第二百二十四話
警備隊の詰め所に到着すると、アタルたちはすんなりとドウェインのもとへと案内される。
タロサが巻き起こした一件から、アタル、キャロ、バルキアスの三人の存在は既に警備隊に知れ渡っており、彼らを止めるような真似をするものはいなかった。
「あぁ、お前たちか、何か用か? ……まあ、いい。まずはかけてくれ」
詰め所警備隊長室に入ると、なにやら忙しく仕事をしていたドウェインはアタルたちを見て、一息つきながら立ち上がる。
アタルとキャロはドウェインに言われるままに、ソファに腰をかけた。
ジャルはというと、バルキアスから離れたくないらしく、ドウェインを警戒するように睨みながらひしっと抱き着くように背中に乗ったままでいる。
「それで……何を――あー、いや、そっちから話してくれ」
アタルたちの向かい側のソファに腰かけたドウェインは、バルキアスの背の上にいる獣人の少女が気になっており、何から突っ込めばいいのかという心境になっていた。
なにやら問題があるのだろうかと頭を押さえつつ、アタルに話を促す。
「あぁ、タロサの件で少しな。そっちのバルの上に乗っているのはジャルというんだが、彼女の姉が誘拐されたらしい。名前は……なんだったかな?」
聞いていなかったと、アタルがジャルに優しく尋ねると、彼女はバルキアスの背中から降りて答える。
「フラミ、姉さんの名前はフラミです。お願いします、姉さんを助けて下さいっ」
先ほどまでバルキアスの背中に乗って喜んでいた少女の面影はそこにはなく、悲痛な面持ちでドウェインへと懇願する。姉を助けたい一心で強く訴えた。
「ま、まあ落ち着いてくれ。それで一体どういうことなんだ?」
ここまでの情報でもある程度推測はできたが、ドウェインは改めての説明を求める。
「あぁ、少し話を端折り過ぎているな。――街の外でジャルと姉のフラミが誘拐にあったらしい。犯人は人族の誘拐犯で、ジャルも攫われそうになったが、フラミのおかげで逃げることができた。家に戻って父親に声をかけて警備隊に捜索をかけあったんだが……」
そこまで言って、ドウェインは話の流れがつかめていた。大きくため息を吐いてアタルの言葉に続いて口を開く。
「それでタロサの名前が出てくるのか……あの馬鹿が対応をして、そちらのジャルさんとその父親を無碍に扱ったということか。そして、そんなことをした理由は……」
話の分かるドウェインの言葉に、アタルが大きく頷いた。
「恐らく、という前置きがつくが、その誘拐犯はタロサと同じ国内の誘拐グループの一員だろうな」
その言葉を聞いたドウェインは怒りを抑えるようにぐっと拳を握り、眉間には深い皺がよって、難しい表情になる。
「それで、俺たちがやってきた理由だが――とにかくなんでもいいから情報がほしい。フラミを探してやりたい」
なぜアタルが少女に肩入れするのか? とドウェインは疑問に思うが、余計な質問をして虎の尾を踏みたくないと考え、警備隊がもつ情報網を頭に浮かべる。
「……わかった。どこまで集められるかわからんが、情報収集をしてみる。少し待っていてくれ」
そう告げるとドウェインはすぐに部屋を出ていった。
「――さて、それじゃあ俺たちは情報待ちだな」
ドウェインが出ていったドアが閉まった音と共に、アタルはソファに深く背中を預ける。キャロはふわりとした笑顔で頷くと、近寄ってきたバルキアスの身体を優しい手つきで撫でている。
「えっと、あの……あなたは一体何者、ですか……?」
予想以上に話がとんとん拍子に進んだことに戸惑っているジャルは、おそるおそるといった様子でアタルに質問を投げかける。その口調も改まっていた。
彼女にしてみれば、あとをつけたことを一切攻め立てずに姉の誘拐の話を聞いてくれ、すぐに警備隊の大隊長のもとへ向かうといい、そして事情を話したら、その大隊長自らが情報収集に動き始めた。
当てにならないと思っていた警備隊も、いざこうしてきてみれば、そんなに悪い人ばかりでもなかった。
更に思い返してみると、アタルとキャロ、そしてバルキアスは、国家のお墨付きであるアクセサリを身に着けている。
最初、人族であるというだけでアタルに難癖をつけてしまったジャルだったが、実は彼は大物なんじゃないかと、ここにきて恐れを抱き始めていた。
「ん? 俺は一介の冒険者だ。たまたまこんなものをもらったから優遇してはくれるものの、別に命令ができるわけでもないし、警備隊の大隊長の厚意に甘んじているというだけさ」
ひょいと肩を竦めたアタルは、自分は何者でもない、ただの冒険者であると説明する。
その隣でキャロも笑顔で頷いていた。
「えっと、その、本当は……違うんでしょ、じゃない、ですよね……?」
信じられないといった様子でうろうろと視線を泳がせたジャルは、途中で緩んでしまった言葉づかいを直す。
「ははっ、いいんだよ。話し方も今までと同じでいいぞ。実際問題、俺たちがただの冒険者なのは本当だ。たまたま助けた相手が大臣の子どもだったってだけさ。そしたら、大臣が気前が良くて色々と便宜を図ってくれたってわけだ。タロサのやつにもその時にあったのさ」
急にかしこまった様子のジャルに笑ったアタルは、ぽんっと優しくキャロの頭に手を置く。
アタルの手のぬくもりにふにゃりと表情をやわらげたキャロだったが、タロサのことを思い出すと嫌な気持ちが浮かんだ。
「私もあの人にはやられてしまいました……でももう油断はしませんよ! それに、あの人の被害者を少しでも助けてあげたいのですっ!」
キャロは自分が被害を受けた相手のことを考え、むうっと頬を膨らませていた。自分と同じような状況にある人を救いたいと強く決意しているようだった。
「あ、ありがとう……じゃあ、うん、今まで通りに話させてもらうね。あと、最初人族だからって突っかかってごめんなさい」
彼らの気遣いに感謝しながらも、ジャルはアタルがなんであれ、あの態度は失礼だったと思い直し、礼の言葉に続いて頭を下げて謝罪を口にした。
「ふふっ、偉いですね。ちゃんと謝れるのはとても大事ですっ。一緒にお姉さんを助けましょうね!」
「うんっ!」
近寄ってきたキャロに手を取られて力強く見つめ合うジャル。心強さに嬉しくなったジャルは、その手をぎゅっと握り返して大きく頷いて気合をいれていた。
それからしばらく部屋で待ち、三十分ほど時間が経過したところで、硬い表情のドウェインが戻ってくる。
「待たせてすまない。なかなか情報が集まらなくてな。ついにはタロサの尋問もしてみたんだが……なかなか口が堅かった」
上手くいかなかったことを申し訳なく思うドウェインの視線は気まずさに泳いでいるようだった。
「なるほど、何も聞き出せなかったのか……――なら、俺が尋問してみてもいいか?」
「ぼ、暴力は駄目だぞ?」
特にドウェインを責める様子のないアタルの提案に、以前彼がやった尋問を思い出したドウェインは冷や汗を浮かべて慌てる。
「それはもちろん、平和的に解決しよう。――さあ行くぞ」
にっこりと口元だけ笑って見せたアタルは、すっと立ち上がってタロサが捕まっている部屋へと移動し始める。
何も起こらないことを願いながらドウェインはおいて行かれないようにその背を追いかけた。
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