第二百二十二話
それからアタルたちは、食べ物、道具、武器、防具と色々な店を見て回る。
獣人の国ならではの品ぞろえを楽しみ、美味しい食事に三人は舌鼓を打っていた。
だが、武器や防具を買い変えることはしなかった。現状の装備に不満がないためだ。
それでも、獣人は近接戦が多い種族であるため、拳に装備する武器など見慣れない武器が並んでおり、アタルもキャロも興味津々で眺めていた。
「いやあ、普段見ないようなものがたくさんあったな」
「はいっ、すごく楽しかったです!」
満足げなアタルの言葉に、ぱあっと笑って見せたキャロも嬉しそうに返事をする。
美味しいものが食べられて満足しているバルキアスは満腹時特有の眠気にあくびをしながら、話に興味がなさそうな顔で二人のあとをついていた。
しばしアタルはキャロと何気ない日常会話をしながら、徐々に人の少ない道を選んで通っていく。
そして、次第に街並みに影がさし、通行人がアタルたちだけになった道の半ばまで進んだところで振り返る。
「――で、お前は誰だ?」
無機質な声音でアタルが声をかけた先には、すっぽりと身を隠すようなローブを纏い、深いフードで顔を隠している怪しい人物がいた。
「くそっ!」
彼らが振り返るとは思ってもみなかったようで、その人物はアタルたちにばれたと思うと、急いで逃げ出そうとする。
「がふっ!」
しかし、その人物は何かに衝突して尻もちをついてしまった。痛みと衝撃で苛立ちを露わにする。
「いててて、なんなんだよ!」
逃げ出そうとした怪しい人物がぶつかったのは、アタルたちと途中で別れ、こっそりと潜んでいたバルキアスだった。
「ガウ!」
牽制するように、怪しい人物に向かって警戒するような姿勢で威勢よく吠える。
「わわわっ!?」
威圧に似たその吠え声に怯えた怪しい人物は、腰が抜けたのか尻もちをついたまま後ずさりしていく。
そして、今度は近づいていたアタルの足にぶつかってしまう。
「わわっ!」
そして、今度は同じ姿勢のまま横に逃げるが、すぐに近くにあった建物の壁にぶつかってしまった。
「おい、大丈夫か?」
謎の人物の奇行を見て訝しげな表情になったアタルが声をかける。
「うるさい!」
しかし、混乱しているのか、取り付く島もない状態になってしまう。ただがむしゃらに声をあげて話に耳を貸そうとしない。
「あの、もしかして……子ども、でしょうか?」
「――ギクッ!」
戸惑うような様子でキャロが問いかけると、怪しい人物はバレたことがまずい様子で身体を揺らす。
薄暗い場所で、ローブを身に着けて顔も隠れているという状況だったため、相手の表情は伺いしれなかったが、良く見るとその人物の背丈は低く、声も幼かった。
「なんだ、子どもが俺たちのことを尾行していたのか。どおりで気配がダダ漏れだとは思ったが――どれ、顔を見せてみろ」
「やめろ!」
呆れたように肩を竦めたアタルがフードを捲ろうとする手を子どもが振り払おうとする。
しかし、それはフェイントで、ひょいと伸ばした反対の手でフードを外すことに成功する。
ぱさりと取れた深いフードからは愛らしい猫耳がぴょこんと飛び出した。
アタルたちを警戒しているのか、へにゃりと垂れ下がって何かをこらえるように震えている。
「女の子、ですね……」
「あ、あぁ、そうみたいだな……」
まさか少女だとは思っておらず、キャロもアタルも驚いてしまう。
褐色系のショートカットのさっぱりとしたスポーツ少女を思わせる子供だった。
「うるっさい! 女で悪いかよ!」
猫の獣人特有の大きく吊り上がった目でキッと二人のことを睨み付ける。その姿は、正体がバレてしまい、精一杯強気の態度で虚勢を張っているように見えた。
「いや、別に女なのは予想外だっただけだからいいんだが、一体なんで俺たちのことをつけてきたんだ?」
目線を合わせるようにかがんだアタルの質問に、不機嫌そうに頬を膨らませた少女はプイっと横を向いた。
「なぜ、私たちのあとをつけてきたんですか?」
今度はふわりとほほ笑み、優しい口調のキャロが目線を合わせて質問をする。
「……道が同じだっただけさ」
すると、彼女はぶっきらぼうな口調ではあったが、ぼそりと答える。
どうやら少女は素直に答えるつもりはないが、キャロが相手であれば話をしていいと思っている様子だった。
それを感じ取ったアタルはそれとなく視線をキャロに送り、「聞きだしてくれ」と頼んで少し距離を置く。
彼女も了解と頷いて猫の少女と向き合う。
「同じ道だったのですか。それではなんで急に逃げようとしたのですか?」
「そ、それは、そいつが急に声をかけたから……」
キャロの優しい声音に促されたのか、少女はしどろもどろになりながら、チラチラと視線をアタルに向け、彼を言い訳に利用する。
「なるほど、それではあなたはあちらに向かおうとしていたのですよね?」
「そ、そうだよ!」
アタルたちが向かおうとしていた道をキャロがそっと指差すと、焦ったように少女はそれを肯定する。
「では、私たちはあちらの道に戻りますのであなたはこちらへどうぞ」
立ち上がったキャロはふんわりと笑顔で彼女に行く先を示し、アタルたちは反対へと向かって行く。
アタルたちの移動速度は、決して急がずそれでもゆっくりすぎず、しかし少女がすぐに追いつける程度の速さを徹底する。
しばらくすすんだところで、我慢できなくなったのか、少女が縋るように大きく声をあげる。
「――ま、待ってよ! わ、わかったよ! 理由を話すから、だから待ってくれよ!」
彼女はアタルたちに何かしらの用事があった。しかし、それが言いづらい内容であったため、このような遠回りをすることになったようだ。
「はい、わかりました。さすがにこの場所で話をするのは悪だくみのようですので、途中にあった公園にでも行きましょう」
お姉さんを思わせるような雰囲気の笑顔で、キャロは少女のもとまで近寄ると、少女の手を優しく握って誘導する。
「……キャロ、すごいな」
アタルは感心したように二人を見る。
猫の少女はちゃんと話を聞いてもらえることと、とても優しくされたことで、既にキャロに対してすっかり心を開きつつあった。
「――さてさて、どうなるかな」
「ガウ」
少女を連れて先行するキャロの後ろを、アタルとバルキアスはついていく。
公園に到着した一行は、ところどころにあるベンチのような椅子に腰かけ、途中の出店で適当に買ったお菓子を食べながら話を聞くことになった。
「それでは、まずお名前を聞いてもいいですか? 私の名前はキャロといいます。見ての通り兎の獣人です」
キャロは少女の不安を取り除くために、まずは自己紹介から始める。長い耳をピコピコと揺らして話しやすい雰囲気を作り出す。
「わ、私の名前はジャル。猫の獣人よ」
「そうですか、ジャル――とっても可愛い名前ですねっ。それでは、なぜ私たちのあとをつけてきたのか聞いてもいいですか?」
手を合わせるようにキャロは彼女の名前を褒めて、よくできましたと軽く頭を撫でてから次の質問に移る。
すると、ジャルはそれまでのしおらしい態度を一変させ、キッとアタルのことを睨み付けていた。
アタルは急に睨まれてきょとんとした表情になる。
「――そいつが、そんなのつけてるからよ! 人族がわが物顔で街中を歩くなんて許せない!」
どうやら彼女は人族に対してよい思いがない――というよりも恨みのようなものを持っているようだった。
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