やれやれとアタルは肩をすくめている。彼の隣にいるキャロは、判断を任せているためか柔らかい表情でアタルの言葉を待っていた。バルキアスはキャロの足元でお座りしている。
「そうきたか――……あんた、こうなることも含めて俺たちを部屋に呼んだな」
じっとりとした眼差しをバートラムに向けながら、アタルは小さな声でぼやく。
だが、バートラムはにっこりと深い笑みを見せるだけだった。
「断る。どうせ俺が力を見せても見せなくても、別にこれから戦うのは変わらないだろ? だったら、そんなことをわざわざするのは骨折り損だ」
してやられたことに少し不快感をにじませたアタルの返答はバートラムの予想通りであるようで、目を細め、右の口角を吊り上がる。
「ふむふむ、なるほどね。それじゃあ君に聞きたいんだけど、アタル君とキャロさんが力を証明できたら納得するかい?」
この言葉は男に向けたものであるが、同時にホール内にいる冒険者全員に向けたものでもあった。
一人一人を納得させていくのは手間がかかるため、男一人をやり玉にあげることで全員に説明しようとしていた。
「え……あ、あぁ、そりゃAランク冒険者よりも強いっていうのがわかれば、まあ、なぁ?」
急に話を振られて驚きつつも、男は彼の仲間に同意を求め、彼の仲間たちも頷く。
「アタル君、君が力を示したら報酬は上乗せしよう。ここにいる全員を納得させるだけのことをするなら、それくらいは当然だろう。なあ、みんな!」
大きな声で、バートラムは冒険者たちの同意を求める。ギルドマスターである彼には周りを引き込むカリスマ性があるようで、何事かと見ていた冒険者たちは、彼の言葉にざわざわとしだした。
「まあ、な……」
「……本当にそれだけ強いなら」
「そんな力があるように見えないがな」
そもそも他の冒険者たちはそれほど気にしていない案件であるため、流れに任せることにしている。ギルドマスターであるバートラムがそうしたいのであればそれでいいという様子だ。
「――やられたな、これじゃあ力を見せざるをえない」
「ですねえ、さすがギルドマスターさんですっ」
アタルもキャロもバートラムの目論見を理解したため、顔を見合わせ苦笑している。ここまでくると実力を見せなくてはならない雰囲気ができあがっていたからだ。
「……それで、どうやって力を証明すればいい?」
面倒ごとに巻き込まれたとややげんなりした様子のアタルの言葉に、バートラムはにやりと笑う。
「力を示すなら、やはり実際に戦うのが一番。裏の訓練所で実際に力を見せてもらおう。そうだ――誰かアタル君たちと戦ってくれる者はいるか?」
猛者を募るようにバートラムが尋ねると、再びホール内はざわつく。
「いないようだ――だったら最初に言い出した君たちにやってもらおう。君たちのランクは全員Bだったと思うけど、パーティとしてはAランク相当だと言われているね。Bランクの彼らの力を見るには適任だ」
「あ、あぁ、わかった……」
この状況にあって断れるはずもなく、男はバートラムの提案を了承することとなった。むしろ文句をつけた本人であるため、アタルの鼻をへし折ってやろうという気持ちさえあるほどだった。
男たちを含む冒険者たちは、アタルとキャロの力を確認するため、訓練所へと移動していく。
「……やれやれ、全部予定通りか」
「それをわかった上で君たちが行動してくれたのは助かったよ。あとは、実力を見せてもらおう」
うんざりした様子のアタルを苦笑交じりで見るバートラムは自身もアタルたちの実力を見極めたいと考えていたため、この展開になるよう仕組んでいた。
「まあ、いいか。俺たちが自由に動けるためにはこれくらいはやろう」
諦めをつけたアタルは自分の戦い方が特殊であるため、それを認めてもらうためにも仕方ないと考えていた。
「ですねっ、私もアタル様の足を引っ張らないように頑張ります!」
キャロはアタルの選択に反対する理由もなく、自分の力を見せるために気合をいれていた。
冒険者たちに遅れてアタル、キャロ、そしてバルキアスも訓練所へと移動する。
「わあ、すっごく広いですねっアタル様!」
辿り着いたそこは、まるで大きな公園であるかのような広大なエリアがあった。初めて見る光景にキャロは目を輝かせている。バルキアスも興味津々で周りをきょろきょろと見ていた。
「知人に空間魔術を使える人物がいてね、せっかくだから訓練所を広く作ってもらったんだよ。少し準備をしてくるから君たちはここで待っていてくれ。――さあ、みんなも少し下がってくれ!」
移動するように大きく腕を振って見物に来た冒険者たちを少し下がらせたバートラムは、訓練所の中央にある模擬戦用のエリアに移動すると、地面に手を当てる。
彼が使ったのは土魔法。
手のついた場所から地面がバリバリと音をたてて、壁や柱が作られていく。
魔力が込められたそれはちょっとやそっとの衝撃では壊れそうにない。
「さあ、これで舞台は整った。アタル君たちはあちらの端から、君たちは反対の端からスタートしよう。審判は私がしよう、さあさあ双方立ち位置についてくれ」
笑顔のバートラムに促されて、アタルとキャロ、そして難癖をつけてきたBランクの男たちが移動する。
「……さあ、準備はいいかな。それでは――試合開始!」
双方の表情を確認したのち、バートラムの威勢のいい掛け声と共に、試合が開始された。
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