第二百二十六話
目的の場所に到着したところで、アタルはジャルの頭にぽんと手を置く。
「ジャルとバルはここで待っていてくれ。中の人を助け出したら、ここに連れてくる」
そう告げると、アタルはキャロを伴って足を止めることなく、建物の中へと入っていった。
置いてけぼりをくらってジャルは最初不満そうな顔をしていたが、お気に入りのバルキアスが一緒にいてくれるということで、そこに留まることにした。
バルキアスは周囲に警戒しながらジャルを守るようにしている。
「――さて、キャロ。先行してもらえるか?」
「お任せくださいっ。……建物の中の人数は全部で――五人ですね。それでは、サイレントキルでいきましょうか」
気配を探って中の様子を確認したのち、にっこりと笑顔のキャロはダガーを一つ取り出して、首を斬るような動作を見せる。その表情は、このままアタルが何も言わなければ、さっくりとやってしまいそうな雰囲気があった。
「あぁ、ただここが本命じゃなかった場合を考えて、キルはやめておこう。気絶程度で頼む」
キャロの言葉にどこか不穏さを感じたアタルがそっと釘をさしておく。
彼女のやる気をそがない、それでいて頼りにしているという彼の言葉に、キャロは心が嬉しさに震えるのを感じた。
「はいっ、了解です。それでは、素早く鎮圧していきましょう!」
アタルから見て、キャロはどこか入れ込んでいるようにも見えた。
実際、キャロは自分が攫われたこともあり、その時の恐怖心は忘れられない。また、攫われた者たちが奴隷として扱われることを考えると、許せないという気持ちが強かったのだ。
中への警戒を怠ることなく侵入した二人は、足音を殺しながら建物の中をゆっくりと進んでいく。
すると、そのうちの一つの部屋から声が聞こえてきた。
聞き耳を立てるようにそっとその部屋の壁によりかかる。
ドアは粗末な仕様となっており、少し開いていたために会話がダダ漏れだった。
「……あーぁ、とっとと本部に戻りてえなあ!」
「全くだ、こんな獣臭い街にいつまでいなくちゃなんだよ……」
「しかし、結構可愛いのがいるじゃねーか。なあ俺らで一つ味見を……」
退屈そうなボヤキから始まった男たちの雑談がアタルたちの耳に入ってくる。
中には粗末なソファにだらりと腰かけたり、伸びをして壁に寄りかかる男たちがいた。
下品な笑みを浮かべた一人の男の言葉に、退屈しのぎになるものがないこの部屋の奥にある牢屋に男たちが視線を向ける。
「……おいおい、そんなことをしたら上からこっぴどく叱られるぞ。この間奴隷に手を出したやつが右腕ぶった切られたって話だぞ?」
「おぉ、そいつは怖い…………はあ、我慢しておくかぁー」
「まあ、飯はそこそこ食えるから、腹を満たして我慢しておけ」
呆れたような男の言葉に、茶化すように肩を竦めた男が名残惜しそうに牢屋にいる者を見つめてため息を吐く。
そんな下品な会話が中では繰り広げられている。
廊下から壁に寄り添って中の様子をうかがうキャロの視線は、次第に強いものになっていた。殺気が漏れないように必死に抑え込んでいる様子だ。
彼女の気持ちを察しながらも、目的を果たすために行動を起こそうとアタルはキャロに手で合図して、自分が先に中に弾丸を撃ち込むと知らせる。
その手の合図は事前に決めておいたものであり、キャロはアタルの顔を見てしっかり頷いて返事とする。
それを確認したアタルが引き金を引く。
アタルが放ったのは閃光弾。
名前の通り、光を放つ弾丸が狭い一室を光で埋め尽くした。
「な、なんだ!?」
「何もみえねえッ!」
「目が、目がいてえええ!」
目が眩むほどの光量が急に発生したことで、何が起こったのかわからない部屋の中にいる男たちは、ぎゃあぎゃあと声をあげ、痛む目をおさえて、それぞれが混乱の最中にあった。
「――いきます」
光が消えても男たちは視界が真っ白になる目を押さえるのに必死で悶えるばかり。その隙をつくようにキャロは冷たい声音で宣言すると、部屋の中に飛び込んだ。
持ち前の素早さで男たちの首の後ろ、腹部を攻撃し、次々に気絶させていく。
時間にして数十秒程度で全ての男を鎮圧することに成功する。
