第二百二十五話
しばらく警備隊の詰め所の廊下を進んだ先にある部屋では、質素なテーブルを挟んで、アタルとタロサの姿があった。
アタルの後ろには立会人としてドウェインが内心ハラハラしながら硬い表情で控えている。
タロサに対して嫌な思い出のあるキャロやジャルは、バルキアスと一緒にこの部屋の外の少し離れた位置で待機していた。
「よう、久しぶりだな」
「……いまさらなんの用ですか」
ひょっこりと急にアタルが現れたことで、一体何を考えているのかとタロサは怪訝な表情になっている。
「少し聞きたいことがあってな。それに応えてくれれば、多少の優遇はしてもらえるんだが」
海外の刑事ドラマで見た取引きをしようとアタルはさらりと申し出る。
「――なっ!?」
何を勝手なことをと、ドウェインが言おうとするが、アタルは机の下に隠れている手を後ろに回してその反応を制止した。何か考えあってのことだろうとドウェインは口を閉じる。
「……そちらにいる大隊長さんはあんな表情をしていますが、本当に何かいい目を見させてくれるんでしょうね?」
チラチラとドウェインの顔色を窺いながら、タロサはここでの生活は何かと制約が多いせいもあってか、アタルの申し出に食いついてきた。
「あぁ、さすがに何でもかんでもとはいえないがな」
肩を竦めながらのアタルの返答を聞いて、なにかを探るようにタロサはしばらくその目を見つめる。
だがアタルの目からは何も読み取れず、タロサはため息を吐いて何かを諦めたように口を開く。
「……わかりました――何が聞きたいんです?」
その返答を聞いてアタルは内心でニヤリと笑っているが、それを表情には出さないようにした。
「一週間ほど前に一人の獣人の女性が攫われた。猫の獣人で、姉妹でいるところを誘拐された――姉のほうがな。妹はなんとか逃げ延びたらしい。さて、攫ったのは人族のやつらだというが……何か心当たりはあるか?」
淡々と情報を出し、アタルはタロサの顔から視線をそらさずに質問する。
「――はー……話しますよ……」
最初、タロサは言おうか言うまいか悩んでいたが、アタルの視線の強さに以前詰問された時のことを思い出し、耐えられなくなって大きく息を吐くと語りだした。
「そいつらは、恐らく私と同じで獣人の誘拐を生業にしているやつらでしょう。私が直接見たわけじゃありませんので何とも言えませんが、攫われたのが一週間前でしたら、まだ近くにいるはず――まあ、運が悪くなければ、というのがつきますが」
タロサの最後の一言に引っ掛かりを覚えたアタルはピクリと眉を動かす。
「運が悪いとどうなるんだ?」
少し不機嫌そうなその質問に、タロサは呆れるような雰囲気で肩を竦めた。
「そもそも、誘拐したら一定人数が集まってから別の国や大きなアジトに連れて行くのです。そして、一度誘拐したら複数集めるまでに期間がかかる。そうですね、一週間程度では人数は集まらないので、恐らく近くにいると思いますよ」
生業にしていただけあり、すらすらと出てくるタロサの言葉に、アタルが更に追加の質問をする。
「その前から集めていたらどうなる?」
「それはない、と思いますよ。集めた人数は、全ての部署で総数を計算して連れて行くのですが、私が集めたのは貴族に売った大臣のガキと、あなたの連れくらいです。他のやつらも誘拐したという話は聞いていません。ですから、恐らくはこの辺りにいる――と判断したまでです」
魔眼でちらりと盗み見ても、タロサが嘘をついているようには見えなかった。
そこまで聞くとアタルは後ろにいるドウェインに合図を送る。
何かを察したドウェインは、この街の地図を取り出してテーブルに大きく広げた。
「それで、その隠れ家ってのはどこにあるんだ? マークしてくれ」
ドウェインがペンを取り出してタロサに渡す。タロサは元上司からの指示とあってか、素直にペンを受取る。
「……私が言ったって誰にもばれないでしょうね?」
「もちろんだ」
真剣なタロサの確認に対して、アタルは即答する。
