第二百十四話
「――誰だ?」
増援が来るとは思っていなかったため、訝しげな表情でアタルは扉を振り返る。
「ここだ! みんなこっちの部屋だぞ!」
足音に混じり、仲間を誘導するその声――それはドウェインのものだった。ぶち抜かれた扉に一瞬驚きながらも彼は仲間を引き連れて部屋に入ってきた。
「な、なんだ貴様らは! 一体誰の許可を得て我が屋敷に入り込んだのだ!」
入って来たのが予想していたのとは違い、警備隊の者だとわかったため、貴族の男は強気な姿勢でドウェインを叱責する。
「これはカトゥス卿、申し訳ありません。こちらの屋敷で攫われたはずの大臣のご子息が囚われているとの通報が入ったもので、慌てて隊を編成してやってきた次第です」
カトゥス卿と呼ばれた貴族の男に今初めて気づいたというような態度でドウェインはすっと頭を下げる。全てを知っているが、それでも貴族相手に説明義務があるため、カトゥスになぜやってきたかの理由を恭しく述べていく。
「っし、知らんぞ! 大臣の子どものことなぞ知らん!」
ぎくりと身体を揺らしながらもあくまでしらをきるカトゥス。
それを白い目でちらりと横に見たあと、アタルは縄でしばられている子どもを指差していた。ドウェインはじめ、警備隊のメンバーの視線が縄で縛られた子供に向く。
「おぉ、あなたは大臣のご子息の! まさか縄でしばられていようとは……怖かったでしょうな。ご安心下さい。我々警備隊がお救いいたします!」
ドウェインはわざとらしい演技をするが、素早い動作で子どもを確保して縄を外していく。子どもは見慣れた警備隊の姿にほっとしたような表情だった。
「一体誰がこんな酷いことをしたんだ!」
子どもをなだめながら強く憤るドウェインに安心した子どもがそっと指差したのはカトゥスの方だ。その方角にはカトゥスしかいないため、言い逃れはできない状況だった。
「ま、まさかカトゥス卿が!?」
これまたオーバーな演技で驚くドウェイン。しかし、内心では別の人物を指差されなくてよかったという安堵が強かった。
「……っこ、子どもの言うことを信用するというのかね!? 不愉快だ! さっさと出て行ってくれっ!」
カトゥスは子どもに指をさされ、苛立ち露わに顔を真っ赤にして吐き散らすように叫ぶ。
まるでこの場の主導権は自分が握っているとでもいわんばかりの態度のカトゥスに対して、部屋内の空気は白けたものになっていた。
「ぐ、ぐむむむむ、さっさと出て行けええええ!」
さすがに空気を読んだのか、自分に向けられる視線に耐えられなくなったカトゥスは、癇癪ともとれるようなキレ方で唾をまき散らしながらこの場にいる全員を怒鳴りつける。
「……おい、いい加減にしろよ。お前がこの子を連れて行ったのは明らかだ。この状況でブチ切れてそれをなかったことにしようとしても無理な話だ」
呆れきったアタルはカトゥスをギリッと睨み付けながら地を這うような低い声で言う。
「ひいっ!」
怯えるように悲鳴を上げたカトゥスはそのひと睨みで尻もちをついてしまう。アタルの威圧感に気持ちが押されたため、物理的にも身体が後ろに動いてしまったようだ。
「――これは、国に報告しなければなりませんね……カトゥス卿。いえ、容疑者カトゥス! あなたを連行します!」
いまがチャンスだとドウェインはここぞとばかりに部下に合図をしてカトゥスを縛り上げていく。
貴族を相手にするとなれば、現行犯や確定的な証拠でもない限り捕まえるのは難しい。
そして今回のそれは数少ないチャンス。決して逃さないよう事前に全員の動きを確認しておいたため、スムーズに捕縛することに成功する。じたばたと抵抗するカトゥスだが、大勢でこられたために無駄な動きと終わる。
「……さて、それでどうするんだ?」
カトゥスを捕縛できて無事終わったかと思われたその時響いたその言葉はアタルのもの。
ドウェインもその部下も、捕らえられたカトゥスもアタルが何を言いたいのか、言葉の意味を理解しかねていた。
「おい、一体何を……」
