第二百十話
「わ、私は知らない……」
「――あ?」
震えながら告げたタロサの言葉に、何言っているんだとアタルは恫喝し、ぎろりと睨み付ける。
「ひいいいい!」
怯えたように後ずさりしたタロサは再度悲鳴を上げ、自分の身体を抱きしめるように身体を震わせていた。
「まあ待て、私が聞こう。君だと刺激が強すぎるようだ」
任せろというようにドウェインが二人の間に入る。
「――タロサ、彼らと一緒にいた獣人の子どもはどこで行ったんだ?」
アメと鞭ではないが、アタルが与える恐怖心に対してドウェインは落ち着かせるようにゆったりとした口調で質問する。
「あ、あの子どもの居場所は本当に知らないんです。上のものに引き渡したんです!」
本当に知らないと懸命に騒ぐタロサの言葉に、埒が明かないとドウェインの表情にも怒りの色が浮かんできた。
「……おい、上のものっていうのはどこのどいつだ」
荒げるわけではないが、強めの口調でドウェインが質問する。
「そ、それは、その、いや……」
そこまで言うつもりはなかったのか突然タロサは言葉に詰まり、うろうろと目が泳いでいる。
「アタル様! どうやら、あの子は大臣の息子さんらしく、王と敵対している伯爵に引き渡したそうですっ」
「違う! あの方は公爵だ! ……はっ!」
キャロが聞きだしていたのは、あの子どもが身分の高い者の息子だということだけだった。そこで、さも全てを聞き出したかのようにカマをかけた。
そんなキャロのナイスアシストでタロサは呆気なく情報を漏らす。彼は思わず言ってしまったというように顔を真っ青にしていた。
「なるほど、あの公爵が犯人か……確かにそれなら話はわかる。しかし、公爵家に乗り込むというわけにはいかないだろうな」
公爵家といえば私設の戦力があり、屋敷を捜索するとなるとなるとかなりの戦力を投じる必要がある。それを情報が少ない中で突入することができるかというと難しい問題だった。ドウェインは腕組みをして唸りながら悩んでいる。
「――なら、俺が一人で行ってこよう」
そんなアタルの申し出にドウェインはさらに難しい表情になっている。
「いや、しかし君たちだけでというのは……」
「……信頼できない? 実力に不安がある? それとも、人族が動くことに問題がある、か?」
じっとドウェインの目を射抜きながらアタルは続けざまに質問を投げかける。
自分たちが助けたはずの子どもを奪われたことに責任を感じていること、そして出し抜かれたことに強い苛立ちを覚えていたのだ。
「いや、その、なんといえばいいものか」
自分の部下の責任であることから、ドウェインは強いことを言えずにいる。
「……アタル様、こっちにくるみたいです」
誰が、何が、ドウェインは首を傾げるがアタルは誰が来るのかわかっていたため、彼女の言葉に一つ頷いた。
「一体、誰が……」
訝しげな表情でドウェインが口にした瞬間、ものすごい勢いで建物の窓を破って飛び込んでくるものがあった。
「なんだあああ!?」
驚いたドウェインは思わず大きな声を出してしまう。
『アタル様、キャロ様! 無事!?』
その正体は別行動をとっていたバルキアスだった。ずっと隠れながら呼び出されるのを待っていたが、契約者であるキャロの恐怖心を強く感じ取ったのと、アタルたちの気配が一か所にとどまっていることに気づき、彼は慌ててこの建物の中に飛び込んでいた。
「何者だ!」
突然動物がここに侵入してきたことで一気に警戒モードになったドウェイン、そしてその部下たちがバルキアスに向かって武器を構える。
「あぁ、待ってくれ。そいつは俺の仲間だ……狼? のバルキアス。こいつがその子どもを発見したことで事なきを得たんだ」
フェンリルというわけにもいかないため、アタルは狼といってごまかすことにする。
アタルとキャロの姿を見つけたバルキアスは再会できた喜びからかぶんぶん尻尾を振りながら守るようにキャロの傍に寄り添っている。武器を向けられていても警戒しないのはアタルとキャロが全く敵意を持っていないからだった。
それを聞いた護衛隊のものはすっと剣を収める。ドウェインが代表して軽く頭を下げた。
「これは失礼をした。大臣のご子息を救った方に失礼な態度をとってしまった」
きょとんとしながらもなんとなく事情を察したバルキアスは気にしていないと首を横に振った。
「バル、お前が助けた子どもが誰かにさらわれたみたいだ。俺と一緒に来てくれるか?」
『もちろんだよ!』
バルキアスは他の者に聞こえないように念話でアタルに答える。
「……というわけだ、屋敷の場所さえ教えてくれれば俺たち二人で行ってくる。中に囚われているかどうかは、こいつの嗅覚でわかるはずだ。な?」
アタルの言葉にバルキアスが自信満々に頷く。
「……わかった、場所を教えよう。なるべく大ごとにはしないでくれ、仮に本当にその子が捕らえられていたとしても、人族である君たちが罪に問われる可能性は高い」
それでも少し悩んだようだったが、ドウェインは苦渋の選択ということで、アタルたちに託すことにした。
「――アタル様、私もいきます」
少し汚れたお嬢様風の恰好だったが、キャロは真剣な表情でアタルに申し出る。
アタルはあえてこの作戦の突入メンバーから彼女を外していた。今回の件でキャロが肉体面、精神面にダメージを受けているだろうと気遣ったのだ。
「しかし、キャロ……」
心配だという表情でそれを口にしようとするアタルだったが、キャロがそれを手で遮る。
「わかってます。アタル様が何を考えているのか、私を心配してくれていることも……でも、大丈夫ですっ! 私はアタル様がいるなら、相手が誰であろうと戦えます!」
アタルの優しさは痛いほどキャロに伝わっていた。今回初めて本格的に離れて行動して彼女は改めてアタルの存在を強く意識させられた。だからこそ彼が成すと決めたことに自分もついていきたいと思ったのだ。
そこでアタルはなぜキャロが捕まったのかを考える。
いつもであれば彼女はとても思慮深く、ともすればタロサに裏があることもすぐに予想できていたはずだった。
「……あぁ、そうか」
彼女の言葉で、自分が一緒にいなかったのは、キャロを奴隷商で購入してから初めてのことだったと気づく。
「――わかった、俺もキャロがいてくれると助かる。一緒に行こう」
アタルは全て飲み込んで、キャロがともに行くという道を選んで柔らかく微笑むと手を差し出した。
「はいっ!」
そして、とびきりの笑顔を見せたキャロはしっかりとその手をとる。バルキアスはそんな二人を見て嬉しそうに尻尾を揺らした。
なんの確証もなかったが、アタルたちのやりとりを見守っていたドウェインは彼らになら任せても大丈夫なのではないか――そう思わされていた。
お読み頂きありがとうございます。
ブクマ・評価ポイントありがとうございます。
本作がHJネット小説大賞にて受賞しました!
お読みいただいている皆様のおかげです。ありがとうございます!
書籍について情報が出せるようになり次第、ご報告したいと思います!