「分かりました、あなたを信じましょう……。ここと、ここと、それからここ、あとはここ、全部で四つです。分かれてるのはリスクを分散させるためです」
アタルを目の前にして渋ってもまたなにをされるのかといった不安や、彼の胸元に光るブローチを見て諦めたようにタロサは地図へ次々と印をつけていく。
全てを話し終えたところで、タロサは安心したようにぐったりとしてペンを置いた。
「ありがとう。それじゃ、俺はここをあたってみる。――ドウェイン、タロサに多少の融通をきかせてやってくれ。食事か服か、多少の自由あたりか。……こいつはいい情報源になるから、上手い具合に使ってやればいい」
にっこりと笑顔を見せたアタルは地図を指で挟んで持つと、すっと立ち上がる。そして去り際にタロサの待遇について頼むように告げるが、その後半部分はドウェインにだけ聞こえるように耳打ちした。
「……わかった。一人の判断でどうこう決めるのは難しい事例だから、少し話合わせてくれ。タロサ、アタルが約束したことは守ろう」
心なしか痛む頭を押さえつつ、ドウェインは外で待機させていた警備兵に指示を出して、タロサを連行させると、自身はこれからどうするかを思案していた。
部屋を出たアタルは少し離れたところでバルキアスを撫でて待っていたキャロとジャルのところへと向かう。
「キャロ、ジャル、バル、誘拐犯のアジトがわかった。これから調べに行くんだが……ジャルはバルの背中に乗っていてくれ。――バル、絶対に守ってやってくれよ」
「ガウッ」
了解したとバルキアスが返事をする。キャロもジャルも真剣な表情でアタルの言葉に耳を傾けていた。
「へへっ、バルくん、よろしくね!」
ジャルはバルキアスのことを大変気に入っているようで、まだ一緒にいられることを喜んでおり、ぎゅっとその身体に抱き着いている。アタルを待っている間にだいぶ打ち解けたようで、バルキアスも尻尾を揺らしてご機嫌そうだ。
「この先は危険なこともあるから置いていこうかとも思ったが、お姉さんの顔がわかるのはジャルだけだからな」
「ですねっ。手当たり次第助けてもいいかと思いますが、それで帰ってきていないとなったらジャルが悲しむでしょうから」
ふんっと息巻くキャロは絶対になんとかしてあげようと考えているため、気合が入っているようだった。
「さて、それじゃあジャル案内してくれるか? 俺たちはあまりこの街に詳しくないから地図を見てもよくわからないんだ」
「うん、任せてよ!」
バルキアスの背中に乗ったジャルはぱあっと表情を明るくすると、元気よく返事をする。
ただついていくだけでなく、姉を助けるために自分もアタルたちに協力できるということを喜んでいた。
警備隊の詰所を出るとアタルは地図をジャルに渡して、先行してもらう。
地図を見るそのまなざしは真剣そのものだった。
最初はどこか楽しそうにしていたジャルだったが、目的地が徐々に近づくにつれて、その表情は厳しいものになっている。目的地の周囲が人目を避けているためか、どこか暗い雰囲気だったのもあるかもしれない。
「――ジャル、大丈夫だ。案内だけしてくれれば、俺たちがなんとかする。実際に見せていないから不安があるかもしれないが、俺もキャロもかなり強いぞ。あの警備隊の大隊長が俺の言うことを聞いていただろう?」
ふっと柔らかく微笑んだアタルがジャルの頭をぽんと撫でる。
ハッとしたようにアタルを見るジャルは、実際にドウェインはアタルの要望を全て飲んで案内し、タロサへの聴取を行わせてくれたことを思い出す。
あれだけ自由にさせるのは普通ならあり得ない――それは子どもであるジャルでも感じるものであった。
「う、うん……わかったよ。その角を右に曲がったところが目的地だよ」
アタルならなんとかしてくれるだろう、という安心感がこみあげたジャルは、視線を前へ戻すと、すっとある一点を指し示す。
話をしているうちに目的の場所に到達していたようだ。
この先に待ち受けるものを意識してか、全員の表情がひきしまっていった。
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