「っ! 下がって下さいっ!」
何かを感じ取ったキャロが咄嗟に飛び出し、戸惑うドウェインを突き飛ばす。
するとその瞬間、先ほどまでドウェインがいた場所に向かって、爪が飛んできた。どすんと強い衝撃音が部屋に響いた。
「――やはり気づいていたか。油断している今ならと思ったんだが……」
それはアラクランの仕業だった。避けられることは想定の範囲内だったのか、悔しげではないが、つまらなさそうにふんと鼻を鳴らす。
キャロに蹴り飛ばされて部屋の中に吹き飛ばされた彼は、今までのやりとりを全て気絶したふりをしながら聞いていた。
「気配というか、強い力を感じていたからな。あんたが本当に意識を失っていないことはわかっていたさ。とりあえず、子どもの確保とそいつの逮捕が優先だったから放っておいたわけだが……それで、どうするんだ?」
眼光を緩めることなく、アタルは再度同じ質問を、今度は明確にアラクランに向かって放つ。
「どう……と言われてもな。ここで俺だけ無実だから逃がしてほしい――と言ってもそういうわけにはいかないんだろ?」
「っに、逃げるな! 私を助けるんだッ!」
肩を竦めたアラクランは期待していないというようにさらりと言う。
彼の実力であれば、警備隊からカトゥスの身柄を奪って逃走することも可能であろうと思っているカトゥスは叫ぶように命令したが、アラクラン本人は厳しい表情になっている。
「警備隊だけが相手だったらそうしたんですけどねえ、いやそもそも警備隊だけならこの状況にはなっていない、か」
言っている内にアラクランは自分の言葉がおかしくなり、肩を揺らしながら口元にゆるりと笑みを浮かべていた。
「……っ、何がおかしいんだ!」
行動を起こす気配の無いアラクランをカトゥスが怒鳴りつける。
だが、ドウェインはこの状況下において、圧倒的に不利であるはずのアラクランが笑っていることに言い知れぬ不安に苛立ちを感じていた。
早くこいつをなんとかしないと、危険なのではないか? 心の警鐘がなっている。
「いや、俺は自分の力にはある程度自信があったんだが、こんな嬢ちゃん一人いるだけで身動きがとれなくなるとは思っていなくてな」
ちらりとアラクランが視線だけで促した先で立つキャロはドウェインを突き飛ばしたあと、彼らを後ろに位置するよう立ち位置を変えていた。
「そうだろ? キャロは本当に強くなったよ」
ふっと口元を緩めたアタルはキャロを優しい眼差しで見る。
「ア、アタル様……。ありがとうございますっ」
思わぬタイミングで褒められたことにキャロはぽっと頬を赤くしながらも、アラクランからは視線を外さずに武器を構えている。
「これはおとなしく投降したほうがいいみたいだな」
一度大きく息を吐いたアラクランは降参だと両手を上げた。
「――と、捕らえろ!」
弾かれるように指をさしたドウェインは無抵抗となったアラクランを捕まえるよう部下たちに命令する。相手が降参したはずだというのに警鐘は鳴りやむどころか大きくなっているようにさえ感じた。
部下が何人か近づいたところで、彼の口元ににたりと再び笑みが浮かんだことにキャロとアタルだけが気づいていた。
「っ、まずい!」
咄嗟にアタルが銃を構えるが、近くにいたドウェインの部下を盾にしてそのまま窓に飛び込んでいく。キャロも飛び出したが、ガシャンというガラスを破る音とともに、アラクランは外に逃げ出すことに成功していた。
「くそ、逃げられたか……」
「一発しか当てることはできなかったな」
破られた窓に慌てて駆け寄るも、もうアラクランの姿は見えない。悔しげに舌打ちするドウェインは部下の無事を確認する。
アタルはいきなりのことであったが、ドウェインの部下を避けながら通常弾を一発、それをアラクランの足に撃ち込むことに成功していた。
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「記憶を取り戻したアラフォー賢者は三度目の人生を生きていく」