「相変わらず見事な手際だな」
アタルはそれを確認すると、ゆっくりと部屋に入り、中の状態を確認していく。
キャロの手によって瞬く間に男たちが一ヶ所に次々と縛り上げられていくのを感心したように見る。
倒れている男が五人、事前に確認した人数がいるのを確認して警戒を解いた。
「さて、その牢屋の中に入っているのが攫われた人たちか。あいつらの会話の内容から察するに、酷い目にはあってないようだが……」
部屋の奥にある牢屋の方に進んだアタルは、怯えさせたり、失礼にならないように、檻の中にいる獣人たちの状態をそっと確認する。
光の方向に気を付けていたために中にいた獣人たちにはさほど影響はないようだった。
「……あ、あなたは何者なの?」
怯えたように全員で身を固め、寄り添う獣人たち。その中の一人が質問を投げかける。
「俺たちは冒険者。ゆえあって、攫われた人たちを助けて回っている。どうも大きな組織が暗躍しているようなのでね」
高圧的にならないようにと目を合わせるように膝をついたアタルは、相手を怯えさせないように気をつけつつ、その問いに答える。
一人の獣人の依頼で動いているというのは、あまり理由としてよくないと思ったため、それらしい理由をでっちあげた。
「じゃ、じゃあ、私たち助かったの……? さっきの光は魔法なの? そこの女の子はなんでそんなに強いの?」
急な状況変化に混乱している女性がアタルに次々に質問を投げかける。それを皮切りに中にいた獣人たちは口々に似たような質問を次々とアタルにぶつけた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。一気に聞かれても答えられない、一つずついこう」
困ったような表情のアタルは相手を落ち着かせるようにそう言いながら、牢屋の鍵のありかを探っていく。キャロが縛り上げたうちの男の一人が腰のあたりに鍵を持っていたのを彼女が見つけ、アタルに手渡すと、彼はそれで鍵をあけていく。
「まず一つ目、だな。あんたたちはとりあえずは助かった。少なくともここを出て、警備隊の詰所に行くまでの間は、無事を保証する。そして、さっきの光は魔法とは違う。そして、キャロが強いのはこれまで戦いを重ねてきたからだ。――さあ、質問には答えたからさっさと出て行こう」
アタルが説明と誘拐された者たちの解放をしている間に、キャロは気絶した男たちを後ろ手に縛り終えていた。一仕事終えて満足したような笑顔でアタルの傍に立つ。
「それじゃあ、キャロは先にみんなを連れて外にでてくれ。俺はこいつらを起こしてから連れて行く。――おい、お前たち起きろ」
キャロに獣人たちを任せると、アタルは男の一人の肩を揺さぶって起こそうとする。
それをちらっと見たのち、キャロはアタルの指示を受けて部屋を出て、建物の外へとみんなを連れて行く。同じ獣人のキャロに安堵したような表情で獣人たちは外へとおっかなびっくりではあったが、ついていった。
「おい、そろそろ起きろ。お前たちには色々喋ってもらわないとだから連れて行くぞ」
何度もアタルが声をかけると男たちは目を覚まし、不満を言いながらも自分たちが置かれた状況を理解して、不承不承ながらついていくことにする。
これほど手際よく制圧されてしまうと、もはや男たちに抵抗する気力など起きなかった。
男たちを連れてアタルが外にでると、ジャルによる姉の確認が先に行われていた。
しかし、ジャルが首を横に振っているところを見ると、ここは空振りだったことがわかる。
「ジャル、まだいくつかあるからそっちもあたろう。まずはこいつらを警備隊の詰所に連行するぞ。次の建物に向かうのはそれからだ」
しょんぼりと肩を落とすジャルを見たアタルはバルキアスの上にいる彼女の頭に手を置いて、慰めの言葉をかけた。
「――うんっ!」
ここで終わりではないというアタルの言葉を聞いて、ジャルはぱぁっと表情を明るくする。
今回、これほど早くこの場所を制圧した彼の言葉に、まだ希望はあると気持ちを切り替えていた。
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