第二十二話
絡んで来た男たちをアタルは無視して横をすり抜けようとするが、それを許さないという一人の男によって肩を掴まれて無理やり振り向かさせる。
「おい、無視してんじゃねーよ! 辞退しろと言ったんだ!」
それでもなお自分たちを無視しようとするアタルの態度にいらついて吐き捨てるように大声を出す。余りの大声にキャロは耳をへにゃりとまげて身をすくませている。
「はあ、あえてなかったことにしたんだけど……さっきこの依頼にランク制限はないってギルドマスターが言ってたよな? だったら、俺たちが依頼を受けても問題はないんじゃないか? そもそも問題があれば、受付の時点で除外されるはずだ」
ため息交じりにアタルがキャロを抱き寄せながら正論を口にしたことにも男たちはイライラしていた。
「制限のあるなしじゃねーんだよ、足手まといが参加報酬だけもらおうって腹なんだろ? そんな甘いこと俺たちが許さねーんだよ!」
すっかり頭に血が上っている男たちは今にもアタルの胸倉につかみかからんといった様子で、受付をしたブーラも他の職員もハラハラして見守っていた。
「静かに!」
突然響いたその声には一種の威圧のようなものが混ざっており、ホール内を一瞬で静寂に変える。
「ギルドマスター……」
フランフィリアの介入に男たちはバツの悪い表情で、彼女を見ている。
「彼ら二人のランクは一番下のFで、あなたたち三人は確かDランクでしたね」
そのとおりだとアタルとキャロ、そして男たちも頷く。
「ならば、今度の依頼の戦果で競って下さい。少なかったほうは参加報酬はなし、その分は相手方に渡すこととしましょう。それと、敵を倒したことによる追加報酬も全て相手に渡すというのはいかがでしょうか?」
ギルドマスターであるフランフィリアの提案に、男たちは思わず息を飲んだ。まさか彼女が自分たちの揉め事に対して登場してくるとは予想もしていなかったのだろう。
「い、いや、何もそこまでしなくても……というかこいつらのために俺たちがそんな条件を飲むのも……」
「わかりました、それでは先ほどの条件に加えて勝者には私のポケットマネーから金貨十枚を進呈しましょう」
金貨十枚という破格の報酬に当人たちだけでなく、他の冒険者や職員たちも驚きを隠せないでいる。ひそひそと耳打ちあう人たちの声で静寂が途切れた。
「どうされますか?」
「俺は別に構わない。それに倒した数はギルドカードに正確に記録されるんだろ?」
アタルの確認にフランフィリアはしっかりと頷いた。彼女もギルドマスターとしてそこら辺のシステムはちゃんとしていることに自信があるようだった。
「なら、俺もキャロもその条件を飲む。別にお前たちは負けるのが怖かったら参加しなければいい」
不正なくやれるのであれば問題ないと言い切ったアタルの挑発に、男たちは後戻りできない状況だと悔しげに歯ぎしりをする。キャロはアタルの決めたことなら問題ないと思っているようで黙って頷いていた。
「おい、お前たちがやらないなら俺が代わりにやってやろうか?」
「おいおい、そんなおいしい条件だったら俺たちがやるぞ!」
金貨十枚に目が眩んだ他の冒険者たちが我こそはと名乗りを上げ始める。
「……ま、待て、俺たちはやらないなんて言ってないぞ!!」
「リ、リーダー!?」
「いいのか?」
リーダーと呼ばれた男は次々と名乗りを上げる冒険者たちを見て、ここまできたらもう引き下がれないと腹を決めていた。それに金貨十枚となれば相応のリスクを背負ってもいいと思ったのだ。
「やるぞ、大体こんなガキどもに俺たちが負けるわけがないだろ! たかだかFランクのルーキーに俺たちが負けるはずがない! なあ、お前たち、やるぞ!」
「お、おう」
「わ、わかった」
リーダーの男の鬼気迫る勢いに圧倒された取り巻きの二人も乗っかることにする。
「それでは、代表の二人がこちらの書類に署名して下さい」
いつの間に準備したのか、フランフィリアは今回のやりとりに対する契約書を作っていた。それを二人の前に差し出す。
「仕事が早いな……アタルっと」
「今度は俺が……これで完了だ」
「ふむふむ、大丈夫ですね。あとは支払いに関して私の署名をして……これで完了です!」
見せつけるようにフランフィリアはその書類を、ホールにいる者たちに向ける。
「ここにいるみなさんが証人です。今回の依頼において、魔物討伐数は正確に記録されます。どちらが勝つのか、楽しみにしていて下さい!」
ギルド内の揉め事を催しのように仕立て上げたフランフィリアの宣言に対して、ギルドは歓声で湧き上がった。
「おい、お前はどっちに賭ける?」
そしてその場で賭けが始まるが、この勝負を盛り上げるためにとそのことが耳に入ってもフランフィリアは目を瞑ることにしていた。
アタルたちがデスウルフを倒したことを知らない冒険者は大半がDランクの冒険者たちに賭けており、それを知っているギルド職員たちはひそかにアタルたちの勝ちに賭けていた。
「さて、それでは参加の方は登録が完了したようですね。面白い取り組みもあることですし、みなさんの全力で魔物たちを迎え撃ちましょう! 斥候の報告では、既に魔物たちは街へと向かっているようです。近接戦闘の方は前線に立って頂き、魔法や遠距離攻撃の方は後方に位置して下さい」
仕切り直すように手を叩いて注目を集めたフランフィリアが次々に指示を出していく。
「また、チームで協力したほうが本来の力を出せるというのであれば、組んで位置して下さい」
そう言ってふわりとほほ笑むフランフィリアは臨機応変に動けることにすることで冒険者本来の力を出させようとしている。
「アタル様、私たちはどうしましょうか?」
見上げながらのキャロの確認にアタルは肩にぽんと手を置いて答える。
「キャロは前線に行ってくれ。ただし、なるべくわかりやすい位置で戦いを開始するんだ。安心しろ、お前の後ろには俺がいる。どこにいたって必ず見つけ出す。魔物たちに指一本触れさせないから、お前はやりやすい戦いをしてくれればいい」
アタルのライフルによる援護射撃、それはキャロにとって何よりも信頼できるものだった。彼がいれば魔物の大群だろうがあの冒険者三人組だろうが怖くないと思った。
「はいっ、わかりました。……そうだ、アタル様。他にも何本か短剣を買ったと思うのですが、お借りすることはできますか?」
「もちろんだ、俺は遠距離攻撃で参加するからキャロが全部持っていって構わないぞ」
遠慮がちにねだるキャロの要望に応え、アタルは短剣を全てキャロに渡した。
「あの……もしかしたら、壊してしまうかもしれませんが……その」
もごもごと言いづらそうにするキャロの頭をアタルは安心させるように優しく撫でた。
「短剣ならいくつ壊しても構わない。キャロが無事に帰ってきさえすればな。……キャロ、あんまり治癒弾は期待するなよ? 一回使うと、しばらくは効果が薄いみたいだから、あれはとっておきだ」
後半はキャロにだけ聞こえるように小さな声で囁く。その表情が真剣であったため、キャロはきゅっと息を飲んだ。
「わ、わかりました」
せっかく取り戻した体を失うような怪我をしないように戦わなければとキャロは背筋と耳を伸ばして返事を返す。
「ま、なんて脅しをかけてみたけど大丈夫だ。さっきも言ったが、ちゃんと俺が守ってやるからな」
その言葉に温かさを感じたキャロは大きく頷くとアタルと一緒に微笑みあった。
こうして魔物討滅戦が始まる。
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