第二百十五話
「なんにせよ、二人のおかげで助かった」
アラクランの逃亡でざわつく中、ドウェインはアタルとキャロに礼を言う。カトゥスを捕縛し、部下が無事で、なおかつ子どもを助けられ、アタルたちにはどれだけ感謝しても足りないと思っていた。
「――まさかあのタイミングで突入してくるとは思わなかったな?」
だがアタルは問い詰めるように目を細めてドウェインを見ていた。今回はたまたまうまくいったものの、予定外の乱入者の存在によって失敗する可能性もあるためだった。
「ぐっ……す、すまん。敵をだますにはまず味方ということでだな……」
しどろもどろになりながらいいわけをするドウェインだったが、実際のところは部下たちに意見されたための判断だった。
最初のうちはアタルたちの邪魔をするのは良くないとドウェインは断じていた。しかし、この作戦のメリットと、アタルたちにだけ任せることのデメリットを考えて突入を選択していた。
「……まあ、結局子どもも無事、貴族も捕縛できたわけだからいいんだがな。事前に俺たちに話しておいてくれれば、共同戦線を張ることだってできたはずだ。そうすれば屋敷の使用人をうまく逃がすとか色々やりようはあったと思うんだけどな」
やれやれとアタルはため息をつきながらドウェインの顔を呆れたような表情で見ていた。こちらを騙そうとしなくても作戦が変わったならそれで動くこともできたのだということを暗に込める。
「う、うぐぐ……し、仕方ないだろう。急遽決まった作戦だったんだ……」
「急遽、ねぇ?」
これまたアタルは呆れてしまう。大捕物だというのに行き当たりばったりで思いついた作戦を実施したのかと。キャロも冷たい目線でドウェインを見る。
「いや、それは……」
「まあ、それはいいさ。子どもは無事か?」
確保されたあとの状態を見ていなかったため、アタルが気にかけ、ぐるりと周囲を見回した。
「あぁ、今回の功労者に会わせないわけにはいかないな。――こっちの部屋だ、来てくれ」
隊長としての表情に戻ったドウェインは、子どもを確保したら、隣の部屋で待機するよう部下たちと事前に打ち合わせをしてあったため、その場所へと案内していく。
アタルたちが入ってくると、部屋の中では先ほどの狼の獣人の子どもが笑顔で、ラフコリーに似た犬の獣人の女性警備兵とともにいた。
リラックスした様子でお絵描きをしているようだった。
「あっ、大隊長! お疲れ様です!」
子供向けの優しい笑顔だった彼女はドウェインの存在に気づくと、すぐにキリッとした表情になり、勢いよく立ち上がると、姿勢を正して敬礼をする。
「……楽にしてくれ。子どもの前だから、気にしなくていいぞ」
硬い表情のまま手ぶりを交えたドウェインにそう言われ、一つ頷いた彼女は再び子どもの隣に腰かける。
子供は突然現れたドウェインたちに戸惑っているようで、女性警備兵にすがるような視線を送っていた。
「君が大臣の息子さんだね?」
目線を合わせようとドウェインがかがんで子どもに質問するが、彼の顔を見た瞬間、子どもは女性警備兵の後ろに隠れてしまった。
「――いや、その顔で近づかれたら警戒するだろ。あんな怖い目にあったばかりなんだからな……」
そのために女性に対応させていたんじゃないのか? とアタルは呆れた視線をドウェインに送る。
「む……そんなにわしの顔って怖いか……?」
しょんぼりと肩を落とし、情けない声を出すドウェインに、とどめとばかりに女性警備兵は深く頷いた。
「……ぐぬ」
項垂れるドウェインの反応に、緊張がほぐれたのか、子どもは隠れながらもクスクスと笑っていた。
「キャロ、頼む」
「わかりましたっ!」
出番だとアタルに言われて、満面の笑みで頷いたキャロが子どものもとへと近寄って行く。
「こんにちは!」
笑顔で耳をぴょこんと動かしながらキャロが挨拶すると、女性警備兵の後ろに隠れていた子どもはゆっくりと顔を出してくる。ふわふわと揺れ動くキャロの長い耳に目が奪われていた。
「……こんにちは」
愛らしい見た目と、ふにゃりと柔らかな表情のキャロに対して、彼の警戒心は薄らいでいく。最初はちらっとしか見えていなかった顔が徐々にちゃんと確認できるほどになっているのがその証拠だった。
