第二百十七話
ドウェインの案内で大臣の屋敷まで向かう一行。
「お二人は冒険者なのですか?」
レユールはアタルとキャロに完全に心を許していた。
ニコニコと笑顔でバルキアスの背中に乗りながら、アタルへと質問をする。
「あぁ、そういうことになるな。別の街で冒険者登録して、ここまで旅してきたんだ」
子ども相手であるからか、素っ気ない口調ながらその声音は優しく、アタルはレユールの疑問にちゃんと答える。
成人男性相手だが、ドウェインと違ってアタルには心を許していた。
「いいなあ……僕はこの街の周辺しか行ったことないんですよ。冒険者の方は自由に旅ができるんですよねっ、いいなあ」
外へ出ることに憧れているのか、レユールは羨ましそうにつぶやく。
彼には大臣の息子という立場があり、自由に出かけることもままならない。一人で外出してしまっては今回のように誘拐される危険性がある。
「まあ、いいことばかりじゃないけどな。なんでもかんでも自分で責任を持たないとだからな、なるだけなら簡単になれるが、自由に行動するにはそれだけの力を持ってないといけない」
アタルはひょいと肩を竦めつつ、はっきりと告げる。
間接的に力がないと言われたように感じたレユールはしょんぼりと肩を落としていた。
「あっ……」
その様子を見て焦ったように声をかけようとするキャロだったが、その前にアタルが続きを口にする。
「見たところレユールは狼の獣人だな」
「は、はい……」
その質問になんの意味があるのかわからないが、問いかけられたレユールは顔を上げて返事をする。
「――狼は、鋭い牙を持っていて、走る速さが早く、持久力もある。また群れをつくるだけあって連携力が高い。一匹の力も強ければ、仲間と一緒ならその力はもっと強くなる」
急に動物としての狼の説明をするアタルの話に、最初は戸惑っていたレユールもすっかり聞き入っていた。
「つまり、レユールもその力を秘めているということだ。俺、はまあいいとして、キャロだって最初のうちは弱かったさ。だが、俺と一緒に戦いを続けていくうちにその力を開花して、今となっては戦いを任せられるだけの力を持っている」
ぽんぽんとアタルに頭を撫でられながら褒められたキャロは、火がついたようにぼんと頬を赤くしている。
「ふわあ、すごいですね!」
同じ獣人であり、年もそれほど離れていない、しかも女の子であるキャロがそれだけの力を持っていることを知ったレユールは、キラキラした目でキャロを見ていた。
「そ、そんなでもないです。それに……アタル様がいなかったら、私は今頃……」
ぶんぶんと手を胸のあたりで振って謙遜しながら、昔のことを思い出しているキャロ。
その表情に浮かんでいるのは悲しいものではなく、そこから救い出してくれたアタルに会えたことに対する幸せな気持ちだった。
「まあ、そういうわけだからこれから強くなればいい。大臣の息子といっても、ただただ守られていていいということはない。城のやつらにも話を通すことができるだろうし、家の警備の人間に声をかけてもいいだろう。いくらでも自分を鍛える道はあるはずだ」
子どもだからと甘やかすことなく、色んな道を示してくれたアタルのアドバイスを聞いて、レユールは自分が強くなるための方法があることを気づかされる。
「っ、やります! 僕も力をつけて、自分の力で自分を守れるようになります!」
胸に手を当てて大きく声を張り上げたレユールの宣言を聞いたアタルは、笑顔で彼の頭を撫でた。
外から見れば微笑ましいやりとりだったが、国に所属している警備隊の大隊長をしているドウェインからすればハラハラするものであった。
レユール本人は貴族ではないが、貴族の、それも国の大臣の息子に対しての態度としては本来あるべきものではないと思っているためだった。
「あ、あー、二人ともレユール様への態度はもう少し改めてくれると……」
話に入っていいかどうか悩んだ様子のドウェインが口を挟もうとする。
だが、すぐにレユールが大きく首を振って分け入ってきた。
「――いいんです! お二人は僕を二度も助けてくれた命の恩人ですから!」
正確には一度目はバルキアスがやったことであったが、パーティメンバーという意味では間違ってはいなかった。
「あ、は、はい……」
本人からそう言われてしまってはドウェインもすごすごと引き下がるしかなかった。
そうこうしているうちに、レユールの家――つまり獣人国の大臣の屋敷が見えてくる。
結構な距離がまだあるが、大きな屋敷であるため、その姿が確認できた。
「あっ、あれが僕のおうちです!」
自分の家が見えてきたことで表情を明るくしたレユールが大きく指差したことで、アタルたちにも伝わる。
「バルキアスさん、少し急いでもらってもいいですか?」
「ガウ」
レユールの頼みを聞いて、バルキアスは歩く速度をあげた。
「お、おぉ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!」
既に歩くを通り越し、走り出したバルキアスを見て、反応が遅れたドウェインは慌てて追いかける。
アタルとキャロは二人の会話を聞いていたため、走り出しからバルキアスに並走していた。
だんだん屋敷に近づいてきたところでバルキアスは速度を調整して、屋敷の門の前でぴたっと停止する。
立派な門の前には二人の門番が両脇に配置されていた。
「なんだ、この狼は……って、レ、レユール様!? 貴様、レユール様を離せ!」
最初は戸惑っていた門番たちはレユールの存在に気づくとバルキアスに向かって槍を向ける。その後ろにいるアタルとキャロのことも敵意むき出しのギラギラとした眼差しで睨んでいた。
レユールの表情を見れば、無理やりではないことがわかるが、しばらく行方不明だったレユールが戻ってきたことで驚き、モンスターの手から解放しないと! という使命感が強く出た形となる。
「ま、待て、待つんだ!」
遅れて到着したドウェインが、よれよれになりながらもなんとか二人に説明を始める。
最初はバルキアスのことを懐疑的な表情で見ていた門番たちだったが、ドウェインとレユール本人からの説明があったため、状況を理解して、顔を青くし始める。
「わ、わわわわわ! も、申し訳ありませんでした!」
そして、全てを理解した門番たちは土下座の勢いで慌てたように頭を下げた。
レユールの命の恩人に対して槍を向けた無礼を、深く反省しているようだった。
「あぁ、俺たちは気にしてない。バルもだよな?」
「ガウ!」
アタルの問いかけに、そのとおりだと頷くバルキアス。誤解が解けたことでほっとしたキャロもアタルたちのやり取りをにっこりとほほ笑んで見ている。
「それよりも、レユールが帰ってこれたんだから、早いとこ家の中にいれてやってくれるか?」
「も、もちろんです! レユール様どうぞ!」
しゃがんだバルキアスから降りたレユールは少し名残惜しげにしながらも、一度アタルたちに軽く礼をして、門番の一人と共に家の中へと入っていく。
「では、我々は一連の流れの説明をしたいので、大臣への取り次ぎをお願いします」
「承知しました。それでは、しばしここでお待ち下さい」
大臣と会うことに緊張している様子のドウェインの申し出に、しっかりと頷いた門番は少し急ぎ足で屋敷の中に入って行った。
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