第二百十八話
しばらく待っていると門番たちが戻ってきて、屋敷の中へと案内される。
大臣ともなると面会をするにも準備が必要らしく、アタルたちは一度別室で待たされることになる。
「――と言ってたけど、もし良い人物だったら息子との再会をゆっくりとしたいとか、レユールともども着替えたりするとかかな」
置いてあったソファにゆっくりと腰かけたアタルは出された茶を飲みながら、そんな推測をしていた。キャロも穏やかな表情でバルキアスの背中を撫でている。
本来ならばバルキアスのような動物は家に上げないのだが、門番に確認をとってもらった上で、一緒に中に入ることができていた。
「た、頼むから、変な態度はしないでくれよ」
これまで総隊長らしく威厳のある態度をとっていたドウェインだったが、大臣の屋敷に来てからは少々、いやかなり情けない態度をとるようになっていた。
「あんたがそんな態度をとるなんて珍しいな。もっと堂々としていればいいんじゃないか? 何か悪いことをしたわけでもなし、むしろ息子であるレユールを助けたんだ。礼を言われてもいいくらいだろうに」
アタルはドウェインの態度を見て、自分たちに正義があると、口にしているとおり、堂々としていた。一方のドウェインは最初の頃にタロサに対して怒りを抱いていた人物と同一だとは思えないほど、落ち着きない様子で浅く腰掛けていた。
「そ、そうは言うがな、大臣だぞ? 国のナンバーツーとかそのへんなんだぞ? 大臣が王に何か意見すれば、わしなんぞの首は一瞬で吹き飛ぶんだからな!」
「あ、あぁ、すまない」
情けないことを力強く言うドウェインに気圧されたアタルはつい謝ってしまう。それほどまでにドウェインは鬼気迫るほどに真剣そのものだった。
「うーん、レユール様の御父上ですから、きっと優しい方だと思いますよ?」
苦笑しつつキャロはドウェインをなだめる。
レユールが礼儀正しい人物で、身分の貴賤に関係なく平等な態度をとっていたのをみていたので、キャロの予想は優しく子ども思いな大臣像であった。
「俺もその予想は当たっていると思うが。……レユールの父親として出てくるか、大臣として出てくるかで違う印象になるかもしれないな」
アタルもキャロと同意見のようで、肩をすくめる。
父親としてであれば、愛する息子を助けてもらったことで頭を下げて感謝の言葉を口にするかもしれない。しかし、大臣としてであれば、ただの冒険者であるアタルたちや部下であるドウェインに対して気軽に頭を下げるような真似はしないかもしれないとアタルは予想していた。
「なるほどです。優しい人でも、立場というものがあるということですねっ」
キャロはアタルの言葉を聞いてうんうんと頷いていた。
「な、なかなか鋭い推測をするんだな。……ただの冒険者だと思ってたが、色々と頭が回るものだ」
ここに来てドウェインは力だけでなく、二人の思考力についても感心していた。
「――それにしても……遅いな」
かれこれアタルたちは一時間ほど待たされていた。
彼らがゆっくりと過ごせるように、茶と、お湯と、菓子が食べ切れないほど用意されていたが、それでも早く要件を片付けたいと思っているアタルにとっては長く感じていた。
最初は色々とやることがあるのだろうと思っていたが、これほど待たされるのは想定外だった。
「確かに、案内されてから全く音沙汰がないのは不安ですね……」
気配察知をしてみても、誰かが部屋に近づく気配も感じられず、完全に放置されているようにキャロも感じていた。バルキアスはもう飽きてしまったようで、キャロの膝に頭を乗せてすやすやと寝ているほどだ。
「全く気配がないからな……もう帰るか」
ため息交じりに立ち上がったアタルを見たドウェインは慌てたように急いで立ち上がる。
「ま、待ってくれ!」
ここまできて、大臣に会わずに帰るのはドウェインとしては避けたいことだった。そんなことをすれば上からの心証が悪くなってしまうからだ。
「ガウ!」
その瞬間、目を開けてばっと顔を上げたバルキアスが扉に向かって吠えた。
「あぁ、やっと来たか」
この中で一番気配察知に長けているバルキアスはいち早く部屋に近づく気配を感じ取っており、アタルとキャロもそれに一瞬遅れてその気配を感じ取っていた。
その気配の主は部屋の前までやってくると、トントントンと軽く部屋の扉をノックしていた。
「どうぞ」
アタルが代表して返事をする。
「失礼します、私は当屋敷の執事長を務めております――デイバーと申します」
自己紹介をしながら優雅な礼をしたのは黒豹の獣人だった。
清潔な見た目と細身ですらっとしたスタイル。しかし、年齢を重ねているようで、若くて四十代――もしかすると五十代といった様子である。
「大変お待たせ致して、まことに申し訳ありませんでした。皆さまの準備がよろしければ、当主のもとへとご案内したいのですが、いかがでしょうか?」
申し訳なさそうな表情で確認を求めてくるデイバー。待たせてしまったことを真摯に詫びているのが伝わってくる。
「あぁ、構わない。……ただ、どうしてこんなに待たされたのか、少し説明してもらってもいいか?」
アタルの質問にデイバーは困った表情になる。どう答えたらいいものか悩んでいるようで、口ごもってしまった。彼のその表情を見たアタルは、おおよそのことを察することとなる。
「……あー、わかった。そんなに言いづらそうなら言わなくていい。とりあえず、案内してもらおうか」
「はい、申し訳ありません。こちらへどうぞ」
デイバーは再度頭を下げると、応接室へと一行を案内していく。
「……アタル様、アタル様、さっきのはどういうことなのでしょうか?」
廊下を歩きながら、こっそりとキャロはアタルに問いかける。
デイバーとの一言二言のやりとりの中で、彼が何を感じ取ったのか、キャロはそれが気になっていた。
「ん? あー、さっきのか。ほら、さっきデイバーがすごく答えを言いづらそうな顔になっていただろ? もし、あれがデイバーの不手際だったら素直に謝罪をしたと思う。見た感じ、自分のミスを素直に謝れる人物だと思うしな」
デイバーの後ろをついていくアタルはあえて声を抑えずに、普通のトーンでキャロの質問に答える。
それが耳に入ったデイバーはあの短時間で、まさかそこまで見抜かれていたとは、と前を歩きながら苦笑していた。
「――ということは、別のところに原因があったと思う。そして、今回俺たちと会う上で原因になりそうな人物といえば、レユールかその親、つまり大臣かその妻ってとこだろうな」
先頭を行くデイバーはあえて聞こえないふりをしているが、その顔には焦りからか一筋の汗がつたっていた。
当主の元へと向かう道すがら、他にもアタルは色々と予想をたてていくが、それはデイバーの胃にダメージを与え続けることとなった。
遅れてすみません、今週分更新しました。
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