「私の名前はキャロですっ。お名前を聞かせてもらえますか?」
「レユール、です」
素直に名前を教えてくれたレユールに対してキャロは笑顔で頭を優しく撫でる。手つきが気持ちよいのか、レユールは嬉しそうに目を細めていた。狼の獣人の子どもであるため、彼女はバルキアスを撫でる時を思い出した。
「はいっ、とても綺麗なお名前ですね。少し、お話を聞かせてもらいたいのですが、よろしいですか?」
「……うん」
この段階になるとレユールの警戒心は解けてきて、隠れていた身体が全て見えるように出てきていた。この部屋にいるメンバーはあのカトゥスという貴族とは違い、自分に危害を加えるようには見えなかったからだ。
「じゃあ、俺から質問するか……ん? これに興味があるのか?」
そろそろいいだろうかとキャロの側に近づいてきたアタル。その時、レユールの視線がアタルの愛銃に向いているのに気づいた。
子どもながらもレユールはやはり男の子であり、アタルが持っている銃に興味を持ったようだった。以前にもカイルという少年が銃に興味を示していたな、とアタルは思い出す。
「うん!」
期待に目を輝かせて大きな声で返事をする。
「さすがにやるわけにはいかないが、持ってみるか? 触るぐらいなら別に構わないぞ」
「いいの!?」
この時点で完全にアタルはレユールの気持ちを鷲掴んでいた。肩から下ろし、レユールの方へ銃を渡す。
「あぁ、構わない。ただ重いから気をつけろよ、あと触っていいから俺の質問に答えてくれるか?」
「わかった!」
何度も頷きながら、アタルに手渡された銃をレユールは宝石でも扱うかのように、ゆっくりと大事に抱える。
思っていた以上の重みがあってよろけながらも、初めて見る銃に見入っている。
「……さて、それじゃあこの屋敷に来る前のことを覚えているか? 警備隊のところで攫われる、それよりもっと前の話だ。この街の前の草原のところにレユールはいた。――何があった?」
アタルは質問を重ねるが、それでも言葉はゆっくりとしたものだった。子どもであるレユールに向け、なるべく簡単な質問に絞る。
「えっと……確か、お屋敷を抜け出して、外で遊んでたら……急に後ろから掴まれて……」
アタルの銃を膝に乗せながらゆっくりと思い出し始めたレユールはところどころ曖昧になっている記憶を辿っていく。
「すぐに気を失ったけど、人族にはない……こう、なんかがあって、多分、大人の獣人の人だったと思う……」
この周辺では人族が人さらいをしているという噂が流れている。
しかし、大臣の息子である彼を攫った手際の良さと彼の証言から、恐らくは獣人であると予想した。
「なるほどな。本当に人族の人さらいもいるのかもしれないが、それとは別に誰か人族が人さらいをしてるって噂を流しているやつがいるな」
そうすれば、人族に対する視線が厳しくなり、反対に獣人に対する警戒が甘くなる。そこにつけこんだ犯行だったのだろう。アタルの予想を聞いたドウェインが唸るようにしかめっ面になる。
「……まあ、これはあくまで俺の予想だがな。――それで、そのあとなんで街の外にいたんだ?」
アタルの質問にレユールは考え込みながら再び記憶を辿っていく。
「うーん、確か馬車に乗せられたんだけど、街から出た途中で馬車が壊れたかなんだかで倒れて、その拍子に僕が逃げたんだったと……」
「なるほど、そこを俺たちが助けたってことか……そのあとは推して知るべしだな」
揺れる馬車の感覚と、馬の悲鳴から、機会を逃さないようにとレユールは一目散に逃げ出したのだろう。
その後の流れはアタルたちが街にやってきてからの一連の話に繋がってくる。
「ふーむ、ということは他にも誘拐グループがいるのかもしれないな。――これは警備を強化する必要があるな」
アタルたちのやり取りを聞いて、厳しい表情をしたドウェインは警備隊の今後の動きについて考え始めていた。
遅れてすみません、今週分更新しました。
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「記憶を取り戻したアラフォー賢者は三度目の人生を生きていく」




